Sakura-zensen


春の通りみち 02

両親が亡くなって、母の実家に引き取られた。
両親とも親戚はいないと言われていた気がするのだけど、どうやら母親は家出っていうか駆け落ちをして一方的に縁を切っていたそうな。
お迎えに来た人は母の年の離れた姉で、なんとも品の良さそうなおばさまだった。
お母さんとはそれなりに手紙のやり取りをしていたそうで、おそらく折り合いが悪かったのは祖父母だろう。母が家を出た数年後に祖母は他界し、祖父は年を取りおばさま曰く丸くなったとのことだ。
父との結婚を一番反対していたのは祖父みたいだけど、孫である俺をそしることもなかった。
ご飯もらえんのかな……と不安に思ってたのだが、孫はかわいいらしい。おばさんに着せてもらった可愛い着物での、おじいちゃま可愛がってねアピールが功を奏した。

むしろ一番素っ気なかったのは年の離れたいとこである。
急に同じ家に小さい子供がやってきても困る年頃だった。困ると言うか、すでに大学生だったので忙しく、会う時間はほとんどなく、俺と馴れ合うことがなかったというのが正しいだろうか。
あいさつはしてくれるし、届かないところにあるものはとってくれるけど、どうしても表情がかたい。まあ、あきらかに子供に接する態度ってのを向けられてもむず痒いからいいのだけど、笑った顔が見たいので……俺は積極的にいとこの兄ちゃんに近づいた。
無下にすることもできず、接しているうちに慣れてくれるはずだと思った。
しかしお兄ちゃん、国家試験を受けるらしく、お勉強の毎日だったのである。
はわわ、これは邪魔できない。
喋る機会を増やせば慣れると思ったが、そんな時間をとらせては悪いので俺は毎日お茶を持って行くだけにした。
俺がお茶を持ってくることが当たり前になると、お兄ちゃんはその時間だけわずかに勉強を止めるようになった。止めると言っても、俺が持って来た時にすぐに一口飲んでくれて、お礼を言うだけなのだが、これも立派な進歩である。
勉強の邪魔はしないが小休止のタイミングを俺に合わせるようになったのなら少し踏み込んで、一言二言会話をしたり、肩や背中をトントンして身体を癒してみた。
静かに部屋に入って、お茶ですがんばってネと置いて部屋を出た日から苦節三十年うそ三ヶ月、お兄ちゃんはとうとう、俺の膝の上にこうべを垂れた。落としたぞ、違う意味で。
「あらあら」
その日はのどかな休日のお昼すぎだったので、部屋の戸を開けて風を少し入れていた。
おばさんはいつも俺がお茶を入れていってるのを知っているので、通りすがりにのぞいた部屋で息子が膝枕で眠っているのを見て少し驚いてから小さく笑う。
「めずらしなあ」
「疲れてたのかもね」
いつもどおり、手を止めた彼の肩を揉んであげただけだ。
たまに話しかけてくれるのだけど、黙りこくってしまっていて、もしかして忙しかったかしらと顔を覗き込むと眠そうにしてた。なるほど、と思いゆっくり身体を倒して膝の上に頭を乗せても全く抵抗しないので、そのまま腕を撫でて寝かしつけたら目をぴったりとつむり、穏やかな寝息を立てたのである。
「少し経ったら起こしたり、昼寝なんぞあまりしはりまへんさかい」
「はい、おばさま」
「起きた時どんな顔しはりますのやろ」
オホホホと笑って廊下をしずしず歩いていったおばさんを見送りながら、膝の上で眠る人を見た。わずかに動いたので、眠りは浅く、さっきの声がほんのり聞こえていたのかもしれない。
まだ五分と経っていないので、もう少し眠ってもいいんじゃないかなと身体を撫でて、十分したら起こすねと囁く。
十分くらいならいいかと判断したのか、彼は身じろぎして俺の膝にすりっとおでこを擦り付け、肩の力を抜いた。
約束通り十分後に起こすと、すっかり記憶がおぼろげになっていたお兄ちゃんはばっと飛び起きて、かつてないほど狼狽えて顔を赤くしていた。

そこからはもう転げ落ちるようだった……と記しておこう。
国家試験受かったら今までのお礼でどこかに連れてってあげるといいだしたのは本人だし、習い事の送り迎えも暇があればしてくれる。時が経つに連れて職場……府警にも慣れ出世もしたお兄ちゃんは、よく習い事終わりの俺をお茶屋で待たせて一緒に帰るようになった。どうせ暇だし、お茶屋でも手習いさせてもらえるのでまあいいかと思っている。

今日もそんな風にして桜屋で待っていた。
無料で居座るわけではないが、お稽古代のようなものを出してはいないので、俺の手習いは時間の空いた従業員や舞妓さんと芸妓さんに遊んでもらいながら、物事を教わる程度だ。着物の着方だったり楽器だったりお唄だったり、時には京都の歴史だったり観光名所の知識だったりする。
お客さんがそんなにいない日だったので姉さんたちに遊んでもらっていたが、顔見知りの山能寺の竜円さんが来ていたらしく俺に声をかけてきた。
なんでも、東京から有名な探偵さんが来ていて、そこの連れに小学生がいるから一緒に遊びませんかとのことだ。姉さんたちは行って来はったら〜と言うので、竜円さんに手を引かれてお座敷にお邪魔した。
小学生は一年生くらいの男の子で、高校生の兄ちゃんもいるらしい。女の子もいるけど下で夜桜見物しているのだとか。
竜円さんは俺が男の子だとわかっているので、男の子たちのところに連れて行くつもりだろう。
女の子たちは数人いて仲よさそうにしてるみたいだしね。

お座敷にいた男の子二人は、昼間街中で見た子たちだった。俺の弟分から竹刀を借り、子供に振りかざしたのでびっくりして追いかけたが、顔見知りだったらしく真剣に怒るのはやめた。だからといって子供たちが真似をしたら困るので注意はしたけど。
コナンくんと平次くんという二人は、なぜ明らかに女の子の着物を着ている子供が俺たちの所へ?みたいなことを思っていそうだが、明るい声でいいよ!と言ってくれた。すまんな、年の近い男の子供やで。

お迎え遅いなー、帰るように連絡来てたっけなーと思っていた矢先に、茶屋に悲鳴が響き渡る。
女将さんの声だと思ったので部屋を飛び出して、声のする方へ向かう。
コナンくんや平次くん、探偵さんだという毛利さんたちもドタドタと走って来た。
なぜだかコナンくんが一番血相変えて俺に座敷で待ってるようにと言ってきたのだけど、それはもろこっちのセリフである。
女将さんが誰か誰かと呼ぶ納戸行くと、古美術商をしている桜さんが何者かに殺害されていた。コナンくんが俺を庇って少し後ろに押した。
誰も現場に入らないようにと言いつつも毛利さんと平次くん、それに続いてコナンくんが足を踏み入れる。
毛利さんだけじゃなく、平次くんはこの辺りで有名な高校生探偵だそうだ。
そういえば名前はよく聞くけど、顔は今まで見たことなかったかも。
「鋭利な刃物で頚動脈を切られている……」
「見事な切り口や……。これは一連の事件と同一犯かもな」
コナンくんの後ろから腰を曲げて患部を見る。とん、と背中に手をついていたので俺の長い髪の毛がさらりと垂れてしまった。
「あ、だ、だめだよ、見ない方がいい」
「……大丈夫」
部屋の外に押そうとしたコナンくんの両手を握る。
どうしてコナンくんは見慣れた様子なのか気になるが、俺もまあ人のことは言えない。
「みんな、警察が来るまでさっきの部屋におってくれへんか」
「絶対に外へは出ないように」
平次くんと毛利さんが竜円さんたちに言いつけると、探偵の言うことだからなのか彼らは身を引いて部屋へ戻りはじめた。
竜円さんは連れて来た責任があるからか俺を呼んでくれたので、コナンくんと手を繋いだまま俺もそちらへ向かった。
「え、ボクは、あの」
なんで自分もいられると思ってるん、この子。

今度こそ俺は女の子たちと一緒にいるように取りはからわれ、和葉ちゃんと園子ちゃん、警察に電話をして戻って来た蘭ちゃんに自己紹介をした。といっても、女の子の時は姉さんたちと遊びでつけたお座敷名を名乗るのだけど。
「サクラちゃんは親御さん、いつ迎えにきはるん?なんならあたし電話しよか?」
和葉ちゃんは心配そうに俺を見つめた。園子ちゃんと蘭ちゃんも隣で頷いている。どうせもうすぐ保護者くるだろうから大丈夫だ。ふるふると首を振った。
「あの、ボクちょっとトイレいくね」
「一緒にいこか?」
「へ!?へいき!」
あ、恥ずかしいか。
そろりと立ち上がったコナンくんは元気に走って部屋を出ていく。
ん?なんか、怪しいな?さっきから殺人現場にやたら興味津々だったし……と思ってやっぱり俺もトイレと立ち上がる。今度は蘭ちゃんが一緒に行こうかと聞いて来たが丁重にお断りした。
階段を降りていくと、コナンくんが納戸の中にそろっと入って行くところだった。あら、好奇心旺盛。
しかし注意する間も無く、毛利さんに引っ掴まれて投げられた。あら、よく飛ぶ。ドアのところでぽーんと投げられてバウンドしたコナンくんを眺めた。
「ってえ!……れ、サクラちゃ……」
「おトイレの場所わからんかったん?」
うふっと笑って、尻の痛みに悶絶したコナンくんのそばにしゃがむ。手を貸してあげながら立ち上がり、あははーと笑うコナンくんはしどろもどろに言い訳をこぼしている。
しかし、ふいに上の方で人がやって来る気配がして顔を階段の方へ向けた。
おそらく警察、そして俺のお迎えがきたのだろう。
平次くんとコナンくんも俺と一緒に階段を登って来た。
「京都府警の綾小路です」
女将さんがあっと小さく声をこぼしどうぞと招き入れる。
両脇に制服警官を連れた彼こそが、俺の保護者でいとこのお兄ちゃん、文麿くんである。
一人に外で待機するように指示し、一人を連れて入って来た文麿くんに小さく手を振る。
平次くんは早いお着きだ、となんだか含みながら言うけど文麿くんは丸っと無視してすれ違う。ん?俺は無言で頭なでなでされてすれ違いましたけど?コナンくんはえって顔をして見ていたけど?
「??……あ、ねえ今日はシマリスは?」
文麿くんはコナンくんの問いかけに、嫌そうに振り向いた。
「いつも連れ歩いとるわけやない」
とかいって割といつもつれ歩いてるけどな。
まあ現場には連れていかないだけだ。



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綾小路さんちはとっても捏造です。お母さん同士が姉妹なので旦那さんは婿養子かな。
関西弁は半分癖、半分わざと使ってます。
Mar 2018

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