Sakura-zensen


春と走る 05

何やってんだお前、と後ろから声をかけられて顔を上げると、桐島さんが呆れた顔でトランクの臭いを嗅ぐ俺を眺めていた。
運転手の真田さんが戻ってくる事は無かったので、反応は見られないけど……まあいいか。
「ケツ見えんぞ」
「ちゃんとパンツはいてますが」
「んなこと分かってんだよ」
一応トランクのへりに腰をおろす。そもそも俺は生足っ子ではなく、スカートの下にはいつも黒のレギンスパンツをはいてる。
臭いの元をたどり、血痕を探す。黒いシートなので眼で確認する事は出来ないけど、ピンセットでちょこっと繊維を毟ってジプロックに入れておいた。
「ここから、血の臭いがします」
「お前それマジで言ってんの?前回といい、今回といい」
「あとでこれ鑑識に回してみましょう。血液反応でたらちょっと信じてくださいネ」
胡乱な目つきのあとにため息を頂いた。

繊維を鑑識に回してから、警察署で八辻家の息子さんの事件を担当した刑事さんに話を聞いた。
当時捜査線上に上がった人物のリストを見ていると、あまりにも容易く被害者倉田が出て来る。過去の事件って調べてみるもんなんだなあ。柳さんすげくねーか。
「倉田がいますぜ、先輩」
「何ィ!?」
桐島さんがばっとこっちを向く。同時に俺の携帯に鑑識のナベさんから電話がかかって来た。
「ええー……、えれーもんが出て来ちゃったぜ……」
「もしもし、はい、はい、ありがとうございます」
「どうした?」
刑事さんに調書のコピーを頼んだ桐島さんは、電話を切った俺の方をむく。
「鑑識課からの電話です」
「なんだって?」
「エヘ」
親指立ててウインクすると、更に桐島さんは驚いてくれた。
血液反応だけじゃなく、倉田の血液と一致したので俺すごい子。
「えっマジで?」
あまりにとんとん拍子に色々な事が浮上してくるので、班長も軽快な口調で驚いた。もし倉田が息子さんひき逃げの真犯人であるなら八辻家には倉田を殺す動機が充分にある。
ただし参考人として来てもらった、倉田と同棲していた女性、金本留美の怯えようは変だ。それに、八辻家は殺害現場ではない。
「じゃあ金本に協力してもらったとか?」
「なんでそうなる」
班長からつっこみがとんだ。たしかに八辻家と金本に関係はないようだけど。
「あるいは、繋がりの無い共犯……てこともあるか」
むーんと眼をつむってると、柳さんが俺と同じ考えをしていたのか金本への取り調べが始まった。
連れて来た当初の取り調べでは和田さんや班長たちの顔が恐すぎて困難を極めたそうなので、イケメン柳さんとフツメン小松原さんが執り行う。ついでに俺が書記係である。カツ丼を頼むときはゆってくれたまえ。
ところがカツ丼無しでも柳さんの説得で、金本は泣きながら自白した。

八辻さんたちが現場を訪れたのは偶然だったらしい。なら理由を聞くべく行くっきゃないってことで八辻邸を訪れたが誰も居ない。
先に走って行った小松原さんが慌てて戻って来て、テーブルの上にあったらしい手紙を出す。
「全然読めねーぞ!!」
なんか遺書くさい手紙は草書で長々と文章が綴られている。
え……なにこの土産リスト。
車は車庫に置いたまま。八辻さんたちは全員いないというから自殺をする疑いもあったので、緊急配備の指示が出た。
「あ、こっちです!」
どっちにいったかはすぐに分かったので指を差すと、桐島さんは躊躇い無く俺と一緒に来てくれた。
「多分、自殺じゃないと思いますよ」
「なんでだ?」
一緒に走りつつも、一応俺の考えは述べておく。少し遅れて小松原さんも走って来た。
「あれ遺書の内容ではなかったし」
「は!?お前読めたのか?」
「全部は読んでないですけど」
話しているうちに臭いの元に辿り着いてしまった。もともと彼らはそう遠くには行ってないのだ。
俺がここです、と声を上げたのは霊園の前。桐島さんと小松原さんは焦った顔をして血相変えて走って行ってしまった。

ご隠居がどーしても本庁に出頭したいとわがままこくもんだから、俺達はドヤ顔でご老人達を連行することになった。もちろん課長には怒られた。
「白金署に居た頃のあだ名、ワンコだそうだな」
「誰情報です?それ」
「まあ、いろいろ」
班長が怒られて、それをしれっと躱しているところを見ていたらいつの間にか隣に居た柳さんが声を掛けて来た。
「たしかに、花森って犬っぽいですよね」
「否定はしません……」
小松原さんが笑う。
「今回はお手柄だったそうじゃないか……。いや、前もそうだったか、よくやった」
「ちょっと〜なんです急に」
「いやたしかにそうかもな。その格好してるからどれだけ馬鹿なのかと思いきや、中々頭が回るそうじゃないか」
柳さんに続いて重村さんが褒めてくれた。なんだ、どうなってるんだ。
「キリ、良い拾いものをしたな」
「俺が拾ったんじゃなくて、みんなが押し付けたくせに」
「まあいいじゃねえか、お前頭良くないだろ」
「だからって別にこいつより頭悪くないっスよ……多分」
「なんだ、自信がなさそうに」
「……こいつ、妙なところで知恵があるっつーか……雑学?」
さっきから俺の頭をがしっと掴んで、ぐるぐる回したり、揺さぶったり、ぎゅむぎゅむ握ったり、やめてくれよパイセン。
差し込みについての解説を行った所為だろーか。それとも草書が読めたことだろーか。前者はお医者さんやってたころの知識ではなく、桐島さんの言う通りただの雑学だ。医者じゃなくたって知ってる人は知ってる。崩した文字は読み慣れてたってのもあるし、暗号解読に比べたら……まあ。
「うーん……ぼく小さい頃からお医者さんになりたかったんですよ」
全部ひっくるめて、もうこれでいいや。
頭を振って桐島さんから逃れながら言う。
「じゃあなんで刑事になったんだ?」
いつの間にか課長のお叱りから逃げ果せていた班長も俺達の話に入って来た。
「あれは、中三のクリスマスです」
なんか語り出したぞって顔をした皆を察して、言葉を短くしようと決める。別にすんごく聞いて欲しいわけじゃないし。
「サンタのおじさんに、お前の鼻は役に立つから刑事になりなさいと言われました……おしまい」
「は!?」
「ほらこの見た目でしょ?だから皆にまともな人って思われないのが普通なので、初対面なのに刑事さんをおすすめされたとき感動しました」
わははっと笑うと、皆が反応に困っている。
「どういうわけだよ……」
エピソード聞く気なさそうな顔されたから簡略化したけど、今度はまったく訳分からんって顔になってしまった。いやしかし、よく考えたら人に話す内容でもない。とにかく人に言われてはっとしたってことだけにとこ。
「そのサンタのおじさんは夢にでも出て来たの?」
「実在しますよお、失礼だなあ。長官賞をとる活躍できたら、まわらないお寿司連れてってくれるんですって!えっへん」
「はあ……とれたらいいな」
小松原さんと桐島さんは結局興味なさそうな返事をした。



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そういえば成人済みなので声変わりはしてるし背は高いのかも……と思ったけどヒロインだからその辺はゆるく行こうと思います。
Mar. 2017

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