春と走る 11
和田さんの熱意と、妹や弟たちの説得により井出守は頭を下げた。逮捕をしてくれと両手を差し出す彼に、和田さんは柔道の練習に付き合っただけだと知らんぷりをした。
「甘いなー相変わらず」
「……」
見逃していい事じゃないと思うけど、と柳さんが呆れた顔でぼやく。
確かに俺達は刑事だけど、井出守がもう二度としないことはわかるし、和田さんがいいと言うならそれいいんじゃなかなーと俺としては思ってしまう。まあ……刑事としては駄目なんだけどさ。
柳さんはため息をはきながら、井出守に情報提供を促した。
ゴリラハンターはGH研究所名義でビルにアジトを構えていた。ただ、ハンター本人は一度も顔を出した事はないらしくスナイパーにのみ連絡で指示をしていたそうだ。
とりあえずアジトには、ジョーこと赤坂丈、辻斬りこと刈屋秀昭、あとまだ名前知らないけどスナイパーが現在も潜伏してるはず。
「相当用心深いやつだな、全員ふん捕まえて吐かせるしかねーってことか。……重さんそっちはどうだ」
『現在地下駐車場に居ます』
ビルの外に待機している車内で、班長は重村さんに無線で通信する。
重村さんと小松原さんはビルの地下に待機。柳さんは所定の場所にスタンバイし、俺と班長と背中を痛めた和田さんは三人で正面から侵入する手筈だ。
「いいか、やつらは日本刀とライフルを所持している。他にも銃器等があるかもしれない。けして油断するな!」
俺達は三人ともピストルの所在を確認してから車の外へ出た。
階段とエレベーターの二手に分かれてから、上で無事に合流した。
廊下の影で班長がくいくいと下を指さすので、マテかな?と思って小さく頷く。
「階段とエレベーターをしっかり見張ってろよ」
「わん」
班長はともかく和田さんは背中痛めてるけど大丈夫なのかなー。
でも俺ってやっぱり下っ端だし、見張りは大事だし、敬礼して二人を見送った。
ところが班長や重村さんたちがすぐに非常階段の所へ戻ってくる。どうやら誰も居ないらしい。出入り口は全て把握したはずなので、下に逃げてはいないってことで屋上へ向かう事になる。またしても俺はお留守番を食らったけど、いってらっしゃいませなのだ。
ちょっぴり銃声を聞いちゃったので上に行こうかと迷ったが、鼻が臭いをかぎとり、ひくりとうずく。
———赤坂丈の臭いだ。
顔写真もじっとり見たので脳裏に目つきの悪い様相が浮かぶ。
そりゃここに潜伏してたなら臭いもあるだろうけど……、と思いつつも彷徨いてみた。
進むに連れて、次第に匂いは濃くなっていってる。近いってことだ。
「屋上にはいかなかったのか」
四角いダンボールに足をとんと乗せて呟いた。
この中に居るのは間違いなさそうだ。ただ、大分小さい箱だから本当に入れているのかは謎。
「うーん、生きてる?」
血や体液の臭いは感じないから、多分生きてるだろう。
ぱかっとあけてみると、みっちりつまってた。気持ち悪……。
「おっと」
ドン引きしていた瞬間、勢い良く赤坂丈が飛び出て来た。腕を掴んで殴ろうとしたんだろうけど身を引いてよけた。
「ふざけた変装しやがって、お前も刑事か?」
アホか!と悪態をついてくる男と向き合う。桐島さんの仇討ちもあったけど、自分の事も馬鹿にされたのでちょっとイラっと来た。
よし、手加減しない。
銃を持っていたので撃ってみろよという挑発も受けた。が、俺はにこっと笑って銃をしまう。
お前は素手でやるって決めてたの!
「花森!」
「あ、桐島さん今ちょっと忙しいので」
胸ぐらを掴んで執拗に顔面を殴ってると、いつの間にかやってきていた入院中のはずの桐島さんが俺を見つけて声を上げた。でもね、俺はいまそれどころじゃないからね。
「もうやめろって!」
「桐島さんの仇っす!」
「そいつ意識ねえだろうが」
手を緩めて崩れ落ちて来た腹を膝で蹴ったところで、桐島さんに羽交い締めにされる。
そういや、大分前から意識飛ばしちゃってたっけ。
意識あるままガツガツ仕返しする予定だったのに……。んもう、上手くいかないなあ。
どさっと床に落ちて、気を失いながらも衝撃にえずく赤坂丈を見やってから振り向く。後ろから抱きしめられてるのでまあ当然顔は近くて、……いやほんと、思いのほか近くて、あやうくちゅうしてしまう所だった。
「花……」
「き」
真面目な顔した先輩と見つめ合うとか気まず〜って思ってた所で、人の気配がしてそっちに顔をやると丁度班長と重村さんがやってきた。
「キリ!?おいおい、死んでんじゃねーだろうな」
「班長……」
「だいたいお前、ここで何やってんだ。まだ退院じゃねーだろ?」
俺達はすぐに身体を離したので、足元に倒れていた赤坂丈はまたしても桐島さんの所為にされた。いや、あの、死んではいないけど、さすがにコレは俺の犯行です。
ちょぴっと両手を挙げると、重村さんがまじまじとこっちをみた。班長は気づかず桐島さんと喋ってる。
「ワ、ワンコ、その手どうした?」
「おまえそれ血か?」
「ぼくの血じゃないですよ、顔面を集中的にやったのでつきました」
自分のお洋服で拭くのはやなので、しゃがんで赤坂丈のTシャツでごしごしした。
「えってことはなに、お前がやったのか?」
「正当防衛ってことでどうでしょう!」
えへっと笑ったらみんな何も言わなかった。あれ、大丈夫だよね、生きてるし……大丈夫だよね。
桐島さんはやっぱり無断で病院を抜け出していたらしい。
班長まで医者にどなられ、なおかつ桐島さんは入院が延びた。
「あっはっは、無断で抜け出したら、そりゃ怒られますよねえ」
「お前も相当怒られてたな、そういえば」
「う……」
班長の話を聞いて呑気な顔してたら、和田さんにちくっと言われた。
「へ、なんでワンコ怒られたんです?」
「昨日赤坂丈とやりあったときに、やりすぎたんだよコイツ」
小松原さんは知らなかったけど柳さんが教えてしまう。
「ええ?あれキリさんがやったんじゃないんですか」
「いやこいつ。命に別状はねーけど、回復には大分時間かかるってよ。そうとう痛めつけたらしいな、このバカ」
「あうう」
和田さんにぐりぐりと頭を掻き混ぜられて目を瞑った。
昨日、赤坂丈を処置室にぶちこみ、まんまと説教された俺はいい訳もできない。
小松原さんは俺の見た目からは予想できないのか、意外とタフだなあと驚いた顔でこっちを見ていた。
next.
GHといったらゴーストハントなのにゴリラハントが強く植えつけられて、ほんとどうしてくれるんだっていうはなし。みんなにもおすそわけです。
May. 2017