春と走る 04
事件です。遺体発見現場に出動したのに、警察手帳を見せても信じてもらえません。なんてこったい。桐島さんが先に封鎖してるテープくぐってったのに、なんで俺はだめなんだ!あっちだってチャラい金髪兄ちゃんだぜ。女の子の格好はダメなのか?
手錠まで持ってる!!って危険人物を見る目で見られた。ひえーんって顔をしてたら皆もうわあって顔でこっちを見てた。
「花森、何やってんだお前」
「桐島さん〜」
めんどうくさそーにため息を吐いた桐島さんがずかずか歩み寄って来て、俺の腕を掴んで引っぱりこんでくれたことでようやく刑事だと認めてもらえた。ゴスロリやめたい。
被害者は身元不明の男性で、至近距離から銃で一発やられているので顔が判別できない。そのくせ周りが綺麗すぎる。
違う場所で殺され運ばれて来たことは容易に想像がついた。
第一発見者は遺体発見現場である八辻邸宅に住むご隠居とお手伝いさん……のようだけど、どうも話が通じない。お手伝いさんも運転手さんも全員してお年寄りばかりで、八辻邸の主である道隆氏とご夫人は海外旅行中だそうだ。
寝ていたご隠居が目を覚まし、手鞠歌を聞けってんで、新人の俺とお世話係の可哀相な桐島さんが抜擢された。
一辻二辻と始まり八辻まで来たのはよかったけど、五十辻を超えたあたりで桐島さんは寝始め、百辻あたりで俺もぼーっとしてきた。意識が覚醒し始めたころには八百辻を超えていて、柳さんが迎えにくる所だった。
「お前らバカだろ?あんなもんてきとーに切り上げろよ」
「いや、途中で席立つのは失礼かと……」
「お前寝てただろーが」
柳さんの説教を聞き流す桐島さんに同調し、俺も素知らぬ顔で頷いてみる。お前もだ、と頭を軽く小突かれたけど痛くはない。えへっと笑いながら目に入った車椅子に近づいてみる。既視感ならぬ既臭感をおぼえて、車椅子の前にぺちゃっと座ってふすんふすんした。
「あの、この車椅子は?」
「ああ、ご隠居さまのものです。お歳のわりに足腰もお丈夫なんですが……」
丁度近くを通りかかったお手伝いさんに聞いてみたらあっさりと持ち主が分かった。まあ、聞かなくても分かるけど一応。
「どうした?」
「仏の臭いがします」
すくっと立ちあがり、さっきと同じように歩き始めた。
「仏壇くせえってことか?」
「……」
柳さんは察したのか、何も言わなかった。
大瓦警察署では捜査本部が設置された。
被害者の身元は未だ不明なので八辻家の老人四人のスナップがホワイトボードに並ぶ。
小松原さんと和田さんが周囲に聞き込みをした結果をそれぞれ公表し、所長たちが軽く推理を始めているのをぼけーっと聞いてる。頭の中で手鞠歌がゆんゆんしてるんだよう。
鑑識によると死因は銃弾によるショック死で、10センチから20センチの近射であることがわかる。血痕や足跡痕はなく、犯行現場が八辻邸ではないことは確かだった。
「あ、思い出した」
署長がぱかっと口を開く。どうやら八辻邸にはひとり息子さんがいたらしく、若くして亡くなっていた。署の刑事たちは老人たちに同情してたちまちしんみりとしだす。おいおい……と思っていたら班長も同じようにおいおいと呟いた。
その時、重村さんが被害者の身元が判明したと捜査会議に乗り込んできたので事態は一変する。
「組関係のスジならわかりやすいぜ!ばーちゃんはわかりにくいし」
「班長、八辻家の捜査はどうしますか?」
「あ、おい余計な事言うなっ」
ガイシャの倉田は猫又組の構成員だったので桐島さんはガッツポーズをとっている。そっち方面はそりゃ詳しいだろうけど、と思いつつ班長に聞くとポニーテールをぐっとひっぱられた。
手鞠歌を聞かされたこともあって、多分老人の相手をさせられると危惧してるのかもしれない。
「でも、車椅子から倉田の臭いがしたんですよ」
「お前また臭いかよ、嘘つけ」
前それで犯人みっけたのに、桐島さんはあんまり信じてくれてないようだ。しょぼんとしてたら柳さんが擁護してくれたので、俺達は八辻家の方にまわされた。
小松原さんと和田さんが、手鞠歌に関してからかうのでプッチンした桐島さんが椅子をガンッと蹴っ飛ばした。やべ、俺も蹴られる?
「やめろバカ!ガキかお前は。……桐島、とりあえず息子の交通事故死を調べてみろ」
「え?でもそれって20年も前の話ですよ?」
「手鞠歌聞いてるよりいいだろ?」
「クソ……お前あんま余計な事言うなよ」
「はぁい」
ううう、桐島さんすごい不機嫌……。小松原さんたちがからかうからじゃんって思ったけどやっぱり一番悪いの俺かなあ。俺なのかなあ。
ご隠居は話をしている途中でぽっくり……いや、すやあと眠ってしまったので桐島さんが抱き上げて布団まで運んであげた。お手伝いさんでも70を超えてるんだから、今までどうやってたんだろうなあ、とちょっと心配になるがよく考えたら普段は一応娘夫婦がいるんだっけ。
ちょろっと交通事故で亡くなった息子さんの話題が出ると、おばあちゃんたちは涙ながらにアレは事故なんかじゃなかったとか、庭の男が死んだのは天罰だとか言い始める。え、わかりやすう……。
更に聞き込みをしようとすると、しらばっくれ始め、またしてもわかりやす〜く体調を崩した。
結局話してくれず、税金ドロボー扱いされた俺たちはすごすご玄関に向かう。
「差し込みって何だよ差し込みって!」
「癪のことですよ」
「しゃくぅ?」
「大まかに言うと、胸や腹など内臓が痛むことを総じて癪と呼ぶわけですね」
とたとたと板の間を歩きながら桐島さんに解説をする。
「ほらよく持病の癪が〜とか言うじゃないですか」
「ああ……」
「原因は様々で、───むしろ原因不明のものを癪と言ったり、胃痙攣のことだったり」
「へえ、よく知ってんな」
「あはは。あとは大体、仮病の常套句ですよね」
「あのババア……」
斜め後ろからする地を這うような声をそっと聞き流し、玄関の外で車から荷物をおろしている運転手を見た。桐島さんは話を聞きたかったようで彼を手伝いもう一度家の中に入って行った。
俺はそれよりも車のトランクの中から被害者と、血の臭いがしたので乗り込んで嗅いでみる。
うーん、車椅子と車を使って運んだのかなあ。
next.
原作のワンコがあまりにも面白いし残念なので、なんか主人公かっこつけだな(笑)って思う。
Mar. 2017