春の通りみち 04
文麿くんの部下はもちろん俺の顔を知っていて、俺はシマリスマロちゃんの待機するパトカーで一緒におうちに帰った。おばさまとおじさまは、俺が事件に巻き込まれたことを知っていて、家に入るなり心配されながら着物を脱がせてもらい、お風呂に入っておいでと勧められた。
晩御飯は茶屋で軽く食べたし、お腹空いてないかと聞かれても大丈夫と答えてすぐに眠った。
明日は1日お休みだし、ゆっくりしようと思う。
そう思っていたのだけど、翌日はおばさまが新しいお着物あるから着て見てと俺を部屋に呼びにきた。
剣道の稽古は道着で行くし、その後お茶屋で着付けされるので着物を着るけど、普段は洋服であることの方が多い。
おじいちゃまと文麿くんが喜ぶ……とみせかけておばさまが楽しいから髪の毛を伸ばしているが、もちろん常時女装をしているわけじゃないのである。
が、やはり暇な日におばさまが俺を着飾ってみたりするので、女の子になるのは日常茶飯事だった。
昼になる前に、おじいちゃんとお散歩にでかけた。
綺麗なおべべ着た孫を連れて歩きたいのだ、おじいちゃまは。
馴染みの店に顔を出してお茶をして、かわいいかわいいした後は普段からよく集まってる友人たちと話をはじめてしまう。
いつものことなので、俺は一人で遊びに行ってくるよと声をかけた。
おじいちゃんは俺に帰りのタクシー代を握らせて、快く送り出してくれて無事解散。お昼ご飯の時間にはそれぞれ家に戻るのが暗黙の了解だ。
ほとんど用事がなかったが、文房具を買い足したかったので商業ビルに入って文具のフロアを練り歩く。目当てのものを手にしたあと、てきとうにぶらぶら商品を見て会計をすませ、日用品や雑貨のフロアをひやかしてから店を出た。
外国人のカップルが俺と一緒に写真を撮りたいといって声をかけてきたので了承して一枚パシャり。
家に帰っておべべ脱がせてもらおうと家路に着いた。
頂法寺の前を通りかかると、子供が一人うろうろしているのが見えた。
別にタクシー代をケチった訳ではない。良い天気だったので自分で歩いただけだ。
たった一人で六角堂の前をうろちょろして、困ったように首を傾げている、ぷっくりお腹の男の子。
もしかして、と思って境内の中へ入って行くと風が揺らす柳の向こうで男の子の困った顔が鮮明に見えた。これは、あれだな。
「───ぼく、まいご?」
一年生の小嶋元太くんは、お友達と一緒に東京から来たのだけど、途中で逸れてしまったそうだ。お寺の人に言って、保護者に連絡してあげようか聞いたけど、実は既に連絡がついているそうだ。ただし元太くんはこのお寺の名前が読めなくて、うまく伝えられなかった。
「このお寺はんは頂法寺ゆうの、せやけど六角堂ゆうほうが有名かな」
「ちょうほうじって読むのか?あれ」
「うん、また連絡しい」
「おう!……あれ?おかしいぞ、これ!」
ぶうっと顔を歪めた元太くんは胸についたバッチを弄っている。
なんと、それがトランシーバーだったのか。
元太くん曰く繋がらないらしく、連絡手段が途絶えた。このトランシーバーで連絡とってたなら、保護者の電話番号もわからない可能性がある。
「おれ、もう帰れねーのかな?」
「ちゃんと送ってあげるよ」
「ほんとか!?」
元太くん曰く、保護者の博士が作ったバッチは友達全員に行き渡っており、発信機がつけられているそうだ。その位置情報がわかるのは一人の子のメガネだそうで。その一人の子はコナンくんというらしく、彼は一人だけ先に京都へ来ていて別行動しているとのことだ。
保護者と友人らはその子と合流してから元太くんを迎えにくるそうで、お寺から出ないで待つように言われたらしい。
「コナン、早く見つかんねーかな」
「その子は同級生なの?」
「おう!みんな同じクラスなんだ!」
それって、昨日会った子ではないだろか?だとしたら山能寺さんに連れてってあげればいいのかもしれない。
いや、行き違いがあっては悪いし、しばらくここで待ってみることにしたのだが。
結局俺と元太くんが紙風船で遊んでいるところに、コナンくん御一行がお迎えに来てくれた。
俺の想像通り、昨日会ったコナンくんだ。あと平次くんもいる。
平次くんはコナンくんのものらしきメガネを持って先陣切ってやってきた。
元太くんをはじめ、歩美ちゃんと光彦くんと哀ちゃん、阿笠博士は毛利さん親子に会いに山能寺にいくそうだ。俺も一緒に行こうと子供達に誘われたので行くことにした。
コナンくんと平次くんはちょっと寄るところがあるそうだけれど、俺たちがお寺についてお茶を飲んでいる間に戻って来た。
そして新たにまた人がやって来て、俺の姿に驚く。
「なぜ、君がここに……?」
「白鳥警部、サクラちゃんのこと知ってるの?」
文麿くんと同期で顔見知りの任三郎くんはコナンくんに聞かれてそちらを見た。
「サクラちゃんは綾小路警部の親戚だから?」
「うん、それで何度か顔を合わせたことがあってね」
「京都来はるとき、いつもご飯するの」
「なんだ、綾小路警部と仲良しなんだね」
二人がライバルという噂でも聞いたような口ぶりのコナンくん。いや、二人はけして仲良しじゃないです。
「ううん、お兄ちゃんは誘わんと二人で行くの」
「へ、へー」
「京都に来てまであれと食事する暇はないんですよ」
だが俺と食事に行くのである。
コナンくんはちょっと呆れたような、引きつった顔で話を流した。
とにかく任三郎くんは京都で調べて来た話を小五郎おじさんに伝えにきたそうで、テーブルの前の席についた。
調べて来たことは千賀鈴姉さんのことらしい。
俺もその辺のことはちょっと知っていたが、他言することでもないし、聞かれなかったので言わなかった。
任三郎くんが本庁の人からの電話に出ている間に、毛利さんが推理を思いついたらしく千賀鈴姉さんと保護者の山倉さん、文麿くんが呼ばれ、竜円さんに案内されてやってきた。
文麿くんには山能寺にいるといわなかったので、任三郎くんのそばに控えめに座っていたらすごく驚かれてしまった。あ、着物見せられて丁度よかった。
そんなに驚くかよってくらい、言葉を失いわなわなしていたので、袖をぴっとひっぱってどや?と首を傾げてみた。彼はその瞬間はっとして、今まで任三郎くんを指さしていた手で口を抑え、目を瞑る。よろしいようです。
大人の話をするようだけど、ギャラリーは背負ったまま、毛利さんは桜さんを殺害した犯人について推理を述べた。
千賀鈴姉さんと文麿くん、シマリスのマロちゃんが共犯という展開になり、俺はいよいよ首を傾げすぎて体まで傾いた。
「シマリスだけど、あんな小さな身体じゃ短刀を運べないんじゃない?」
文麿くんは弓をやっていないし、千賀鈴姉さんは矢枕となる親指の付け根が切れてしまうくらいの初心者だ。山倉さんは舞妓は忙しくて人を殺す暇などないというし、小五郎さんの推理は若干おおって思うところがあっても良く考えたら疑問点が多すぎる。
コナンくんの極め付けの問いに、うるせー!となった小五郎さんはマロちゃんの体に棍棒をくくりつけて動くように言いつけた。わー重たそう。
「呆れてものも言えませんな……」
千賀鈴姉さんと山倉さんは帰っても良いと言われて竜円さんがお見送りにいった。
マロちゃんは毛利さんと子供に囲まれて、不機嫌そうにしている。
文麿くんは少し離れたところで俺と一緒にその様子を眺めて、小さな声でぼやいた。
子供達のあつい訴えにより、マロちゃんは解放された。
「おいで」
お利口なマロちゃんは子供達の手に乗ってはいるが、俺が声をかけるとすぐに手から飛び降りて足元へやってくる。
少し屈んで手を差し出すとぴょこっと乗って腕を伝い肩に乗った。
その様子を見て歩美ちゃんたちは残念そうにああっと声をあげて俺を見ている。う、うおんごめんなさい。
「わ、わかった!!」
「へ?」
「犯人は君だぁ!」
毛利さんが雷に打たれたような顔をして、今度は俺を指差した。清々しいなあ。
「はあ?」
地を這うような声と凶悪な顔が上の方にあるのだが、俺は面白くて笑ってしまった。
いや、俺も可能性に考えてみろってコナンくんと平次くんに仄めかしたことあったけど。
「おっちゃんのおかげで犯人がわかった」
「ああ……」
可能性をあげている毛利さんに、文麿くんが殺人犯みたいな顔をして食ってかかり、任三郎くんが俺の擁護し、歩美ちゃんたちの白けた視線が集中している間に平次くんとコナンくんが小さな声で会話を続けた。
「あとはその証拠と」
「仏像のありかやな」
「仏像って?」
縁側から降りて、マロちゃんと一緒に二人の間に入り込む。
俺がいても自然体にしているコナンくんは、一緒に殺害現場を見学したよしみなのか山能寺で十二年に一度公開されるという仏像が八年前に盗まれたが、三ヶ月ほど前にありかを示すと思われる謎の絵が匿名で送られて来たことを教えてくれた。
「へえ、謎の絵。どんな?」
「あるよ」
今度は座敷に上がって荷物をごそごそやる。
コナンくんからはいっと渡された紙には確かに謎の絵が書かれていた。
ひな壇のようなところに、天狗やにわとりの絵がある。
「おおきい可能性としては二択やなあ」
「へ?」
「二択ってなんや」
「いろいろあるやろうけど、地図か文か」
暗号の作り方解き方、法則性などは忍者やってた時にちょっぴり習う。
もののありかを示す場合は大抵地図だけど、文の可能性もなくはない。関連する書籍である義経記の内容から抽出というものかもしれないけど、とりあえずセオリー通りにやってみる。
「そのまんま地図でええなら、簡単なんやけど、そないなはずは」
「───簡単って?」
「これ、京都の通りの名に似てはるの」
「そうか!」
コナンくんと平次くんは地図を出して、通りの名前のところに印をつけていく。
ほんとうにその地図の通りだったのか。
絵と通りを繋いだところと、絵に描かれた点を地図に書くと「玉」の字になる。まんま宝の位置を示すものになった。
そこは五芒星の真ん中ちゃうんかって思ったけど、いかにも京都らしいかなって思って黙っておいた。
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