春と走る 14
「班長、ワンコ自力で戻って来ました」なんか俺脱走してた犬みたいやん、と思いながらも前のシートに顎を乗せて黙って柳さんの電話する声を聞く。
桐島さんはさっきの俺の愛の告白じみた発言に顔を抑えてしまっているのでよくわかんない。
遠くで聞こえる班長の声からしてそんなに怒ってなさそうだ。ま、まああったらごっつんこされるかもしれないが。……やっぱり俺、今度から人にのこのこ付いて行かないほうがいいなと思った。今更だが。
「加賀と共にいたのは緒方のようです。それで、加賀の潜伏先ですが中浦にある港町だそうですよ。じーちゃんと呼ばれていたとか」
ええ、はい、と何度か返事をしている柳さんは程なくして電話を切った。
翌日、緒方を拉致監禁容疑で引っ張ることになった。被害者は俺である。なんかごめんな。
緒方を張ってる柳さんと共に会いに行こうかと思ったけど、首根っこ掴まれて足をとめた。
「どこ行こうとしてんだ花森」
「あう」
桐島さんに引きずられて、中浦に行くための車に乗り込んだ。
中浦には緒方の祖父が住んでいて漁師をしている。日に焼けた加賀の様子と海の匂いからして、ずっと祖父のところに匿われていたんだろう。
今朝捜査書類を確認したところ、亡くなった店長の死因は後頭部をスパナで殴られたことによる失血死だった。
血痕のついたスパナが現場で見つかり、頭の傷口とも合致しており間違いはないそうだ。でも加賀は店長を突き飛ばして逃げただけというし、俺の印象でいうとあれは嘘ではなさそうだ。
俺としてはそのあと何者かに殴られた可能性もあるとみた。レジの現金は売り上げと多少差異があったけど、それはレジミスによるものだろう。そもそも外部から誰かが押し入った形跡はなかったんだよなあ。
……金銭目的ではないとしたら、やっぱり身内の犯行としてありえる。
「あー…」
「なんだよ、運転キツイなら言えよ」
運転しながら行き着いた結末に、思わず呻く。
「あ。大丈夫です」
そういうんじゃないので桐島さんの優しい提案は遠慮しておいた。
人差し指でハンドルをてちてちしてるのに気づいて握り直す。
「どうかしたのか」
「いえ、考え事をすこし」
「ふうん、事故んなよ」
「あいさー」
中浦にたどりつくと、地元の祭りが開催されていて観光客や地元民で賑わっていた。
昨日は夜だったしこっそり見てたからわからなかったや。
「うお!」
「へ、え!?」
助手席に乗っていた桐島さんが声をあげたので見ると、窓の外から顔を黒く塗った子供が車内を見ていた。
「なんだこりゃあ?」
県警の青田さんも驚き、周囲に目をやる。
警察署に行って話を聞くと、今日は中浦神社のお祭りで、神社の「お炭」を顔に塗って大漁と無病息災を祈願する習わしとなっている。できるだけ満遍なく塗ったほうが効果があるのだとか。そう説明してくれた地元警察官も泥パックしてるみたいに顔が真っ黒だった。
住民はもちろんのこと、観光客も顔に炭を塗っていて、今日ばかりは塗らないほうが目立つというので俺たちは顔にお炭をつけに神社へ向かった。めた〜と炭つけるの楽しいぞこれ。
服につけないように俺と桐島さんは互いに塗り合いをした。
あ、青田さんったら鼻の頭とほっぺにちょっとつけるだけだ。それじゃあご利益もないし隠蔽力も下がるじゃないか仕事しろ。
「漁師たちはみんな祭りのメインイベント大漁船かつぎに出るんです。大漁船は朝神社を出て今は港に着いています」
「ほえー、お神輿みたいな?」
「そうですそうです」
警察官に案内されて浜までいくと、ふんどしいっちょに真っ黒顔の男たちが大勢で船をかついでいた。
うぅ、ちかよりたくない。汗の匂いが強烈だ。
「よし、行け」
「う、はい」
ぽてぽて近寄り、汗の匂いに顔を歪める。なみだでそう。
一度帰ろうかと桐島さんの方を向いたけど、ゴーサインを出されたのでもう一回集団に向き合う。が、運良く近くにいたみたいでみつけた。ふんどしをふぎゅっと捕まえて引っ張る。
「ちょ…誰!?何すんだよ!!───あっあれ!?お前どうしてここに」
加賀は俺の黒塗りの顔を凝視してから気づいたらしい。
青田さんが大きな声で警察だと宣言するので加賀は怯えて逃げ出そうとした。バカ、なんで逃げるんだ。あとそっち海。
すでに走り出していた桐島さんが俺を追い抜き、加賀に追いついて締め上げる。
「先輩乱暴〜〜〜」
頭突きして腕を後ろにあげると加賀は痛みに呻いているので、かけよって止める。
「もう逃げるのやめましょ」
「お前、刑事だったの?マジ……?」
「マジだったんです、ナースになります?」
腕を組んで加賀に笑いかけると、桐島さんがはあ?って顔をしてた。
これは俺たちにしかわからないネタなのだ。
「聞いてください、……店長はスパナで殴られて死んだんですよ」
「……はあ!?なんだよそれ!俺はそんなことやってねーぞ!!」
「だから警察でちゃんと話してください」
「だ、だけど」
「怖がらないで、大丈夫。ぼくがついてるから」
黒塗りの顔でしんみりするの、外から見ててだいぶアレなのでは?
そう思いながらもなるべく優しく見えるように微笑んで、手を差し出した。あの、両手は別に出さなくていいよ。
翌日、班長が事件解決のタバコを吸おうとしているところに、俺たちは談判しに行った。
加賀が嘘をついているとは思えないと。
「おいおい勘弁してくれよー、今しも火をつける所なのによ」
「まだ早いです、あとここ禁煙」
「ぬううっ」
班長はライターから指をはなす。
「それじゃ何か?加賀が店長を突き飛ばして逃げたあと、他の誰かが来てスパナで殴ったってのか?」
頷くと、外部から誰かが押し入った形跡はなかったと言われてしまう。桐島さんは、加賀が事件直後に消えたせいで容疑者と断定しすぎて捜査が不十分だったのではと指摘して援護してくれた。
「わかってるよ、加賀が否認している以上、ちゃんと洗い直して……」
「門馬警部!加賀洋平が自白しました」
言いかけた班長の言葉を遮り会議室に入ってきたのは、加賀の取り調べをしていた青田さんだ。
あんなに自分じゃないって言ってたのに。緒方の迷惑になるような真似はしないと。
手のひらで顔を覆う。───やっぱりそうなんだ。
事件があった日のシフトは当然頭に入ってる。店長、加賀、緒方の三人だ。死亡時刻は定かではないが緒方は配達に出ていて直帰したことになっている。当時の証言と、その日の勤務記録がそうなっているが証人はいない。まあ当然だ、証人となれる店長は死亡し、加賀は行方不明だった。
「自白って、どういうことですか?」
「店長をスパナで殴ったのは自分だと言ってるよ」
「加賀に会えますか」
一晩考えて観念したんだろうと青田さんは言ってるけど、俺は取調室に向かった。後ろから桐島さんや班長がついてくる足音がした。
中には加賀と小松原さんがいる。
「お、お前……!」
向かいの席にどかっと座って加賀を見つめると目をそらした。
「ドライブ楽しかったですねえ」
「…わ、悪かったよ」
「あの時言ってたのは嘘だったと?」
「別に、嘘ついたわけじゃなくて、あの時は頭に血がのぼってて正直、何をやったかおぼえてねーんだ」
昨夜よく考えたら店長を突き飛ばしたあとスパナで殴ったことを思い出したと、うつむきながら叱られた小学生みたいに目だけこっちを見上げた。
「殴ったあとそのスパナどうした?」
「え、スっ、スパナ?す、捨てたよ」
「捨てた……どこに?」
桐島さんが俺のそばに立って加賀を見下ろす。
「は、はっきりとは覚えてねーけど、多分逃げる途中でどこかに」
「それは変だなー、そのスパナは血を洗い流して指紋を拭き取ってきちんと工具入れに戻してあったんだけど?」
「すっごくびっくりしますよ、コイツ」
小松原さんが加賀の表情を見て少し呆れる。
「───がっちゃんの顔に泥を塗らないっていうのは、そういうことにもなるのか……」
俺がやったって言ってんだからいいだろとふてくされた加賀に言い残して、取調室を出た。
班長はついてきてたのに入ってこなかったけど隣の部屋で見ていたみたいだ。
「加賀はウソをついているな」
「はい」
重村さんと一緒に出てきた班長は俺の隣に並んで歩く。
「わかってたのか、お前」
「思えば緒方の様子もおかしかったので」
桐島さんは俺が考え事をしていたのを指摘したっけそういえば。
会議室へ一度戻ろうと思ったけど、班長が緒方にも会ってこいというので俺は踵を返した。
「あれ、一緒に来ます?」
「おー」
なんだか桐島さんもついてくるようなので驚いた。俺の説得テストが始まるのか?
気を引き締めていこう。
んんっと咳払いして、今度は失礼しますと言ってから取調室に入った。中には柳さんと和田さんと緒方の姿がある。
「この間はどうも」
「…お前、まさか本当に刑事だったとはな」
「加賀は確保しました。容疑も認めています」
「は?」
緒方はぽかんとした顔で俺を見た。
「スパナで殴ったのは自分だと」
「嘘だ!何言ってんだよ、そんなはずないだろ!!あいつはそんなことしてないって!!」
「でも自分で言ってますよ……」
誰が真犯人なのかわかって、庇っているんだろうなあ。
そうぼやくと、否定するために立ち上がっていた緒方は力なくうなだれた。
「二人はとても良い友達同士だと思ったけど、罪を隠し逃げることも、庇い被ることも、正しいこととは思いません」
「洋平っ……ごめん!!……うっ、うううぅ……」
泣き出した緒方に、和田さんは君がやったのかと問う。緒方は震えた声で頷いた。
「がっちゃん!!」
取調室を出て移動しようとする緒方に気づいて、加賀は飛び出してきた。
「洋平、お、俺」
「がっちゃん、ごめん!!」
「……え!?」
なぜ謝られているのかわからず緒方は驚いた。何言ってんだよと言いかけるも、今までの感謝を泣きながら言い募る加賀。
「俺じーちゃんのところに戻って漁師続けるよ。それで今までの何倍も必死でがんばって稼ぐ。今度は俺ががっちゃんの奥さんに仕送りして助けるよ」
ええ話や……と目頭を押さえると、桐島さんがちろっとこっちをみた。
「だから、早く帰って来てやってくれ!!」
緒方はぼろぼろと涙をこぼし、二人は熱く手を取り合った。ゆ、友情〜!
俺がくうっと身悶えていると何くねくねしてんだよ、と小さい声で聞かれた。いや、まざりたくなってですね。
「……ご迷惑をおかけしました」
緒方は手を離したあとに俺を気まずそうに見た。
どうしてもこの二人、小学生くらいの子供に思えてしまう。一応犯罪者で、年上なんだけど。
前髪の上から、緒方の頭を撫でてしまった。
「何やってんのお前」
「あ、つい」
柳さんに言われてエヘっと笑うと、緒方もぎこちなく笑う。
「もう嘘つくんじゃないよ」
「刑事さん!」
さすがに加賀のことは撫でないようにしながらも、一声かけると感極まった様子でそう呼ばれた。ちょっと嬉しいな。
抱き合おうとしたところはさすがに、先輩たちにこぞって止められてしまったのだった。
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この二人組可愛くてすきでした。
May. 2017