Sakura-zensen


春と走る 15

ワンコ、というあだ名をつけたのは同期の女子である鬼塚琴美である。
一番仲のいい女友達だったので、俺も返しでオニコと名付けて呼んでいる。
そういうわけで久々にワンコ〜と呼ばれて振り向いた先にいたオニコを呼び返した。
「人前でオニコって呼ぶなと言ってるでしょ!!今度言ったらシめるよ!」
「あぶね、もうシめようとしてるじゃん」
「おとなしくシめられなさいよ!!」
オニコに背後を取られそうになってしゃがむと、肩をガシッと掴まれ揺さぶられた。
そう、オニコはオニコのあだ名が好きじゃない。
本気で毛嫌いしているというよりも、オニっていうのが聞こえ悪いから年頃の女性としては当たり前かもな。でも俺は呼ぶ。
「コラ、うるさいぞ。こんなところでなに騒いでるんだ」
警視庁内の廊下でじゃれてたので、通りすがりの柳さんに注意された。
「あ〜すいませ」
「ほぎゃあぁァァアァ!!誠士郎さまっ!!」
「……え?」
「誠士郎さま」
同期と友達のようにふざけているところを先輩に見つかったので、やべっと姿勢を正していたところ、オニコがすげえ悲鳴をあげた。思わず誠士郎さま?と復唱して一瞬誰だか考えたけどそうだ柳さんの下の名前そんなんだったな。
オニコは呆然としてる俺たちよりも先に我にかえって、自己紹介をしつつ最後にはエヘっとふざけて自らあだ名はオニコですとのたまった。おばか……。
「じゃあまたね、オニコちゃん」
「……だいじょーぶ?」
柳さんは深く突っ込まず、しれっと流してさらっとあだ名を呼んで去っていく。
置いてかれたオニコの後ろ姿にそろりと近寄り、肩をつんつんしてみた。しばらく無反応に固まっていたけど、ゆるりと体が傾いたので支える。
「よりによって自分自身で……」
「ははは」

本人曰く、ふんんんごい好き!!な誠士郎さまと、俺の相棒桐島さまは、捜一刑事の二大アイドルなのだとか。同じ班に配属された時、女性警察官から相当俺は妬まれたそうだ。しかしまあ、実のところ男の子だということも後から知って落ち着いてるそうだが。でも時々どういうつもりなのかっていう議題には登っているらしい。どういうつもりもこういうつもりもねえ。
落ち込んだオニコに恨み言のような説教を聞かされる。
「あんただってマトモな格好すれば二大アイドルが三大になれるかもしれないのに」
おまけのたわごともあったけどスルーだ。
目立つしたまに刑事扱いされないけど、それが捜査の役に立ったりするので今んところこのままで行こうかなって思ってる。
「まあいいわ、あんたがそうしてれば私は女友達に見えるし」
「はいはい」
「私はワンコが6班に配属されて天の助けと思ったの。あんたに頼んでなんかステキな場所で紹介してもらう計画だったのに……」
「なんだよそれ早く言えよ」
何度かご飯いったぞ、二人ではないけど。
どうやらちょっぴり背伸びして夢を見ていたらしいオニコはキマった自己紹介も考えていたみたいだけど、さっきのは無駄に元気なだけのお調子者みたいだと落ち込んでしまった。
お前は元気でお調子者だよ、まぎれもなく。
ミッション1は失敗に終わったけど、ミッション2もあったらしく、切り替えは早い。
ただそのミッション2がスピード出世すぎてちょっとよくわからない。なぜなら誠士郎さまをオニコの部屋に連れ込……いや、お招きして手料理をご馳走するのだそうだ。
で、連れてこいというお達しを受けた俺はパワフルなオニコに圧倒されてわんと頷いたわけである。

まあさすがに普通に断られるだろうな。
そもそも二人でご飯したこともない。和田さんと三人で組んだ時とかは三人でご飯したな。二人で行動した時はそもそもご飯しなかったし。
とぼとぼ出勤すると、どうやら和田さんと柳さんはすでに二人で出かけたらしい。あ、さっきの出勤じゃなくて出かけるんだったのかな〜。
ボードに書いてある予定を確認してふーんと納得する。夜には帰ってくるだろうし、その時にでも聞いてみるかなあ。
「そういえばキリさん、同級生の彼女とはどーなってるんスか?」
小松原さんがうたた寝をしてる桐島さんに声をかけてるのを聞きながら椅子を引く。どっこいしょーと座りながら溜まっていた事務処理を済ませるべくノートパソコンをぱかっと開いた。
「なんでだよ?」
「だってこの前一緒に入院してた時それらしい人来なかったからヘンだなーと思って」
「ヘンだなーと思ったら聞かねーだろフツー」
小松原さんはフツーじゃないっていうか、そのへんのデリカシーないよな。
ふふっと笑っていると一瞬桐島さんと目があった。
「……来るわけねーよ、知らせてねーもん」
「それじゃ、別れちゃったんですか?どーして?」
桐島さん曰く、彼女にドタキャンの言い訳するのめんどくさくなって、会う約束すら億劫になっていたら連絡もこなくなった、と。仕事忙しい人自然消滅あるあるのオンパレードである。
仕事をしつつもしっかりバッチリ内容は聞いておく。だってほら、相棒であり先輩の私生活だしそれなりに気になるもんな。
小松原さんは桐島さんの諦めちゃった理由にダメだなーとぼやいている。彼はその辺マメそうだなー。
「お前は同業者がいいんじゃないか?」
「ああたしかに〜」
「なんだワンコ聞いてたのか」
「え、横にいるんですから聞いてるでしょ」
重村さんが口を開いた時には全く無反応だったのに、それに対して俺がうんうんと頷いたら驚くってなんだ。下っ端は口挟んだらいけなかったのかしら。かといって小松原さんは特に責める意思はなく、純粋に驚いてたみたいで、すぐに重村さん達の方へ顔をやる。
桐島さんはじいっと俺を見たけど小松原さん同様に重村さんに応えるべく視線を外した。
もうどうぞ俺のことはお気になさらず、黙ってますので。
「同業者って、女性警察官ですか?」
「刑事の仕事のことも警察組織のこともよくわかってるから理解はあるだろ」
「なるほどねー」
男三人の会話に静かに口を閉ざした。
重村さんの奥さんは元警察官らしい。和田さんは看護婦さんでしょ、あとは班長の奥さんは……知らないなあ聞いたことないや。今度誰かに聞いてみよ。
「そーいえばキリさん交通課や生安課に可愛い子いますよ」
「ふーんそう?」
「合コンしましょう、合コン!」
「おいワシも」
俺は思わず手を挙げた。はいはいはーい。
「え、おまえも合コンきたいの?」
小松原さんが微妙な顔をした。
「なんでもないですう」
「なんの立候補だよ」
桐島さんが頬杖ついて呆れた顔をしている。
俺は交通課といえばオニコが……あ、誠士郎さまがいないのに出馬させてもしょうがないか、という気持ちと合コンちょっと行ってみたいという気持ちで手を挙げてすぐに下ろす。
はふーとため息ついて、もっかいなんでもないですう〜と言い訳してパソコンに向かい合った。
なんだか桐島さんの視線がちょっぴり痛いのは気のせいだろうか。

重村さんと小松原さんが今日は一件事件関係者に話を聞きにいく約束だった、ついでに昼も外で食べてくってことで昼よりも少し前に出て行った。
桐島さんも俺も今日は外出予定もなく、ここぞとばかりに溜まった書類整理をこなす。
「あ〜集中できね〜」
「座って事務作業って退屈ですよね」
普段体を動かす方が好きなタイプなので俺も同意した。
コーヒーでもいれましょうかと席を立つとサンキューと返って来る。
ポットとインスタントコーヒーもあるので自販機ではなくそっちへ行って二人分のコーヒーを入れて来る。向かいの席の桐島さんの後ろからカップを置いて自分の席へ戻った。
すぐに口をつけようとカップを手にした桐島さんは、湯気を顔に当てるように近づけたまま停止する。さましてるのかな。
そう思いつつ観察するのはやめて自分の口元に注意をやる。これで火傷したらはずかしい。
「そういえば」
「あ?」
一口のんだのか定かではないけど、桐島さんは俺の言いかけた言葉に反応してカップを口から離した。
「門馬班長の奥さんって見たことあります?」
「あるけど、なんで?」
「いえ、重村さんは奥さんが元警察官で、和田さんは看護婦さんでしょ?もう一人の既婚者はどうなのかなーって」
「ああ、班長の奥さんはかたぎだよ」
「へえ〜」
「おまえはどっちがいい?」
「結婚相手ですか?」
「ん、まあ、付き合うやつとか」
桐島さんはもういちどゆっくりカップに顔をよせるが、フツーに一般人がいいなあとこぼした俺の答えが意外だったのか、目を見開き固まった。
「だって警察官って一応危険な仕事ですから、危ないことはしないでほしいですよね」
どの口をとはいうが、自分のことはいいんだ。恋人や奥さんにそういう場所にいてほしくない場合はそう言っていいの。
「は……一緒に走ってくれるやつが好きなんじゃねーの」
それ桐島さんのことじゃん。
思いつつ、さっき合コンの参加表明をじわっとしたこともあるので、完全に否定はできない。
「いやどっちかっていうと、ですから」
「一般人だと全然一緒にいられねーし、毎日一緒に飯もくえねーし、仕事の話もできねーだろ」
「それぜんぶできんの桐島さんくらいじゃん」
今の家族とですら食事の時間が違うし、その条件満たすのは結婚したとしても相棒としか無理では?あとは6班の人たちとかね。
「だから───俺でいいんじゃねえの」
「そうですね〜」
少ないコーヒーを飲み干して、ぷはっとカップをはなす。
「当分は仕事が恋人か〜、頑張ります」
「はあ?」
「え?」
「今の話のどこをどうとったら───」
ちょうど電話が鳴って会話が途切れる。
ああもう良い良い、とれとれ、というジェスチャーをした桐島さんだが、これは俺の携帯電話だし、かけてきた相手は上司先輩でもなくオニコ。別に出なくても……と思ったけどなんか良いみたいだったので、席から立って少し離れて出ることにした。

「───えっ、おい、待ってくんない??オニコ!?」

まだあってないけど?柳さんには朝お前と一緒にあって以来だけど??
今日早引けして手料理作っておくから絶対連れてきてよね!!!というミッションを受けた俺は、一方的に切られてプープーと言ってる電話を手に呆然とした。
「どうした?借金取りの催促か?」
「違います……」
桐島さんは絶対そうじゃないとわかりつつからかってきた。



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ひさしぶりに続き書きました。
鈍感すぎというか、恋愛方面にまったく考えが至らないのたのし〜い。
Nov. 2018

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