Sakura-zensen


春と走る 07

その晩桐島は楽しい夜を過ごした。
久々に会った彼女と食事して、酒を飲み、会話を重ねた。互いに近況を報告できたし、彼女も楽しそうにしていた。
次は休みを取って一日遊ぼうとか、旅行にもいきたい、なんて話をする。充実した未来を思うとわくわくした。
あいつのおかげだな、なんて思いながら脳裏に浮かぶ後輩の笑顔。
少し前に異動してきた花森は、私服と時々零れるおかしな発言以外は至極まともで大人しい奴だった。
今までは重村というベテランについていた為、様々な雑務を担っていたが花森と組んでからは自分が上に立つようになったので幾分か楽な思いをした。今日も班長に急に行けと言われたくだらない訪問を代わってくれた。今度……というか明日出勤したら昼は連れ出してやろうかな、くらいに思っていた。
ところが朝の5時、出勤するよりも大分早い時間に起こされて眉をしかめる。携帯電話には、花森の名前が表示されていた。
寝ぼけた頭ではあったが花森が「ポカっちゃいまして」と言うので身体を起こす。
「は?あの大家が犯人だったとか言わないよな」
『いえ、大家さんは超良い人でした……』
どうも22時まで喋っていたらしく、どんだけ暇なんだよと思ったが言わないでおく。
花森から続いた言葉は、今現在自分が閉じ込められているというものだった。思わず詰めた息を悪態とともに吐き出した。電話の向こうから沈んだ花森の声がする。
今電話してこられるなら、もっと早く、班長にでも連絡すればよかっただろうと思った。
何故こんな明け方になったのか……どうせ寝てたんだろう。変に肝の据わった暢気な奴だ。前も一人で犯人を尾行した末に乗り込んで怪我をしていたこともある。
『他の人に言ったら、一人で大家さんのところ行ったのバレちゃうし』
───そういえば、一人で行かせたのは自分だった。
前も、いつも、自分が花森についていかなかったのだと思い出す。
さすがに犯人が戻ってくるかもしれないのに寝る程アホじゃなかった。そしてデート中に電話をしたらまずいと思って我慢するわ、一人で行ったことを上司にバレたら叱られる、と気を使って隠して朝まで待つほどの、大バカ者だった。
だいたい、深夜に犯人が戻って来たらどうするつもりだったんだ、とキレそうになってやるせなさが混じる。
上の立場になって後輩に色々やらせて楽になった、なんて、そんなことあるはずがないのに。
腑抜けていた自分が一番ゆるせなかった。
「……クソ」
布団を握りしめながら、電話を切った。

すぐに班長に連絡をしたら当然怒鳴られた。とにかく花森を迎えに行くと報告をしたが、一人で行かせる訳には行かないと言われて一度集まる事になる。班長は全員を招集したので、桐島は顔を出すや否や班長に殴られ、先輩たちにはなじられた。
デートだからって、と小松原が余計な事までいうので更に班長の怒りは増した。
「それより班長、花森を迎えにいかねーと。閉じ込めた犯人が戻ってこないとも限らねえ」
「ああ……。花森は居場所を言ったんだな?犯人の事は何か言っていたか」
「はい。遺体発見現場に居た、同年代くらいの男って……彼氏かと思ったとか」
小松原は一応大家の方に電話で確認をとったようだ。しばらく話したあと帰ったのは確かだと言っている。
「被害者の大学にあたりますか」
「元恋人にもう一度話を聞く必要もあるな」
桐島は回りくどい捜査にやきもきした。
「迎えに行きます、オレ」
一人では行かせられないと言われて顔を出したはいいが、自分に行かせて貰えないと思い走り出した。

柳がすぐに追いかけて来て車に乗り、班長達に連絡をとって迎えに行く許可をとってくれた。
「大丈夫だろう、花森は見た目程やわじゃない。何かあったら連絡入れる準備だってしてるはずだ」
「……はい」
確かに想像以上にタフなことは知っている。
初めての捜査で犯人を追いつめた際、犯人は当然花森の方を選んで逃げようとした。そのつかみかかってくる腕を避けて、拳を顔面に叩き付けた花森の姿は今も桐島の脳裏に焼き付いている。
あまりの光景に茫然として言葉を失い、自分の所為にされたことも否定できなかった。本人は否定しようとしていたが。
「お前も花森もまだまだだな……」
「すみません」

花森から聞いたのは河川敷にある倉庫だった。ぽつりと建つ、わかりやすい佇まいだ。
恐る恐る倉庫を開けると、中はがらんとしていた。いくつかの荷物が置かれているほかには隅に座っている花森の姿しかない。
「うんぎゃあ、なんで柳さんまで……!」
嬉しそうに顔を上げた花森は、柳の姿を見てひっと悲鳴を上げる。
「不満そうだな?花森」
「めっそうもございま……アレェ!?ほっぺ腫れてるじゃないですか!」
心なしか冷たい声を発する柳に弁明しようとする花森だったが、柳の後ろに居た桐島を見て驚いていた。花森はそういえば、内緒で迎えに来て何事も無かったかのように振る舞おうとしていたのだった。
桐島は、刑事としてそのスタンスはおかしいだろうと思う。柳が花森を叱っているのは納得だ。
柳に謝った後、桐島にもごめんなさいと言って来たのは、納得できなかったが。

とにかく花森を無事保護できたことと、犯人を確保したことで捜査は終了した。
つれて帰ると班長が腕を組み待ち構えていて、花森は呼ばれて行った。桐島と柳はそんな背中を見送り取り調べの様子を眺めたが、ものの数分で花森が顔をだした。桐島のように殴られることはないだろうと思ったが、早すぎる。
「みんなお前には甘ぇよな」
「そうですか?」
可愛がられているというわけではないが、花森に対して飛ぶ怒号は少ないように思う。
「花森は基本的に従順で聞き分けがいいから、そんなに叱る必要はないだけだろ」
「は?俺だって反抗的じゃないでしょ!?くそー……贔屓だ」
納得しそうになったが、口はまわった。花森に何を言ったらいいのかわからなかったからだ。
追い抜いて廊下を歩いていると、しばらくしてから追いかけて来た。
もう一回謝られたらどうしたらいいんだ、と思っていたがそんなことはなかった。黙って傍を歩くだけなので、桐島は小さな声で謝罪を絞り出す。花森は柔らかい声でいいえ、と答えた。
「飯奢ってください、飯!」
「おう、何食いてえ」
屈託なく笑う顔を、ようやくちゃんと見ることが出来た。



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主人公はへたこいたなーとは思ってるけど、一人で行った事、行かされた事に関してはあんまり反省も問題視もしてなくて、まあ怒られたし今回みたいな事になったら面倒なのでなるべく守ろう、くらいには思ってる。
Mar. 2017

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