Sakura-zensen


春と走る 03

鍵を開けてもらい、すみませーんと声をかけると、物音がする。
子供と思しき声がするので靴のままあがりこみ、とりあえず保護を優先した。お風呂場には写真で見たかわいこちゃんがガムテープで縛られていたので、口を剥がしてあげるとびええんと泣く。
「あかねちゃん?お家帰れるからね!」
「うん、うん」
泣きながらしきりに頷くあかねちゃんが、ふと上を見た。あっと口を開きかけるので、はっとして覆い被さると背中に打撃を受ける。
息が詰まるが、あかねちゃんを身体の下にやったまま身体を半分向けた。二発も食らってやるつもりは無く、再び襲って来た鈍器を掴んで奪って投げ捨てる。刃物を持って来なかった事だけは褒めてやろう。

俺が立ち上がると高橋は裸足のまま逃げて行った。追いかけたいけどあかねちゃんを一人にも出来ず、とりあえず抱えて俺も部屋を出た。外には田村さんが待ってるし、そのうち応援がくるから焦る事は無い。
あ〜あ、門馬班長の電話番号くらい聞いておけばよかった。

「花森!」
マンションの下に降りようとしていると階段の所で柳さんと和田さんが居た。
高橋は違うルートをたどって逃げているので、二人は遭遇してない。だって臭いしないし。
「あかねちゃん保護しました」
ガタイの良い和田さんにあかねちゃんを預けたら泣いた。
「おねがいします」
柳さんに預け直して、走り出す。
「あ、おい、花森!」
「桐島さん!高橋逃げました、追います!」
「───わかった。どっちだ?」
「こっちです」
柳さんと和田さんと一緒に来ていたらしい桐島さんも居たので、呼び止められつつも足を止めずに報告をする。
走ってるときにけほっと咽せてしまい、桐島さんが耳聡く聞きつけ大丈夫かと問う。体力的なことを聞いてたんだろうけど、俺はつい背中を殴打されたと報告してしまう。まあ後でするつもりではあったんだけどさ。
「はあ?!お前何追って来てんだよ!」
「走れます!なので一発譲ってください!」
走りながらファインティングポーズをとった。
「この先です、挟み撃ちしましょう」
「ほんとうにいんのか?間違えてないだろうな」
「大丈夫です」
敬礼をすると、桐島さんが遠回りの方を選択してくれた。うれぴい。
桐島さんが前から走って来たら高橋が驚くだろうから、その隙に突っ込もうと、奴の後ろ姿を眺めた。
「高橋!」
桐島さんが先回りに成功したらしく声が聞こえた。うわ、という声と同時に奴は足を止め、反対側である俺の方に走ってくる。桐島さんも追ってくるんだけど……俺に譲る気ないなあ。まあ距離的にも俺の方が近いので良いけど。
「どけぇ!」
「花森!」
「どくかぁ!」
───蝶のように舞い蜂のように刺す、俺の信条は変わってないのである。
おまけに幼女誘拐と監禁容疑がかかってるので、心置きなく俺のパンチをお見舞いしてやる。
どっせい!とおっさんくさいかけ声はつけたが、かっこよくきまったぜ。
桐島さんは息を整えながら、茫然と歩み寄って来る。地面に倒された高橋よりも俺を見ていた。
「お前……」
「えーと、かくほ!たいほ?」
胸ぐらをわしっと掴んで、立たせながら桐島さんの方に出すと、高橋の両腕をとって纏めてくれた。
手錠手錠〜と探していると、ミハイルがわふわふと駆け寄って来た。その後ろには班長たちもいる。
「花森、キリ、捕まえたか!でかした」
「はいたったいま」
手錠を嵌めた後に、班長に敬礼をしてからミハイルにそっとウインクをする。戦友よ……!
「っておい!またぶん殴ったなキリ!」
「あ、ちが、ちがうんですよ?」
「まあまあ、一発ですし」
俺は弁明をしようとするが桐島さんは何も答えなかったし、誰もが俺の仕業だと考えなかった。
小松原さんはへらっと笑っていたので、桐島さんはもっと暴れん坊なんだろう。
「花森、良いから。とにかくよくやった」
「あの、はあ……どうもです」
「初日で犯人確保とはやるじゃねーか花森!」
「イッ!」
柳さんの肩ぽんぽんは平気だったんだけど、和田さんがパァンと背中を叩いた衝撃にやられて俺はべしゃりとこけた。
「悪い、強すぎたか?」
「もしかして……怪我してるのか?」
「あはは、背中を鈍器で殴打されまして……」
柳さんにも気づかれてしまった。
もちろん報告はするつもりだったけども。何度も言うが。
皆にも早く言えと怒られつつ、桐島さんが無言で運転してくれる車にのって署にもどる。
「じゃ、医務室行ってきます」
「歩けるか?花森」
「走れますよう」
柳さんが意外にも心配してくるので、見てたでしょと口を尖らせると小さく笑われた。
まあアドレナリンも出てたけど。

皆は取り調べがあるので、湿布を貼ってもらってからすぐに合流したけど、血の気の多い人が多いらしく班長と柳さんと重村さん以外、取調室の中で暴行を加えようとしているところだった。
「あれ、なにがどうなったんですか?」
「おう花森、大事無いか」
「戻りました。元気です!」
ぴしっと敬礼して班長に報告すると、軽く頷いてマジックミラーの方に視線を戻した。
柳さんがおととしの殺害事件と同一犯である可能性が大きくなったと教えてくれて、まあなんとなく納得した。

「桐島さん」
事後処理を終えて、帰る為に皆が立ち上がり始めたところを呼び止めた。さっきまで高橋を確保するために普通に協力していたがあれは勢いだったし、先輩の指示に従わずに行動したことはまだ謝罪してない。
「勝手な行動をとってすみませんでした」
「は?……ああ」
一瞬なんのことか分かっていなさそうだったけど、すぐに思い出したみたいに声をもらす。でも言いづらそうに目をそらし、うーと小さく呻いてから、うなずいて謝罪を受け入れた。
手柄もあげたので、怒りづらかったのかもしれない。
「背中は」
「あ、だいじょうぶです!頑丈なんですよ」
にこにこ笑って両腕を上げると、頭の上に拳が振って来た。といってもぶん殴られたんじゃなくて、ぽこんと置かれただけだけど。
「……だからってあんま無茶すんな」
なんか凄く心配してくれてたっぽい?あれ?
わかりました〜と頷きつつも、首を傾げる。皆からニマニマ見られててあっと思い出す。
「あの、自己紹介の時寝ておられましたよね───」
「花森」
柳さんに言葉を遮られて口を噤む。
皆のニマニマ顔が更に歪んだ。きもちわる……。
面白そうだから黙っとけ、と言いたげな顔を見て、反射的に口をぱふりとおさえた。
「寝てたけど、それがどうした」
「いえ、あ、この格好は自分の趣味ではないのであしからず……」
視線の多数決に負けた。
桐島さんすみません。まあどっちにしろいつか分かると思うけど。



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主人公の犬犬しさ倍増で凄く楽しいです。
キリさんだけ性別勘違いしたまま進みます。
Mar. 2017

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