Sakura-zensen


春と走る 10

小松原さんを病院に収容し終えたあと、俺はまた和田さんと柳さんと三人組に戻る。
辻斬りの身元が判明したので三人で家を訪ねる事になった。
多分順番からして次に狙われるのは和田さんなので、ピリピリしているというか、そわそわしていた。
馬麻罵さんは襲って来ないし、小松原さんと桐島さんは入院しているから別として、柳さんももう一度狙われる可能性はあると思うんだよなあ俺は。だって最初に狙撃して来たときも頭狙ってたし、殺す気だった。

考え事は樽が飛んで来た事で一掃された。
熊のマスクをしたムキムキマッチョな人が、フェンスの向こうから和田さんや俺達に向かって樽を投げてきたのだ。俺と柳さんは反射的に身を寄せ合って距離をとる。
「いやーすごいな、軽々と」
俺は二つ目の樽を見て感嘆の声をあげた。むっとした和田さんが樽を掴む。
やるんかい。
「…いや、腰やっちゃいますよ」
「せやァ!!」
和田さんが投げた樽はフェンスにあたって手前に落ちた。
「あ〜……ざんねん、惜しかったですよう」
「方向がマズい、もっと垂直に!力は充分です」
がーんとしてしまった和田さんに俺達はエールを送る。が、柳さんが我に返って確保を指示した。
双方から回り込む為に別々に走ったが間に合わなかった。あのときフェンス超えて追いかけてれば早かったなあ。


ゴリラ狩りの仲間達はどうやら、ガセ情報を真に受けて刑事達を襲っていることもあるみたいだが、今回の子は嘘だと分かりながらも和田さんを襲ったらしい。
子……と判断したのはまだ未成年だと判明したからであり、身元がわかったのは彼が和田さんを襲う際に、『俺が倒したヒグマよりもでかい灰色熊を倒したと聞いた』って言ったからだ。
柳さんが調べた所、彼がヒグマを倒したのは数年前16歳の時で、修学旅行で北海道に行った際の出来事だ。それが当時ネットニュースになっていて、本名や学校は容易く割り出された。
家に訪ねてみると、ちょうど借金の取り立てがきている。
二人組の片方がセーラー服の女の子を羽交い締めにしているので、和田さんが後ろから更に締めた。
「コラァ!!なにを水戸黄門の小悪党みたいなこと言ってんだ!!」
「何だァお前ら!?」
もう一人の男が凄むけど、和田さんが警察手帳を出して柳さんが違法な取り立てだと指摘するとすごすご帰って行く。

ヒグマ殺し、もとい井手守の家には四人の子供と老人男性しかいなかった。
お父さんは五年前に亡くなり、お爺ちゃんがショックで倒れて寝たきりに、お母さんが働いていたがもともと身体が弱かったため今は無理がたたって入院中だという。そこで長男の守が高校を中退してずっと働いていた。しかしお母さんの容態は良くならず、手術が必要になったために借金をして、あのような連中に絡まれるはめになったそうだ。
「それじゃ、お兄さんは今日も仕事に?」
もしかして今日も帰ってくるだろうか、と期待をこめたが妹の良子ちゃんは首を振った。
「どこかに住み込んで働いているんだと思います。お金をたくさん稼いで帰るって三ヶ月前に出て行ったんです」
ゴリラ狩りの面々が本格的に動き出し行方をくらませたのは三ヶ月前だ。
苦労話を聞いてしまったが、俺達は帰り道で井手守がヒグマ殺しで間違いないだろうなと頷いた。
あんまり同情して弱気になったら駄目ですよ、と柳さんが和田さんに言ったが、どうも和田さんはああいう話に弱いらしいので、嫌な予感がすると呟いた。

数日後に退院して復帰した小松原さんと仕事をしていると、和田さんがいそいそと帰って行った。
席を外していた柳さんが戻ってくるなり和田さんの姿を探すので、小松原さんがそのことを伝えると何か含みがあるような沈黙を作って、またかと言った。
「それじゃ、また井手家に行かれたんでしょうか?」
「ちょくちょく様子を見に行ってるようだな」
「何をしに?」
「サンタさんを気取って子供達にお菓子でも持って行ってんじゃない?」
押し掛け女房ならぬ押し掛け父ちゃんをやってるのか、和田さん。
そういえば見た目の割に奥さんにベタ惚れだったし、同情しいのようだからありえる。
小松原さんいわく、子供が絡むと弱いそうだ。
「ちょっと行ってみるよ、あまり深みにハマってなきゃいいんだが」
「じゃーぼくも」
仕事は終わったので柳さんと一緒に立ち上がる。
柳さんは別にいいのに、と言うが一応被疑者の家に行くんだしと言えば納得してくれた。
「和田さん、火に油を注いでないといいですね」
「なんで?」
柳さんは自分の車で行くそうなので俺は助手席に乗った。
「井手守は家族の為にやってるから、そんなところに和田さんがいたら嫌でしょ」
「もしかしたら和田さんはそれを狙ってるかもしれない。……まあ、子供を気にかけてるのは本当だろうけどね」
「はやく皆捕まえられるといいですけど」
窓の外を見ながらぽそぽそ言うと、みんな?と聞き返された。
「守ならすぐ現れると思うけど」
「守くんはどっちかっていうと話が通じると思いますよ、ただ、他の人達はまだ確保できてないじゃないですか」
「まあな」
「班長が一番デカい恨みなんだろうけど、……柳さんもまだ安全じゃないと思いますよ」
端正な横顔を見る。本人も、本気で殺されかけた事は分かってるだろう。
「そういえば礼を言いそびれてたな、ありがとうワンコ。えらいぞ」
片手が伸びて来て、俺の頭を撫でた。



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犬扱いたのしい。
Apr. 2017

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