Sakura-zensen


春の妻問い 03

(律視点)

玉霰がお母さんとおばあちゃんの前に姿を現す、挨拶の時に選んだ格好は僕と同じ年頃の男性の姿だった。
普段とる人の形は幼い少女と見まごう長髪と和服姿で、本人曰く女体ではないとのことだったけど、今はれっきとした成人男性の姿。桜色の長髪も翡翠の瞳もなく、黒髪黒目でスーツまで着ている。
隣には開さんもいて、一応玉霰の家の人に値するらしい。
お母さんとおばあちゃんは二人の来訪に目を白黒させた。一瞬、間違えて来たのかと思ったようだけど、僕がすぐに玉霰を呼ぶと、間違いではないのだとわかったみたいだった。
「開の仕事先の方だったわよね、たしか」
「玉霰さんだったかしら」
一体いつ開さんと同じようにして家にやってきたか定かではない。
ただ、今まで何度か玉霰がうちの食卓についていたことは確かだ。僕の友達としてとか、司ちゃんが連れて来た後輩としてとか。それでもお母さんとおばあちゃんにとっては、確かお会いしたことのある玉霰さん、として認識にあったらしく、開さんと現れたことでそういう発想に至ったんだろう。
僕は内心ほっとしたのもつかの間、息子の結婚相手として現れたのが男だったことに驚きを隠しきれない母と祖母の反応よりも、娘のように可愛がっている式が甥と結婚することになったと聞かされて何を考えてるのかわからない叔父の視線が怖かった。

多分僕が妖魔に求婚を受けてることもわかっている。
そのための結婚だと思って反対こそしないが内心では大反対のはずだ。自分はうっかり神様と結婚してるけど、───いや、もしかしたら余計に。
開さんはお母さんとおばあちゃんに、玉霰に身内はなく、一番親しい自分が付き添いで来たと紹介した。
それから男ということもあって籍を入れられないという理由をつけた。
「それでも律さんと結婚がしたいので、お認めいただけないかとご挨拶に参りました」
深く頭を下げた玉霰の姿に、お母さんとおばあちゃんは息をのんだ。
心から求められているような、真摯な態度に、僕が一番感動していたけど、それをここであらわにしたらおかしい気がしてなんとか耐える。
玉霰はきっと、生半可な気持ちで僕を娶ろうなんてことは思っていなくて、きっと本気で僕を守ってくれるつもりだ。そのくらいには、好いてくれているはず。
───けれどどこかで、いつか僕と離縁しそうでもあった。
司ちゃんを相手として見ていたが、他の誰でも、結婚する気があると分かればきっとすぐにでもあてがうだろう。今回僕に求婚した妖魔だって退けて、未来を切り開く。
そしてそのために僕の手を離すんだ。
……やだな。
「律を宜しくお願いします」
お母さんとおばあちゃんが、頭をさげるのと同時に僕も深く頭を下げた。
どうか僕を、宜しくお願いします。
絶対によそ見なんてしないから。


今日は両家の挨拶ということになるのか、玉霰と開さんは結納品を持って来た。今だと結納金を包んだりとか、昆布や鯣や鰹節など意味を込めたものを送るのが一般的だけど、二人が持って来たのは見事な刺繍の施された帯だった。昔は帯や小袖そのものを贈られたらしいし間違いではないだろう。
「これ、どうしたの?」
開さんが広げた包みの中を見て驚くお母さんとおばあちゃん。その陰で僕は玉霰に耳打ちをする。
「桜の最後の奉祝のときに作られたんだって。それを、俺を引き取ることにしたとき、開さんがもらってた」
「へえ〜……」
「俺は普段身につけないから、律の家でもらって」
お母さんとおばあちゃんはしばらく綺麗な帯に見とれていて、しばらくしてようやく食事の準備にとりかかった。
食事の席では良い酒が振る舞われ、玉霰はあれで案外酒が好きなので喜んで飲んでいた。
食卓には珍しくお父さんの姿もあったけど、食べるだけ食べると部屋へ戻って行く。そして開さんがそのあとに席を立つ。食事自体は終わっているので誰も咎めることはなかった。
玉霰はお母さんとおばあちゃんと会話を楽しんでいて、僕もその光景を見るのが面白い。

どうしても、玉霰のことは二人にとって認識しづらいことだった。
きっと今回のことも記憶に靄がかかってしまうだろう。それは玉霰が惑わしているわけではなく、ただ波長の問題だった。
それでもなんとなく、玉霰を見れば見知った顔だと思い出せたように、今日のことだって、僕と結婚をすることだって、忘れることはないだろう。
食事の席で楽しく話をして、円満に結納が済んだことだけは確かなのだから。


手洗いに席を立った僕は、庭先にいた開さんを見つけて縁側から声をかける。
暗闇の中所在無げに立っている風で、気になった。
「どうしたの、開さん、酔った?」
「ん?───いや、なんでもないよ」
長らく戻ってこなかったけど、自由にしているのだろうと思っていた。
「そういえば、人のこと言えないじゃないか律、あんな小さい子と結婚するなんて」
「は!?いや、僕は別に玉霰のあの見た目が好きで結婚するわけじゃ……!」
「まあ他の妖魔と結婚するよりはマシか」
「違うってば」
僕が初めて玉霰を見たときに開さんを非難したことを根に持ってるかのような口ぶりだ。
縁側の方に歩み寄ってくると、からかうような、たしなめるような顔をしていた。
「ふうん、じゃあ本心からなんだ」
「本心にきまってるだろ!」
「───それならまあ、いいか。安心した」
「なんだと思ってたの」
別に、と笑った開さんはもう何も含んでいないみたい。
けれどふいに視線を落として、低い声を出す。
「律は安心するなよ、相手は玉霰なんだから」
「どういうこと?」
「人を傷つけるようなことはしないけど、どうしようもなく純粋だ」
その例えは言い得て妙だ。
「あれほど人の心のまま、長年生き続けるものは多くない」
「うん」
「十にも満たない子供ではない、恐ろしさがあれにはあるだろう?」
それは、人をおびやかす恐ろしさではないけれど。

神様の前で結婚を誓おうと、妖魔への牽制のためであろうと、玉霰は人のようで、神のようでもある。
僕と結婚することも、ただ長く生きる中での些事でしかないかもしれない。
開さんも僕も、そのことが脳裏をよぎる。

「でも、玉霰は玉霰だ」
「律……」
「思ってもないことはいわないし、無責任じゃない。僕は玉霰を信じてる」
「そうか。……そうだよな」
開さんは玉霰の人であった時のことをいくらか知っている。名前も、その時の記憶だってそうだ。
それは玉霰という存在の楔で、何よりも人であることを肯定するものだ。
反して、僕は初めて見た時からまず連想したのは桜だったし、人としては異常な色素を好ましく思っていた。
きっと僕は玉霰の人間としての名前は一生聞くこともなく、人ではないものだという認識は強く持ち続けるだろう。
でも僕は、人とか神とかそういうものと結婚をするのではない。


開さんは帰り、玉霰は心配だからうちに泊まると言って残った。
お母さんたちの目には帰ったように見えただろう。
いつもはお父さんの部屋で青嵐に半ば嫌がらせ目的で寝泊まりしてるけど───果たして眠っているかは定かではない───、今日は僕の部屋に泊まっていいかと聞かれた。
「いいけど、あ、布団持って来る」
「布団は大丈夫」
「寝ないの?」
「うん、なんか、くるかもしれないし」
寝間着のつもりなのか、白い薄手の着物になった玉霰は、さらりと髪の毛を梳かしてから緩くまとめた。
寝ないと言ったわりに、布団に入った僕のそばに寝転がる。
「庭には尾白と尾黒がいるから大丈夫だとは思うけどね」
肘で枕をついて片腕で僕の掛け布団をぽんぽんと叩いた。寝かしつけるようなその仕草に笑いそうになって、動く手を捕まえる。
「ねえ、僕たちっていつ結婚したことになる?」
「へ?」
「なにか、変わるのかな」
「そういえば今後の話はしてなかったね、挨拶回りばっかりで」
「うん……玉霰は開さんの式のままだろう?僕は」
「律は人間のまま」
掴んでいた手が動いて、ゆるく解かれる。
すると今度はその手が布団の中に入ってきて、僕の左腕をとりあげた。
「シミ、だいぶ消えてきた」
「うん」
左手の指何本かについていたそれは、今、薬指にわずかに残される程度となった。
「人が結婚指輪をするところだ」
「わかってるのかな、たまたまかな」
「さあ……どちらにせよ、そのシミが消えたら憂いはなくなるんだけど」
その時僕たちは正式に結婚したことになるのだろうか。
手の甲を覆うように握られて、最後に薬指をなぞってはなされた。
両家の許しは得て、僕たちの意思は固められて、神前で宣言もしたことになる。
もう一度玉霰に手を洗ってもらえば取れるだろうか。それとも、僕に求婚したという妖魔に話をつければいいのだろうか。
「あと、なにをしたら、僕たちは結ばれるんだろう」
暗闇の中で玉霰の呼吸が変わった。
風が吹いて木々がざわめいている音もする。
「なにをしたら、か」
「玉霰?」
一瞬だけ外の方に意識を向けたのがわかる。
もしかして、何かが来たのかもしれない。
僕は起き上がろうとしたけど、目を塞がれて枕に頭を落とす。
柔らかくて冷たい髪の毛が僕の体におちる。
「たま───、」
吐息と熱から始まり、弾力のある唇が僕を食み、濡れたところが触れ合う音がする。
手が退けられて、桜色のまつげとまるみおびた頬が見えた。
やがて開かれた翡翠の瞳は僕を満足そうに見下ろす。
「律はここにいて」
最後の名残に髪の毛が僕を撫でて離れて行った。



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飯嶋家は跡取り息子の結婚相手が妖怪でも男でも大丈夫だと私はおもうんです(目をそらしながら)
親戚の一部はその話を聞いて大反対とかしそうだし、絹さんも八重子さんも大賛成とは言い難いけど、挨拶に来た主人公をいい人だと認めてはくれて、律の意思を尊重してくれるんじゃないかなっと。
でも子供もほしかったから養子でも……とゆくゆくは提案しそう。律の下に養子とろうとしていたし。
あと開さんは意外と律の方を心配するかなって。
April 2019

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