Sakura-zensen


春の妻問い 02

律がなんだか妖魔に求婚されているらしい。
ああいうやつの一方的なそういうのは大抵、単なる人間には逃れられない。たとえば他の人と婚姻を結べば、もしかしたら諦めてくれる可能性があるかもしれないけれど。逆に、結婚相手や律自身が危険にさらされるかもしれない。
それなら、諦めて受け入れるか、強い妖魔にはらってもらう以外の方法はなさそうだ。
青嵐の言葉に納得が行く。
元護法神なのだし、そう言った青嵐自身がはらってやればいいじゃないか、と思ったけれど嫌そうに顔をしかめた。妖魔なら小物だろうと食うくせに。相手が人だとか、いわないよな。
「お前がやれ」
なるほど。俺はとても納得してしまっていた。
この場にいて、青嵐がやらないなら次は俺じゃないかって。
尾白と尾黒ではどうにも心もとないし、俺ならある程度の妖魔は追い払えるようになったし、律の意見を聞く耳も持っている。
「んー……じゃあ律、俺と結婚する?」
青嵐のようにぱくっと行っちゃえるわけじゃないので、律と結婚しちゃった方が話が早いと思った。
そうすれば妖魔への牽制にもなるし、俺が堂々と手を出しても許される。
俺を見つめて、ぽかんとした顔のまま、律の唇は動いた。「する」とあまりにあっけなく、短く、ぽろりとこぼれたそれに、今度は俺があれ?と固まった。

「ちょ、ちょっと!!何言ってんの!」
「え、ほんと?ほんとうに律と玉ちゃんが結婚するの!?」

司ちゃんと晶ちゃんの言葉ではっとする。
こんなところで急に交わす約束も、そもそも言葉選びも、ついウッカリ……だった。
かと言って、律と結婚するつもりがあったのは間違いではない。
「なんか……嫌」
「あ、もし律と結婚したくなったら俺ちゃんと許すよ?」
「ちがう!そんなわけないでしょ!」
司ちゃんのむっすりしかめた顔に肩をすくめる。二人とも恋愛感情は一切感じないけど、心から大事にし合っているような、なにか言葉にできない情があって、細いけれど強くて切れない縁がある。
自分が律と結婚するのはどうやら否定的みたいだけど、他の人と結婚するのは嫌なのかな。
「だって、玉ちゃんが結婚しちゃうなんて……まだこんなにちっちゃいのに」
「ははは……違和感すごいね。でも司ちゃん、玉ちゃんこう見えて私達よりうんと年上のはずだから」
「そうだけど、やだ、寂しい」
律をほっぽって、なんだか俺の結婚を惜しむ会が始まった。
「確かに寂しいよ……律なんかでいいの?せめて開さんじゃなくていいの?」
「開さんはあるじだし……なんというか、お父さんみたいな。俺がついててやらないとダメなやつ」
「そうかも、でも律でいいの?」
二人は律が大事なのか、そうじゃないのか。
俺のことを妹みたいに可愛がっていたから複雑なのかもしれないなあ。
「俺は嫌なことも、思ってもないことも言わないんだよ」
人であって、人ではない部分があるから。
発した言葉には力が宿ることを知っている。だからできもしない事は言わないし、言ったなら必ずやる。そしてついでもうっかりでも、律がすると言ったのだから本当に良いのかと問い直すつもりはなかった。


律が答えた瞬間から、俺たちは結婚したことになる。けど、両家に挨拶と結納をして確固たるものにした方がいいかも。
「お母さんとおばあちゃんには紹介する。話してみるよ」
「うん、あと開さんとー……お山にも行ってみる?」
俺のふるさと、と言っても過言ではない山と、桜と神社。棲んでいた木はすでにないけれど、他の桜たちは親戚のようなものだし、神社は通ってた学校みたいなもんだ。
「行って見たいな」
「じゃあ今度、休みの日に行こう」
「うん」
律が眠るのを見届けて、緩く握っていた手を離す。
やらかい黒髪をひと撫でしてから部屋を出て、廊下から窓の外を見ると、何かがこちらを見ていた。
姿形ははっきりとしない、感情も俺に届くほど強いものはない。けれどここまできてるという事は、律に少なからず執着があるということだ。
「勝手なやつだな」
これだから妖怪は……。
ぶつくさ言いながら、庭に出た時にはすでに消えていた。
この家は結界が強いし、庭の桜には尾白と尾黒がいるし、俺もいるので逃げたのかもしれない。
「これ、玉霰」
「あ、尾白。見た?さっきのやつ」
「我々が追い払ってしまったぞよ」
「脆弱で滑稽なやつだった」
尾白に続いて尾黒がぴょこりと木の上から顔を出す。
あれは、俺の見当正しく、現段階で律に手出しできる強さはないようだ。
「あれくらいなら、我々で殺してしまえるだろう」
「明日にでもやってしまうか?」
「いい、いい」
俺は手をぷんぷんと振った。
尾黒と尾白が成功するかは定かではないし、結局俺の講じた策が一番穏便だろう。
妖魔っていうのは楽に殺せるものじゃない反面、楽にこちらに関わってこられるものでもなく、躱せばなんとかなる時もある。
そのさじ加減を見極めたいのと、尾白と尾黒に暴れられると困った展開になりそうだったので断った。
「ならば我々は何をしたら良いだろうか?若を御守りせねば」
尾黒は張り切って武器を構えたが、俺は笑ってとりなす。
「そうだなあ、今まで通り律を守って、……俺たちのことを認めてくれたら良いだろう」
「それもそうだ、二人が婚礼を済ませればやつも引きさがろうぞ」
「ならばめでたい以外に他ならぬ」
「いやめでたい」
単純ではあったが、二羽の言葉に笑みを濃くした。
祝われるのはとてもうれしいことだ。


次の休みの日、律は家を出る前にお母さんとおばあちゃんに、今度結婚したい人をつれてくると言って家を出てきた。俺はその時横にいたのでふふっと笑ってしまった。
あら、まあ、……え?というところで玄関の戸を閉めたのでその後の二人の反応は全くわからないけど、律のいうタイミングが絶妙だった。
多分深く追求されたくなかったんだろう。なにせ相手のことを聞かれてどう答えたらいいか悩むもの。
まず人間でもない、女でもない、嫁をもらうわけでもない。そして仕事もしてない。
「行こうか」
「いいの?」
家の中が少し騒がしいような気がしなくもないけど、律は俺の手を取って歩き出した。


数年前、開さんと山を降りたきり一度も行ってないので、麓にくるまで何か変わったりしてるんじゃないかと思っていたけど山がそうそう変わることもなく、別れたきりの姿がそこにあった。
「ここ?」
「うん」
バスは山の中腹くらいまで出ていて、そこから歩いて20分くらいすると神社の石段にたどり着ける。その石段がまた長い。
「開さんから聞いてはいたけど、長い階段だね」
「うん、よくへばってたよ」
「……」
律は少し視線を逸らした。
二十歳以上違うから、自分はへばらないはずだと思っているけど、現在疲れていないわけでもなくノーコメントだ。
疲れたら手ぇ引いてやるから、と励ましたら、律はなんとか自分で登りきった。
鳥居の下で膝に手をついて荒い息を整えようとしているけど、もちろん開さんよりはスムーズな足取りだった。
「水、水のむ……」
「はいはい」
しかし律の背負ってたリュックサックは俺が持って上がった。
手をパタパタさせてるので、ポケットにねじ込まれてたペットボトルを開けて渡してやった。
「ありがと」
「うん」
ペットボトルのキャップを渡すと自分でしめて、今度は開いた手を出した。そこへリュックサックを返すと自分で背負い直す。
俺は一足先に手水舎に行って、柄杓を持って律にさしむけた。
普通は自分でやるところなんだけど、まあ俺が洗ってやってもいいだろう。
律の両手にちょろちょろと水をかけると、手を擦り合わせた。
それからシミのついてない方の右手で口をすすいで、もう一度手を洗う。
その時いくらかシミが薄れたような気がして、二人で顔を見合わせる。
「効果がありそうでよかった」
「うん。あ、もっとかけてみて」
「よし」
俺は柄杓にたっぷりと水を入れて、片手で律の手をこすりながら濯ぐ。
しかし残念ながら薄れたは薄れたけど、全部が消えることもなくて諦めた。
「さすがに、まだ駄目か……」
律が俺の結婚に応じたとはいえ、まだ名実ともに結婚できたとは言い難いからかな。
「だね。とにかく一度挨拶しよう」
「ん」
袂から手ぬぐいを出してふいてあげてから、本殿まで行く。五段程の階段をのぼり二人で紐を握って鈴を鳴らした。
奥には神様の気配がする。
意思の疎通はほとんどできないけど、いつでも俺のことを見ていてくれるような、応援してくれるような方だと思う。
俺は自分を神様だとは思わないし妖怪なのか人なのかはっきりとはしないが、神社におわす神様はれっきとした神様だと思うし大好きだ。
「かみさま、律と結婚します」
「……玉霰と、結婚します」
声に出していうのはお参りの作法的にはなんか違うだろうけど、俺は神様に話しかけるときはいつもこんな風なので許してほしい。
結婚をゆるしてください、というまでもないし、ならやっぱり報告と挨拶というかたちで宣言した。
それは神前式の誓いとも似ていて、なんだか一足先に結婚式を挙げてしまった感じになった。
まあいいか、順番なんて。みんなに認めてもらって、祝ってもらう前だって、いずれそうなれば間違いはないのだから。
目を瞑って両手を合わせてぐっと力を込めてから、同じようにしていた律の方をうかがう。
一拍遅れて目を開けた律が俺を見た時、その瞳は一瞬だけ翡翠色になったような気がした。



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神社に神様がいて、山の神はまた別にいて、とか色々考えられるけど割愛。
人外さんと結婚した人間の色素が変わるの、とても好きです。
April 2019

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