春と走る 02
ずかずか歩いて運転席に乗ろうとしてる桐島さんに、おーいと呼びかける。まあ止まっちゃくれないが。「助手席のってくださいよー、ぼくが運転しますんで」
「あ?ああ、おう」
多分いつも運転してたんだろうな。
「基本この車ですか?」
「そうだな」
「鍵持ちますよ」
「おう」
普通の応酬をしてからそれぞれ乗り込み、少し遅れての発車となった。
この格好ってやっぱり損してね?と思うが、弟、二助の平穏な生活と明るい未来の為を思えば!
道を間違えたくないので特に会話はしないまま現場について、班長たちと合流する。すでに地元警察署の捜査員が出動して捜索にあたっていて、鑑識や警察犬も現場に来ていた。
先輩への挨拶をする前に、名刑事と名立たる警察犬、ミハイルと目が合い立ち止まる。こ、こいつ……やりよる……!にらみ合ってたら班長に怒られた。
「なにアホやってんだ」
「エヘ……」
桐島さんも監督不行き届きで班長に怒られたのでじろっと睨まれた。
元々犬好きだったし身近だったけど、鼻が良くなってからはよりいっそう縁が深まった気がするんだよなあ。うちの先祖犬なんかな?
とりあえず小松原さんたちと一緒に誘拐された児童、あかねちゃんの顔写真を見る。おととしも近辺で幼児が誘拐後殺害された事件があり、犯人は捕まっていないそうなので同一犯の可能性もあるらしい。
人並みの正義感は、子供が相手だと高まる。
写真をしっかり見て顔を覚えてから、班長の指示を聞いた。ミハイルは足跡追跡を始めたので、俺もちょこっと顔を出してあかねちゃんの私物であるスリッパを借り受けた。フンフン嗅いでる所をお母さんがすんごい顔してみてる。く、せめてスリッパではなければ……!
っていうか女の格好しててよかった。男の刑事が幼女のスリッパスーハーしてたらそれこそ俺がホシだな。
ひとしきり嗅いで覚えたので、しれっとお母さんにお返しして、ミハイルに目配せをしてたらまた桐島さんに怒られた。きゃいんきゃいん。
途中で公園に居た子供からあかねちゃんの臭いがしたので更に怒られるのを承知で足を止める。
「ぼく、あかねちゃんと遊んだ?」
「午前中公園で一緒に遊びましたよ……私たちは先に家に帰ったんです」
「そうですか。怪しい人は見てませんか?」
「別に見てないわね」
傍に居たお母さんからはとくに匂わないので多分言葉通りなんだろうなあ。
ぺこりと会釈して別れると、かったるそうに桐島さんが立って待ってた。
「すみません」
「なんであのガキにだけ聞いたんだよ」
「あかねちゃんの臭いがしたので」
「は?」
「ま、幼稚園行きましょう。車が良いですかね?」
「ああ」
レザージャケットの内ポケットから車の鍵を出して小走りに車の方へ行く。ほら、先輩より遅く乗ったら駄目かなって思って。
幼稚園は休園日だったけれど、あかねちゃんの失踪を受けて職員の人達が集まっていた。
桐島さんが話を聞いている間に皆の様子を見てみるが特におかしなところはない。ただし、あかねちゃんの臭いがした。
冴えない男性にそっと近づき、臭いをかぐ。臭いというものは全身につくけれど、やっぱり前身や腕の方が臭いは強く残るだろうから身をかがめた。
「あの……この人は誰なんですか?さっきから」
「何やってんだ花森!」
「うひ」
まあバレたよね。
男性は学先生とよばれているが、保育士ではなく事務員だった。
「今日、あかねちゃんに会いましたよね?」
「は?いいえ。さっきも言ったとおり、今日は休園日なので誰とも会っていません」
この人、明らかに嘘をついている。
俺の発言は特に気に留めてもらえず、桐島さんは皆の名前と住所を控えた。もしかしたら高橋学の所にいるかもしれないので、その行動としてはグッジョブなんだけど。
「学先生、怪しいです」
「根拠は?」
「臭いがしました」
「勘で捜査しようなんざ100万年早ーんだよ!バカ!!」
「ホントに臭うのにい!」
ぴええと嘆いたけど、やっぱり信じてもらえなかった。
でも、本当にあの先生が怪しいと思う。だって、お母さんや公園で会った子供より、あかねちゃんの臭いが強かった。
背後で高橋が反対方向に歩いて行く気配を感じて振り返った。
車に戻ろうとしてる桐島さんに何度も言い募ったんだけど、やっぱり信じてくれない。勝手にしろってほんなげられた。
あの人を今帰したら、あかねちゃんにもう一度会うってことだ。
殺すか、いたぶるか、既に殺していて死体を遺棄するのか、もうしたあとなのか……。幸いにも、血や尿の臭いはしなかったからまだ無事だと思いたい。
あかねちゃんの写真を見返してから、俺は桐島さんに背を向けた。
車の鍵は足元に投げたので拾って乗ってくれ。
学先生の自宅に居るとは限らないので、高橋を追いかけた。高橋に共犯が居たら厄介だけど、連絡を取っている感じもしない。
しかし事態は複雑にならずに済み、高橋は俺の尾行に気づかず家に入って行く。
「あれ?ミハイル!と田村さん」
かちこむべきかと悩んでいた俺の反対側から、ミハイルと田村さんがやってきた。
「あ、あんた……たしか花森さん?」
「お前もいきついたか〜」
わふ、と小さく鳴くミハイルに笑いかける。なんかこう、通じ合った気分だ。
「ここにはあかねちゃんの保育園の事務員、高橋という男が住んでて、彼を尾行してたどり着きました」
「なるほど、とにかく門馬さんに連絡をとろう」
「田村さんお願いしていいですか?」
「へ、花森さんあんたもしや一人で行くつもりかい?」
「高橋は今中に入ってったんです。あかねちゃんは生きている可能性が高いし、今から何かされるかもしれないでしょ」
「……すぐに応援を呼ぶ。無理はするんじゃないぞ」
「はい」
ミハイルと田村さんに敬礼して、俺はマンションの敷地内に入った。
部屋番号はわかってるので、普通にインターホンをおす。ところがインターホンに出ないものだから、俺はどんどんと戸を叩いて名前を呼んでみる。あんまり近隣住民を騒がせてはいけないので、念のため同行してもらった管理人さんを手招きする。
「あのう、大丈夫ですかね?」
「責任はぼくがとります」
ぺーぺーが何を言ってるのかと突っ込まれそうだが、管理人さんにとって刑事は皆刑事だ。たとえゴスロリを着ていてもな。
next.
お仕事中なので会話中は一人称「ぼく」が多いです。
Mar. 2017