Sakura-zensen


春と走る 09

どうやら桐島さんに恨みがあって狙われていたというよりは、6班全体、もしくは班長に喧嘩を売っているらしい。
桐島さんのみならず柳さんまで襲われたこと、その手口からはじき出された推察だ。
俺がわけもわからず首を傾げていると、班長が教えてくれた。
桐島さんはボクシングでプロ級、柳さんは射撃の腕前が警視庁一だそうだ。ちなみに小松原さんは剣道、和田さんは柔道で全国大会の優勝経験があって、重村さんは落としの名人だとか。
「一番得意な分野で一騎打ちをしかけるつもりだ」
各々が燃え上がっている中、重村さんは自分には何で挑んでくるんだろうと疑問を抱いてる。
「え、俺なんだろ……」
「犬かもね」
「ははん、じゃあ負けません」
柳さんに対してドヤ顔を決めた。
「いや、お前の場合どうだろうな」
「……?」
ところが柳さんが少し考え込んでしまう。
警察学校での運動や武道の成績はトップだったことも、多分柳さんは知ってそう。
前の部署でのあだ名知ってるし、嗅覚について気づいたのは柳さんだったし。
「犬だといいね」
「ハイ……」
どうやら考えるのをやめたらしい。


ハイテク犯罪対策課の井口さんによると、四年程前から『ゴリラ狩りメンバー』とかいうのが集められていたらしい。掲示板でスレッドを立てて呼びかけ、食い付いた人達を吟味していたと。頻繁に書き込みをしていたのが丁度6人で、班長と俺を覗く班員の得意とする分野を担っているようだった。ハンドルネームでほとんどがどの役割なのか分かる。まずゴリラハンターというのがスレッドを立てた人物。ヒグマ殺し、つじぎり、ロンリー・ハンサム・スナイパー、ジョー……ええと、馬麻罵?最後の名前は謎だけど、多分消去法で重村さん……、いや馬被りで門馬班長?って思ったけどゴリラハンターが班長なのでやっぱり重村さん。
「馬麻罵39歳、中国の山寺の僧侶です。9歳の年から30年間山奥の寺で修行を積んだ中国武術の達人です」
「……その坊さんが俺の相手か?」
「はいおそらく」
井口さんが頷いた。重村さんはどうしてだよと突っ込みを入れているが俺はおずおず手を挙げる。
「どうした、花森」
「それ、ぼくじゃないですか?」
「いやなんでだよ……そもそもお前は最近班に入ったから相手はいねーだろ」
「そっかあ……」
ちょっと戦うのも有りかなって思ったけど駄目くさい。班長に冷静につっこまれてしまった。
重村さんとしては譲りたい気持ちもあるようだけど、だからといってヒヨっ子に任せる程人間捨ててないそうなので、俺はやっぱり柳さんと和田さんの班継続になった。
心配だなーと思いつつも、相手が良かったらしく重村さんは馬麻罵さんを上手く往なして説得に成功したらしい。
「ペンは剣よりも強しですね」
「まあな」
重村さんすごーいとはしゃいだ後に言うと、鼻の下を少し擦って笑った。

馬麻罵さんいわく、ゴリラハンターとしか関わりが無いらしい。そしてハンターとも、ほとんど顔をあわせていない。
二人はカツ丼を食べて話をしているんだけど、何の情報にもならなかった。ちなみにこの俺がカツ丼を頼みました!やったあ。
相変わらず一言多い小松原さんがけらけら笑っているのをよそに、俺たちは真面目に班長が関わった事件調書を読む事に専念した。はー退屈。
途中で重村さんと小松原さんが席を立ち、馬麻罵さんの住むマンションに聞き込みにいく。ついでにもう一人割れた桐島さんを襲ったジョーの事も調べるそうだ。俺は普通に二人を見送った。
「行きたかったか、花森」
「え?辻斬りの方はあんまり興味が無いですね。馬麻罵さんとは仲良くなりたい……」
「そうじゃない、キリをやった奴の方」
ふいに柳さんが問いかけてくるので、なんでだろうと思いながら答える。全く見当違いな事を言っていた俺は、ゆっくり口を閉じた。
「んー……べつに聞き込みしても。どーせ本人居ないだろうし」
「そりゃ居ないだろうけどな、調べようとは思わねーのか?」
和田さんまで首を傾げる。刑事として失格なのかもしれないけど、俺にとってはジョーが桐島さんをやったことは確定で、それがどんな理由だろうがどういう人間だろうがどこに住んでいようが関係なかった。
「あの臭いの男に会ったら必ず仕返しする、それだけです」
「いや確保しろって」
「しますよお、ちゃんと」
失礼だなあ、ぷんぷん。
呆れた顔をする和田さんにほっぺを膨らませた。
「案外懐いたな、花森」
柳さんの言葉に和田さんは最初からこうだったろと口を挟んでる。そもそも俺は下っ端なので全員に対して従順だったろうし、基本的に皆の事は好きだ。まあでも、桐島さんとコンビでよかったなあと思う。
「いつも、一緒に走ってくれるから」
そう答えた俺に、柳さんは一瞬目を見開いてから小さく笑う。
話を聞いてた班長と和田さんは犬かよと突っ込んだ。

調べ物をしていた俺達は、交番から連絡が入り外に出る事になった。どうやら一人で食事に行っていた小松原さんは女子大生の囮に食い付いて辻斬りに攫われて行ったらしい。
妹さんを人質に取られていたそうなので、女子大生は仕方が無かったと思う。小松原さんもついて行ったのは仕方が無いけど……まあなんか、拭えないアホ感。
「おいワンコ嗅げ」
妹さんが辻斬りに突き飛ばされた拍子に破けた着物の袖を、嗅げといって渡される。
柳さん滅多に俺の事ワンコって言わないんだけどこういうときばっかり……犬だと思ってるな?いいけども。
「くっさ……おぇ……」
「そーかぁ?特に何の臭いもしねーがな」
「何の臭いだ?」
重村さんは袋に顔を突っ込んで臭いを嗅いでる。しょ、正気かよ。
「剣道部の臭い……面とか小手とかの……道場に出入りしてうんじゃないっふか」
きゅう〜〜と鼻を摘んで鼻孔を閉ざす。
「どこかの道場の小松原を連れて行って試合をする気かもしれませんね」
「しかし剣道場といっても山ほどあるぞ」
「ええ、でも学校や公共施設の剣道場ではないでしょう。……とにかくあたってみましょう」

柳さんは班長に報告をしたのち、重村さんとペアでまわることになった。
ので、俺は和田さんとだ。
「ここじゃないですねえ、臭いしません」
「は?こんな遠くからじゃわかんねーだろ」
道場の前でそう判断して、車に戻る。
「中を見て調べてみねーと」
「時間の無駄になりますから、行きましょう」
運転席に座ったので、和田さんも座らざるを得ない。なにえらそーに仕切ってんだよとは言われたが、本気で止めることはなさそうだった。
いくつか道場をまわっていくうちに、ほとんど使われてないという道場にたどり着いた。和田さんは望み薄だなって言ってたけど、俺は車を降りてすぐに気づいた。
「ここです!」
「いやでも全部閉め切ってあるぜ」
和田さんが戸をガタガタと揺らす。開かないらしい。じゃあ他の出入り口があるんだろう。
「でもここ、小松原さんのにおいします……、……」
血の臭いもしてきて言葉に詰まる。
「やばいです、ここ壊していいですか?」
「はあ?───ったく何も無かったら始末書もんだからな!?」
和田さんが代わりに戸を壊してくれたので俺の右腕が唸らないで済んだ。
途端に血と道場の臭いがむわりとする。
辻斬りは逃げ、小松原さんは結構口がきけるので大丈夫と判断されて和田さんが道場を調べに中へ入った。俺は救急車を手配するようにいわれて、小松原さんの傍にしゃがむ。
「とりあえず止血しますね。足の方」
布が無いので小松原さんのシャツを破いて足を縛る。
「助かったよワンコ……初めて役に立つ所見たよ……」
「救急車は要らないみたいですね」
「え、おい……!」
出した携帯電話をもう一度しまった。



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一緒に走ってくれたら嬉しい主人公。
Apr. 2017

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