春と走る 08
真夜中に連絡を受けて病院へ駆けつけた。桐島さんが何者かに暴行を受けて瀕死の重傷でみつかったそうだ。手術中と光るランプを眺めて、寝間着姿で駆けつけた皆の話を聞き流す。
「ワンコ、何か聞いてねーのか。昨夜何があった?」
「……何も聞いていません」
少し遅れてやってきた班長に聞かれたけど一瞬理解できなくて、柳さんに腕を掴まれてようやく喉があく。
昨日は、柳さんと和田さんが令状をもって犯人の所に行ったけど逃げられて、外で見張りをしていた俺と桐島さんが捕まえるという流れだった。俺の方に来たので普通に腕を掴んで取り押さえたけど、暴れ回るのを見かね、駆けつけた桐島さんが早速ぶん殴って落としちゃった。いやいや、駄目だろう……。
けど皆にとってはそれが普通みたいで、柳さんも和田さんも走ってもこなかった。ただし手を出した桐島さんを罵倒するので、俺はやっぱりなるべく手は出さないようにしている。
「なにも、問題はありませんでした」
いつものように仕事を終えて、別れて帰路についたはずだった。
「今日はお前が一番まともな格好だな」
廊下のベンチに座って桐島さんの手術が終わるのを待っていると、あたたかい飲物を手にした柳さんが隣に座る。なんのことだろ、と思って手に押し付けられたミルクティーと一緒に自分の足を見る。
そういえば急いでたからTシャツとジーパンだった。
皆の格好をちらっと見てみると自然と笑みがこぼれた。
班長はチェックのパジャマのうえにジャケットを羽織る格好だし、重村さんはブルース・リーみたいなつなぎ。……俺も前似たようなの貰った覚えあるな……着なかったけど。和田さんは奥さんとのツーショットがプリントされたトレーナーで小松原さんは甚兵衛。
柳さんは俺と似たり寄ったりの格好だけど、つまりそう言う事だ。
一命を取り留めたと医者がいうので、俺達はひとまずほっとしてから班長の指示のもと調査にあたる。
ちょうど良く鑑識から電話がはいり、桐島さんが暴行を受けた現場を見つけたそうなので向かう事にした。はいいけど、皆の格好がしょーもないので、全員一度帰ってからということになった。
警察手帳も持って来てないしな、そういえば。
なので俺も一度家に帰って、いつものお洋服を着て出勤した。
現場は桐島さんの血の匂いが濃く残っていた。血痕があったんだから当たり前か。
鑑識のナベさんと班長、班員のみんなが推理しているのを聞きながら、少し匂いの違う血痕を見つけて膝をつく。
頭を下げて臭いをかぐと、髪の毛が地面に垂れた。
「あぁ!ちょっと花森さん!!そんなこと、困りますって!」
「こらワンコ、なにやってんだ、どうした?」
「この血、桐島さんのじゃありません。別の人です」
ナベさんが困った声を上げていたけど、きりっとして言う。班長達は最近ようやく俺の鼻を理解してくれたようなのでちょっと話を聞いてくれた。
「ナベちゃん、あの血痕を最優先で鑑定してくれ」
前の事件のときもナベさんには車のトランクの繊維を調べてもらったっけな、と思いつつ臭いを吸い込み脳に刻む。
桐島さんの顔が見られるというので一度班長と面会に行ったが、顔が腫れ上がっていて別人のようだった。まあ……えーと、金髪だし臭いは本物だけど。
先生いわくまだ話を聞ける状態じゃないので署に戻った。
他の班員は過去の事件ファイルを見て分析をしていたけど、桐島さんに恨みを持っていそうな人は皆服役中だった。服役中でない唯一の人はトラブル無く逮捕したらしい。
「それじゃその線は薄いな、キリを恨む理由がねえ」
「ええ、そう思いますがとりあえず行ってみます。彼のアパートは覚えていますので」
「んじゃ行くか」
ジャケットを手にした柳さんと、コンビの和田さんが席をたつ。
そんな二人を呼び止めたのは班長だった。
「キリが復帰するまで花森はお前らの組に入れる。連れて行け」
「わかりました。行くぞ花森」
和田さん若干嫌そうな顔したよね。なんで、なんでなの。
最近とくに目立った手柄を上げてないからなの?でも問題だっておこしてないぞ、俺は。
恨みの線は無いが手がかりがあるかもしれないと向かった男の家には今誰も住んでいない。どうやら秋田の実家に帰ったようで、和田さんが秋田県警に連絡をとった。
マンションには荷物がおかれたままだそうなので、中にはいる。人の臭いが残っているのですぐに、桐島さんを襲ったやつとは別人だなーと思う。
「違いますねえ」
「やはり違うか、じゃ引き上げよう」
「おい!いいのかそれで?確かなのかよ?」
俺の反応を柳さんはすんなり受け入れたけど、和田さんはいまいちな反応だ。やっぱり俺はまだまだだなあ、と思いながら立ち上がる。
「───殺気だ」
「は?」
「窓から離れて!」
一番窓の傍にいた柳さんの身体を引っ張って、一緒に床に伏せる。
ガラスが割れる音と何かがものすごいスピードで通る音、壁にのめり込む音が一瞬のうちに聞こえた。
「何だァ!?銃撃か!?」
「ライフルですね」
和田さんも一緒になって伏せる。そろりそろりと窓の下に近寄って、二人が外の様子を確認する。俺は出入り口の方を確認した。だって、不意うちで飛び込んでくるかもしれないし。
二人は離れた屋上に人影を発見して追うそうなので俺も一緒に走った。
「花森、お前は近辺に怪しい人影がないか確認だ。もしいたとしても追いかけるのは無し、相手はライフルを持ってる」
「はい」
和田さんと柳さんは屋上へ、俺はビルのまわりをぐるりと一周したが人影はない。
誰とも分からないので臭いもたどれない。ただ、桐島先輩を襲った奴の臭いはある。見かけたら顔を見て来いって意味なんだろうけど、駄目だ、追いかけないと見られない。でも追うのは無しだ。
柳さんと和田さんのいる屋上に行く道すがらも、臭いを感じる。悔しいなあ、ここに犯人が居たんだろうに。
「すみません、見られませんでした……あ」
「ん?」
和田さんが、双眼鏡を見つけて歩み寄る俺に首を傾げた。あんまり現場を荒らすな、と言われるけどそこまでしないもん。
「この双眼鏡、桐島さんを襲った奴の臭いです、───やっぱり」
「やっぱりって?」
「ここに上がってくる間にもしていました。追いかけるのはやめましたけど……」
「じゃあ同一犯か?」
「どうでしょう、他の人の臭いもするけど……仲間かまでは」
柳さんはそれきり考えに耽り、問いかけてくることはなかった。
next.
一番書きたかった話始まります。
Apr. 2017