Sakura-zensen


春と走る 12

俺が単独行動に出ている間に、班長たちはもちろんゴリラ狩りメンバーを確保していた。

ゴリラハンター当人に唯一会った事のあるハンサムの証言は、20代後半でやせ形色白の美男子。前科者リストを見せたけど該当者はおらず、今は似顔絵を描かせているところだ。
重村さんいわく、ゴリラハンターはかなり金銭面に余裕があるらしい。まあ、ビルの最上階を貸し切って、設備も整えていたし、メンバーに相当の金を渡していたみたいだし、そうだろうな。
班長は数秒唸った後、心当たりはなくもないと言う。
ただしその犯人は既に死んだ人間だった。
「連続殺人犯の迫秋人……」
班長の言葉を復唱しながら、過去の調書に目を落とす。
彼は大手製薬会社の社長の息子だった。
約10年前、若い女性が帰宅途中に殺害される事件が2件連続して起こった。目撃情報などから捜査線上に迫秋人の名前が挙がるが、班長が上司と一緒に家に訪ねると車で逃げ出した。班長達は追跡したが、ものすごいスピードで飛ばして赤信号の交差点につっこんだ。前を通りかかったトラックの荷台に思い切りぶつかり、即死だった。
「もしあいつが生きてたら、俺を恨んで今回のような事をたくらんでも驚かねーがな」
話を聞きながら調書を読んでいた俺は顔を上げ、宙を睨む班長を目にとめた。

そのとき、柳さんが入ってくる。似顔絵が出来たと言って班長に渡すので俺も覗きに行った。
迫秋人の写真と似顔絵を見てあまりにそっくりだったので驚いた。
幽霊でもないかぎり遺族じゃないか、年格好から見て兄弟と考えられると重村さんが冷静に分析する。それにしたってもう10年も前の事件を今更っていうのは疑問だ。
「正確には6年ですよ、ネットで仲間を捜し始めたのは4年前です」
「だとしても6年経ってからっていうのもね」
「───そのことには説明がつきそうですよ」
小松原さんと俺はうにゃうにゃと首を傾げたけど、またしても調べ物に行っていた柳さんが書類を手に戻って来た。迫秋人には3歳年下の弟、冬人がいたらしい。今は26歳で、証言とも一致する。

運転免許証の写真を見ると、確かに秋人そっくりだった。
「班長10年前の事件のあと、秋人の両親は離婚しています。もともと婿養子だった父親が家を出たそうです」
写真を睨む班長に柳さんは話を続ける。
「その後は母親と次男の冬人がふたりで暮らしていたんですが、事件後体調を崩し、ずっと病気がちだった母親が亡くなったんですよ。……それが4年前です」
「それが、警察への恨みになるんですか」
「俺に、だろ」
罪を犯したのは兄で、立ち直れなかった母の病死がトリガーか。どうしろってんだ、と口を窄めると班長は苦い顔をして訂正した。たしかにゴリラハンターと銘打ってるけど、今の経緯で班長だけを恨むのが俺には納得いかないわけだ。まあそれが逆恨みなんだろうけど。

迫冬人がゴリラハンターで間違いはなさそうだ。それにしたって、聞き込み捜査の必要はないというのはいかがなもんかと思う。まあ班長がそういうならしょうがないけど。
「会いに行ってやるよ、やつは俺に会いたいんだろうからな」
捜査の手順踏まなくていいのかなあとも思ったけど、俺と柳さんと和田さんで班長についていくことにした。


外は雨が降っていた。
豪邸だったであろうそこは、すっかり退廃している。
幽霊屋敷みたいだなあ、というのが俺の第一の感想だけど幽霊屋敷じゃないので大丈夫。
「ここにひとりで住んでるのか?」
「いえ、住み込みの老執事がいるそうです」
柳さんの説明通り、訪ねてみると老執事が一人居た。中へは班長だけしか入れてくれないと言うので、俺は手首を少し動かす。和田さんか俺でこの執事を押さえて、残った人達で行ってもらおうかなあ、と。
ところが班長は一人で行くことを了承してしまった。
「班長大丈夫ですかねえ……老執事一人くらいなら柳さんでも足止めできますよ?」
「……おまえね」
「ギャーギャー騒ぐんじゃねえ、班長が大丈夫っつったら大丈夫なんだよ」
「ここで待てって言われただろ」
ソワソワする俺をよそに、二人の先輩たちは冷静だ。
そりゃ、俺は班長のことはまだよくわかってないけどさ。信じてないってわけじゃない。ただ一人で行かせるのは違うんじゃないかなーと思うのだ。俺も一人でのこのこ行くが。
「班長、口には出さないが今回の事は責任感じているんだ」
「責任なんて……こんなの逆恨みですよ」
「そのために俺達6班のメンバーが次々に襲われて怪我人も出た事にだよ。毎晩ひとりでずっと調べてたし」
和田さんの補足を受けて、まあ皆が怪我したから責任感じるか、と納得はする。
これ以上ゴリラハンターに、皆を傷つけさせるわけにはいかないんだろう。
「お前の事も心配してたぞ、敵の標的にされるまえに別の班に異動させた方が良いんじゃないかって」
「そう、だったんですか」
何で俺だけ相手がいないんだようと拗ねてた俺の馬鹿。班長を信じて待て!と和田さんが言うのでちょっと感動して、頷きかけた途端、銃声がした。
青ざめた二人の先輩たちは慌てて中に入って行った。行くんかい。
丁度真上から聞こえたので、俺はショートカットしてバルコニーまで飛び上がる。窓の外からこそっと覗くと、班長と冬人が対峙しているのが伺えた。
当然さっき発砲したのは冬人の方で、班長は肩を押さえて冬人を睨んでいた。
窓は鍵がしまっていたので、二人が睨み合って話しているすきに穴をあけて鍵に手をかけた。
ガラスを蹴散らすこともできたけど、刺激しない方が良さそうだ。
「うるさい!お兄ちゃまを殺したのはおまえだ!そのせいでお母ちゃまも死んだんだ……」
お兄ちゃまと、お母ちゃま、とな。
「死ぬ前にお兄ちゃまとお母ちゃまに謝ってもらうよ。土下座して謝れ!!」
眉間に銃口を向けられた班長は、部屋に入って来た俺にも目もくれずにやなこったと答えた。班長かっこいい。
ただし冬人は更に殺気立ってるので安心はできない。
部屋の外に和田さんと柳さんはもう控えているだろうから、冬人の指が動いたら飛び込もう。


「撃ちたきゃ撃て!!死んでも謝ったりしねーぞ!!」
結局班長の気迫に負けた冬人は怯んで膝を折る。その隙に飛び蹴りをしにいったら班長が銃をぐっとつかんで同じく蹴ろうとしたので、二人で挟んで蹴ることになってしまった。
「ふざけんじゃねーぞ!クソガキが!」
「ダメダメ班長!死んじゃいますって!」
「うるせえ!離せ!!それに花森ィ!何勝手に飛び出してんだ!」
「すいませーん」
床にべちゃっと倒れた冬人に向かって行こうとする班長はがなりながらも和田さんに押さえられている。
どさくさに紛れて怒られたけど、どさくさに紛れて誤摩化しておこうと思う。
どこから入って来たんだお前はって柳さんが言ってるけど、それもスルーしてみる。

確保した冬人は和田さんと柳さんの車に乗せられた。俺は老執事と班長とともにその車を見送る。
「あの……坊っちゃまの罪は重いのでしょうか?」
「軽くはねーなー、あれだけのことやっちまったからな」
「……そうですか」
「だからあんたは頑張って長生きして待っててやらねーとな」
「そうそう、生きてれば希望はありますよ」
班長と老執事の会話にしれっと混じってみた。
それから車の方へ歩きながら、一件落着してよかったなーと口にした。
「何がよかったんだよ、あんな情けねーやつに何ヶ月も振り回されてよ、自分の部下に怪我までさせてよー」
そうだった、班長にとっては色々大変だったんだ。
先を歩く大きな背中を眺める。
「でも誰も死んでないじゃないですか、大丈夫大丈夫」
「ノンキなやつだな……そう言う問題じゃねーよ」
「そうでしょーか。でも班長のせいではないし、さっきの班長かっこよかったです」
なんか、初めて刑事さんってかっこいーなって思ったかも。
サンタの三ちゃんに助けられたり、刑事になりなさいって言われたときも感動したけどそれとは別物だ。
改めて、刑事というものについて、今更ながらに考えさせられたりもする。
「ぼく、これからも班長の元で頑張りたいので、……犯人も捕まえたし、他の班にはやらないでくださいネ」
「……誰が言ったんだんなこと……」
班長は助手席でふてくされて外を見た。



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桐島さんと柳さんが好きで書き始めたのに、なんか読み返しているうちに班長かっこいいなって思いました。ゴリラだけど。
May. 2017

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