Sakura-zensen


春と走る 16

オニコからの連絡があってすぐ、柳さんと和田さんが帰ってきた。
おかえんなさい〜と言いながらも柳さんをじいっと見つめすぎたせいで訝しまれ、その後も柳さんに視線をやりすぎたので本人に何度か気づかれたり、桐島さんにめちゃくちゃ睨まれたり、和田さんにアホって言われたり小松原さんにもしかして柳さんの事好きなのってトンチンカンな言いがかりつけられたりした。
「せ、誠士郎さま……」
「……なに?」
帰り際にもじもじしながら柳さんのコートを引っ張った俺は全員からすごい形相で見られた。
「間違えた柳さん……折り入って相談が」
多分誠士郎さまって呼んだ時点で事の顛末を読めていそうではあるけれど、ふっと笑ってコートを掴む俺の手を取った。柳さんはおそらく俺と周囲の連中の様子を見て楽しんでいる節がある。
「ここで言える話?」
「いや、あのー、今晩予定あります?ごはんとかいきません?オゴります」
っていうか手料理が待ってます。
「ああいいよ」
「ほ、ほんと!わあい、やったあ!!」
「オイ、ワンコ」
ぱあっと手を開いて抱きつかんばかりの勢いだった俺は後頭部を握り潰されそうな勢いで掴まれる。桐島さんがものすごい不機嫌そうに俺を見下ろしていた。
ペアを組んでる相棒をよそに柳さんに相談を持ちかけようとしたところがアレなのかしら。

いつのまにか他の班員達は帰宅し、俺と柳さんと桐島さんは三人で警視庁を出た。
「で、相談ってなんだよ」
「いや相談っていうか」
「俺たちにしかわからない話だよな?ワンコ」
「あい。あ、仕事のことじゃないんす、プライベートというか……」
「吐け」
両方のほっぺを片手で挟んでむにいっとされた俺は不細工な顔になる。
その時柳さんが俺の背後に回って引き寄せた。背中を預けたことによりとふっと風がふいて柳さんの匂いに包まれる。
「キリ、プライベートな話だって言ってるだろう?」
「……柳さん、面白がんないでくださいよ」
まるで抱きしめられているような俺は、そろそろふざけるのをやめてほしくて見上げる。すぐそばに柳さんの顎が見えた。
腕まで閉じ込められてるので、顎の下におでこをぐいーと押し付けて体を押し返すとわずかに緩んだ。
「悪い悪い、ならキリにも俺にもちゃんと説明するんだな」
「呆れられそうだな〜」
桐島さんの不機嫌な顔を見る。きゃ、きゃうん……コワい。
言わない方が怒られそうなので、仕方なく口を開いた。
まあオニコのぶっとんだ行動を好きこのんで言いふらしたりはしないだろうし、なんだかんだ俺の嗅覚に付き合ってくれてる二人なので乗ってくれる可能性もある。

「実はですね今朝ぼくの同期の鬼塚に久々にあいまして……そのとき柳さんにもお会いしたんですよ」
「ああ、オニコちゃんね」
柳さんは覚えてるよ、と言いたげに頷いた。
「オニコ?なんか昼間電話してた?」
「そうです〜あだ名がオニコ。で、彼女が今日料理いっぱい作るから、人を連れてこいって。といっても連れてく人なんてすぐには見つからないし、なので今朝あった柳さんに声をかけた次第です」
「それでか。いやでも初対面だろ?いきなり連れてってどうすんだよ」
桐島さんはそれでほぼ納得したらしい。
が、さすがに言葉通りに信じるほどではないようだ。恋愛方面には思い至ってない様子だけど。
「……今日?まさかこのままいくつもりだったのか?」
「ちゃんと了承は得ようと思ってましたよ」
柳さんはオニコの態度も見てたので思惑は理解してるだろうが、今日そのまま行くことになるとは思ってなかったようだ。
多分俺がそのことに関して相談するか、紹介させてほしいと言われるか、くらいに思ってたかな。なんかごめんなさい。
「なにせ話が急なので、断っていただいて大丈夫ですよ。こっちでごまかしますんで」
「うーん、まあ別に、行っても良いけど」
ステップ2が家で手料理って時点で気が早いし、今日準備し始めちゃったところも気が早い。
そういうわけでオニコにはちゃんと気が早すぎるよってアドバイスするつもりだ。そして手料理は俺が食うつもりだった。
「ほ、ほんとですか!オニコ喜びますう!」
「かわりに、今度───ワンコには何してもらおうかな」
「なんでもします!」
「お前良い加減なこというな、後悔することになるぞ」
「え〜」
桐島さんには頭をぐりぐりされたけど、俺は柳さんが無理難題押し付けて来るとは思わないし、今回のことはオニコの為にもよかったなあと恩義を感じたわけで、最大限できることはやる。

どうせオニコは張り切って色々作ってるんだろうし、桐島さんのことも二大アイドルとか言ってたし、どうですかーと誘ってみたらついてきてくれた。
貸し一つにされたのはちょっと解せないが、まあいいだろう。

喜べオニコ!とオニコの指定するマンションへやってきた。
前は寮に住んでたはずなんだけど、いつ引っ越したんだろ。
「ちなみにその同期って料理うまいのか」
「フツーにうまかったと思いますけど、どうだろうなあ、時々ドジだからなあ」
「なんだよその妙な含みは」
誠士郎さまを連れて来るってことで、妙に気合入れてハズす予感が俺にはある。
案の定家のインターホンを押しても出やしなくて、もしやあいつめ料理失敗して買い出しに走ったか……と思いをはせる。
ドアにへばりついて中の匂いを嗅ごうとしてはっとした。なんか血の匂いする。
「あ、あいた───……うん」
「どうした?」
わずかに違和感を感じてドアを開けると鍵が閉まっていない。
「やっぱり、血の匂いがする……あと焦げた牛肉〜」
「何食わされんだ」
どう考えても肉についてる血の匂いではない。
まさかオニコ、料理に失敗して怪我?と思いきや違う人の匂いもする。そりゃ、他の人間だって出入りするかもしれないけど……。
「ワ〜ン〜コ〜〜〜」
「オニコ」
部屋に入り様子を見ようとしたところで、外から呼ばれてドアを開けたまま動きを止める。
オニコが泣きべそかきながら立っていた。その手にはコンビニ弁当がたくさん。そんなにくわねーよ男三人でも。
どうやら仕事早引けまでして気合の入った料理を作ってたけど、気がついたら牛肉真っ黒焦げになってたらしい。そしてコンビニに走ったという俺の想像通りの結末。
「た、大変だったね」
「コンビニ弁当……誰がそんなに食うの?」
柳さんはぎこちなく慰め、桐島さんは控えめに呆然とこぼした。
「まあ、せっかくたくさんあるからごちそうになろうか」
「元気出して。そういえばオニコ、料理してる時怪我してないか?」
「え?それはしてないけど……ビンゴゲームやツイスターゲームも用意しときました!」
「そんなんやるのか?」
みんなでオニコの部屋の中に入る。
え、怪我してないってことは、この血の匂いは……なに?

オニコの部屋にはすでにツイスターゲームのシートが敷かれていて、その上にでかくて丸い男の後ろ姿がある。
「…………え!?」
「だれ?知り合い?呼んだの?」
「呼ぶかよ!!知らないよ!!」
「血の匂いがしたってことは、このひと……」
「あんた誰!?人の部屋で何やってんの!?」
オニコは俺の問いかけを背にずんずんその人に近づいて行き、しまいには蹴った。
巨体はオニコの容赦ない蹴りにゆらりと揺れて倒れる。
腹のぜい肉には包丁がささり、薄汚れて伸びのあるTシャツには血の染みが大きく広がっていた。

死後数時間は経ってると見られる男の遺体は、明らかに部屋着で、靴は履いていない様子。
オニコが接したような匂いというのは体に付着していないみたいだけど、この部屋はオニコの匂いでいっぱいだからなんとも言い難い。
また、複数人の匂いも感じられたが俺が嗅いだことのない匂いである。
「他殺の可能性が高いですね、連絡します」
「もう……ダメだァ〜〜……」
「あ。おいおい」
朝よりふにゃふにゃになったオニコはたっていられなくなってしまった。
警察をクビになることを恐れているけど、オニコの疑いが晴れればクビになるはずはない。ただ、現役女性警察官の部屋に男の死体はマスコミが飛びつくだろうと桐島さんは指摘する。ヤダそんなひどいこと言わないで。警察にはいられないと泣くオニコはなんだか、誠士郎さまのキャリアに傷がつくからミッション3の結婚はあきらめる、とのたまう。
「え、3が結婚なの?早いな」
「……なんの話だよ」
柳さんが小声で呆れたように呟いた。



next

オニコと柳さんはドラマだと真逆らしいんですよ、矢印が。
Nov. 2018

PAGE TOP