Sakura-zensen


春と走る 13

加賀洋平の目撃情報が入って呼び出された。
初めて聞いた名前なので、車の中で首をかしげたけど桐島さんいわく、強盗殺人容疑のかかった指名手配犯だそうだ。
2年前、バイト先のガソリンスタンドで売上金を盗もうとしたところを店長に見つかり争いになり、殴って逃走。その後、店長は死亡した。
この2年間加賀の足取りは全くつかめておらず、現在の容貌も明らかでは無い。髪型やヒゲで印象は変わるので、目印は左目尻にあるふたつのホクロ。
なんでこれをチョイスしたのって疑問に思うけど、アホなポーズでアホな顔をした明らかにアホっぽそうな男の写真を見て記憶に入れる。
「サングラスとかしてたらわかんないじゃん」
ぼそっとつぶやきながら、桐島さんの腕に手をかけた。

なぜ俺が今彼女のように腕を組まされているかというと、加賀がいるというタレコミがあった現場は若者が集うクラブだったからである。どうせ俺たちは刑事らしからぬチャラチャラした格好をしてますがね。カップルのフリしなくたってクラブには入れるだろ。まあ上司命令なのでやるけども。
俺と桐島さんの他にはほぼ全員スーツのおっさんたち。若い人もいたみたいだけど、クラブに入るにはかっちりしすぎている。
そこで、のこのこと現れた普段通りの俺たちに白羽の矢がたったわけだ。
まあ違和感なく溶け込む変装の手間が省けてよかった。

「なんだこりゃー、随分暗いな…」
「あー、目元のホクロどころじゃないっすね」
「性別すらわかんねーよこれじゃ」
階下のホールを眺める桐島さんと一緒に、手すりに肘をつく。
店内は全体的に暗く、ミラーボールが発する光や安全のために足元や障害物を照らす間接照明だけが頼りだ。
「俺は一回りして探してみるから、お前はここを動くなよ」
「え、二手に分かれて探した方が早くないですか」
「絡まれたら厄介だろうが」
確かに一人で女の格好のままぶらぶらしてたら絡まれるかもしれないけども。
おでこにやらかくチョップした桐島さんにわかりましたと返事をする。
「冷てーなー、彼氏」
でも、結局一人でここに待機していても声をかけて来る奴はいた。
さっき桐島さんがいたところに、同じように肘をついた男は酒の入ったグラスを持っている。
「こんなカワイイ子あんなに邪険にして、ひでー男だねー」
「あはは、ありがとう」
乾いた笑いをこぼす。
話が聞こえてたというよりは、チョップして置いてかれたところを見てただけだろう。
連れがいること自体はわかってるからいいか、と彼氏じゃ無いけどねと否定しておく。
「報われないとわかっていても自分を止められねえ、それが恋ってやつよ」
「恋…なのかなあ。今は仕事で、ここに用があって来ただけ」
違うけどなあと思いながら暇つぶしに乗っかってみる。
「マジかよデートじゃねーの」
「せめて一緒に連れてってくれればいいのにねえ」
そんなにしつこくなさそうだし、下心も感じられないので桐島さんの代わりにいい男よけになるかと思った。けど、すぐに違う人から声をかけられてしまう。今度は俺じゃなくて、俺と話していた男の方だ。
「おい、そろそろいくぞ」
「えーっ、もう!?まだいいじゃん」
「何言ってんだ、ダメだろ!!」
連れの男が焦ったような苛立ったような声を出す。なんだろおかしいな、と思っているとこっちも渋々了承した。
奥さんに内緒できたとかかな。
「まーあれだ、さっきのチョップは愛があったと思うぜ、俺は」
「そう。…話しかけてくれてありがとう、たのしかったよ」
「おう、またな、恋する乙女!」
恋してねーよ、と思いつつも面白い人だったので見送った。
最後のサングラスとってウインクかましてくるのはくっせーなと思ったけど。
「あ、ホクロ」
ぽろっとこぼして口をつぐむ。俺が今までしゃべっていた男は指名手配中の男、加賀洋平だった。
桐島さん桐島さん、とあたりを見回すが暗くてわからない。店から出ようとしている加賀を見失うわけには行かず、俺は班長に電話で報告しながら後を追った。
店から出たところを確保するそうなので、俺は退路を断つためにそのまま後ろにつけと指示がある。桐島さんにはあとで誰かが連絡するだろう。
追いつくと、レジで会計を済ませている二人はドアを出ていくところだった。
警察手帳を見せて入って来たので、同じようにレジの店員に提示して会計をスルーする。
「んあれ?」
防音のために分厚く作られた重たいドアをあけると、誰もいない。先には階段があって、上にいく道しかないはずだった。その長さから考えて、ダッシュしたのでも無い限り、上がる後ろ姿が見られるくらいの時間しかかかっていない。
臭いをたどると、目立たない扉が目についた。しまった、そんなところにドアあったのか。
店に引き返してスタッフに聞いてみたところ、隣のビルの地下駐車場につながっていることが判明した。
慌てつつも音を立てないようにドアを開けて静かに走る。気配を探りながら物陰に隠れて電話を出した。
「班長、隣の…!」
背後で音を聞き取り電話を切った。
「あ、アハ…どうも」
そろりそろりと携帯電話をジャケットのポケットに入れようとしたところを、掴まれる。
俺の背後にいたのは加賀の連れだ。
「がっちゃんどうかした?」
「ちょっと来い!」
「あれ?お前」
「この女、コソコソお前のあとつけてたぞ!」
がっちゃんとやらは加賀の前に俺を引っ立たせる。
能天気らしい加賀は、さっき恋愛の相談に乗ってやったからなあと笑うけど、絶対それが理由じゃ無いってのはバレバレである。
「誰かに連絡してたんだぞ!こいつまさか刑事じゃないだろうな!」
「何言ってんのがっちゃん!こいつが刑事なら俺なんかナースよナース!!」
とりあえず何も言わんどこ、と二人のやりとりを聞いてみる。
こんなチャラチャラした格好しててよかったあ。ほっとしたのもつかの間、がっちゃんの愛称が緒方だなんてわかんねーだろうと加賀が名前を出したせいで俺は拉致されてしまった。
携帯電話は捨てられた。

「ねえねえどこいくの?峠攻めるの?」
「うるっせーな、黙ってろって!」
「がっちゃん、もしかしてものすごいエロいことを!?」
ぶーんと車を走らせること数十分、加賀と後部座席に二人で並んで、運転の邪魔をしていた。事故は起こさない程度に。
キッと急ブレーキが踏まれてつんのめってると、緒方はすかさず車を降りて後部のドアを開ける。
「するか!!バカヤロー!!こうなったのもお前のせいじゃないか!!」
そして加賀を蹴っ飛ばした。
おい仲間割れか。
道路に出て、緒方は加賀を糾弾する。
オシャレなところ行かないと死ぬって言い出した加賀のわがままに、今日は仕方なくクラブに連れて来ていて、普段はなるべく慎ましやかな暮らしをしてたんだろう。緒方によって匿われながら。
「…ごめん、悪かったよ。……だけど、こんなところまで来てあの子どうする気?がっちゃん、まさか恐ろしいこと考えてんじゃねーよな?」
「こうするしかなかったんだよ。あの女、誰かに電話してたんだ。あの場所にいたらヤバいと思ったんだよ」
人気のない峠道、口論を始める被疑者2名、夜景は綺麗です、ドーゾ。
「あいつ、帰したらきっと警察に通報するぞ」
「……それならそれで、しょーがねーよ」
俺を仕方なく連れ去る手口とか、電話の相手や俺の素性を確認せずに携帯電話を捨てて来てしまった所とか、色々と詰めが甘いというか、犯罪には慣れていなさそうだ。本当に細々と、2年間やってたんだろな。
「洋平!!何言ってんだよお前、それじゃこの2年間の苦労がパーじゃないか!!」
「けど俺、隠れてるのもなんか疲れたし、周りの人にウソついてんのもすごくつれーし、何よりもう、これ以上がっちゃんに迷惑かけたくねーよ」
「……洋平」
俺も車内で顔を覆う…洋平。
「お前が悪くないことは俺が一番知ってるよ、これからも絶対俺が隠し通してやる!」
それは違うんじゃないかなあと今度は首をひねる。
じゅるりと涙を流した加賀は、星空を見上げて子供の頃からの感謝を述べ、歌おうぜと言いかけて歌わねーよと言われていた。面白いなこの二人。

車から降りて、ボンネットの前に来ると二人はこっちを見た。
「話、聞かせてもらえませんか」
「余計な口出しするな、お前には関係ない」
緒方は俺を力なく睨んだ。
「でも、ふたりとも悪いことする人には見えないから」
二人はまるで子供みたいに、頼りない顔をした。
加賀が語ったのは、ほんの些細な誤解から始まる押し問答だった。
緒方はガソリンスタンドに勤めていた正社員で、加賀は緒方の計らいでアルバイトをしていた。夜遅く、加賀がタバコを買うために一万円札を両替しようとレジを開けていたところを店長が目撃。緒方曰くリストラがかかっていてピリピリしていたらしい店長は、緒方が憎たらしく連れて来た加賀に対しても良い顔をしていなかった。そのせいで売り上げ金を盗もうとしたと決めつけ警察に連絡しようとした。
加賀は緒方に迷惑をかけたくなくて、止めようとしたがもみ合いになり突き飛ばしてしまったそうだ。
「なにベラベラしゃべってんだよ、洋平」
「でも俺、誰かに聞いて欲しいんだ」
「そう」
「誓って言うが、俺は金を盗む気なんてなかった。がっちゃんの顔に泥を塗るようなマネ、するわけねーよ」
クビにすると憤慨していた店長を放って逃げた加賀は、緒方のためにも詫びを入れに朝スタンドに行ったが、すでに警察が来て店長の死を知った。
そりゃ、打ち所が悪けりゃ人はあっさり死ぬけども、とは言えずに話を聞く。
殺すつもりなくやってしまったあとに死を知る衝撃は、ひどいものだと思う。
「その話、ちゃんと警察でしたほうがいい。自首しましょう」
「いいかげんなこと言うな!警察がこいつの話なんか信じるわけねーだろ!!」
「え、そんなことないですケド」
まごつきながら否定したが、強盗殺人犯にされちまうと緒方がいうので加賀が怖がってしまった。
まずすぐに逮捕ということにはならないし、死刑確定でもない。
おいおい、2年間細心の注意を払って匿うより他に、調べることやなすべきことがあるんじゃないか?
「あのねえ二人とも、なかったことにはならないんですよ」
二人は車に戻ろうと背を向ける足を止めた。
「なんで逃げるんです、何も言わなければ誰一人としてあなたのことは信じてくれないですよ」
「お前は帰っていい。ここで解放してやる」
加賀は振り向いて何かを言いたげにしたけど、緒方はうんざりしたような顔で俺に言葉を投げた。車で数十分峠を上って来たんだぞ、歩いたら何時間もかかるぞ。携帯もないし、タクシーも呼べないんだぞ。
いや、それで逃げる時間を稼ぐのか。


歩いて帰ると見せかけて俺はささっと車の上に乗り込んだ。ふふん、加賀の潜伏先みつけちゃうもんね。
車の上にへばりつき、隙を見てトランクの中に身を隠す。通行人に気づかれて注目を浴びるのはあんまり良くない。まあ深夜なので人はそんなにいないんだけど。
トランクを半開きにしているので後ろの風景しかみえないけどなんとなく地名はおえた。
一度加賀を下ろしたのは「じーちゃん」と呼ばれる人のところだ。さすがに加賀の身内ではないだろうから、緒方の身内かな、多分。濃い海の匂いがした。
一人になった緒方は、自宅マンションと思しき場所で車を停めた。
一般人だなあ、へっへっへとほくそ笑んだけどその一般人に尾行がバレてるのであんまり油断しないようにしよう。
慎重〜にトランクから抜け出して、地元の交番でも探すかと思ってたところで、いつも俺が使う車を発見した。俺と桐島さんは二人とも同じ鍵を持っているのだ。よーし、中でまってよ。
「あいつめちゃくちゃ怪しいですよ!引っ張って吐かせましょう!」
「今は無理だろ、なんの証拠もない。加賀がいた店で目撃者を捜すんだ」
「そんなことやってる場合じゃないでしょう!花森を探さないと」
数分後、桐島さんと柳さんの声がした。桐島さんが心配してくれてるう、と思ったけど心配じゃなくて頭にきてると言われてしまった。ご、ごめんなさいでした。
そう言えば俺よく捕まってるなあ。いつも様子を見た方がいいかなって思ってなすがままになってたけど、今度から抵抗したほうがいいんだろうか。いや、そうですよね、ごめんなさい。
前に座る二人に静かに両手を合わせる。
「くそ、すぐ脱走しやがって、あのバカワンコ」
「俺が飼い主代わってやろうか?」
「あいつと組むんですか?それは、あの」
謝罪するタイミング逃した。そして口を出しづらい話始まった。どうしよ、はわわ。
一瞬黙って慌てる桐島さんは、まだペア解消するつもりはなさそうでほっとするんだけど、どうなる俺───!
「なに焦ってんの?……まあ俺なら、一人でワンコを置いてかないけど?」
「……、そ」
「お前なりに案じてやったんだとは思うけどな。花森は一緒に走ってくれるお前が好きだってよ」
好きだなんて言ってな……いや、好きだって意味になるけど。
「ちょっとやだー、なんで言っちゃうんですかあ!」
これは面と向かってとか、人づてに聞くとアレじゃないか。そう思って顔を覆いながら抗議の声をあげると二人はめちゃくちゃ驚き車を揺らした。



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好きとも言ってないし愛の告白のつもりでもない。
May. 2017

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