春と走る 17
オニコがマスコミを恐れて通報を嫌がったけれど、かといって通報しないでいればそれこそ警察官としてヤバい。桐島さんが連絡入れてる間は柳さんに現場とオニコをまかせ、俺はオニコの部屋を出た。
被害者の匂いは覚えたし、隣の家からそれがするのですぐにわかった。
一応ノックするけど返事はなし。同居人はない、もしくは不在のようだ。ドアは鍵があいていたのでしれっと入り身元を確認できるものを探す。
「お、財布みっけ」
「おまえチンピラみたいなノリでいうなよ」
「えへへ」
電話を終えて俺を追いかけてきていたらしい桐島さんが同じように部屋に入ってきていて、部屋の中を見て顔を歪める。きたね〜俺よりきたね〜とのことだ。
「でもたしかに男のひとり住まいって感じだな」
「え、桐島さんの部屋もこんな感じですか?」
「……ここまでひどくねーよ」
「ふうん」
身分証の確認と、匂いの確認はとれた。
部屋に他人の匂いはせず、血の匂いもしなかったことから、現場はここではないと確定した。
あとは鑑識の仕事なので部屋をさっさと出てしまおう。
オニコの部屋に戻ると6班と鑑識がちょうど来たところで、隣の部屋から出てきた俺たちを見てあっと口を開かれた。
「部屋間違えたか?」
「みなさん早くお帰りだったのにすみません〜、隣であってますよ」
「だから、なんで無関係の隣の部屋から出て来るんだ?お前らは?」
班長にこめかみぐりぐりされた。
桐島さんが俺の鼻で被害者の匂いの元を突き止めたと説明したので、ぐりぐりは短時間で解放されてまずはオニコの部屋から調べるためにドアをあけた。
マンションの管理人に見せてもらった、エレベーター付近を撮影している防犯カメラの映像にはあやしい人物は映っていなかったらしい。
被害者の姿もないことから、非常階段を使った、もしくは同フロアでことを終えた、と考えられる。
オニコは仕事を早く切り上げ16時ごろから料理をつくっていた。どんだけ気合入ってるんだ。
しかし20時前に失敗して慌ててコンビニにダッシュ。俺たちが来て、オニコも帰宅するまでわずか約30分の間に遺体が部屋へ運び込まれた。
「でもこれ、一人じゃ運べませんよねえ」
「共犯者がいたと考えるのが妥当だな。引きずられたような痕跡もない」
遺体を調べているナベさんも、殺害された現場はここではないと言ってくれたのでほっとする。
「とりあえず同じ階の住民に聞き込みしてきましたよ」
「なんだかなあ」
重村さんと小松原さんが帰って来て、重村さんは後頭部をかく。
「どうしたんですか?」
「一応全員アリバイみたいなもんがある」
隣の703号室には老夫婦、古川庄助と古川里子が住んでいる。夫の庄助は2年ほど前から車椅子で生活していて妻が介護している。被害者の戸部のことはしっているがほとんど話をしたことがなく、挨拶しても返事もせずジロリと睨むらしい。
今日は15時ごろふたりで散歩して1時間くらいで帰宅しずっと部屋にいた。それは防犯カメラにも映っていた。死体を運んだと思われる19時半から20時の間は夫を入浴させていた。それは夫婦だけの言い分では立証できないが、702号室の住人、小沼亜季が手伝いに来ていたと証言したためアリバイとなる。
彼女は看護師という職業柄、老老介護の隣人のことを気にかけていて休みの日は二人の様子を見に行っている。
今日は夜勤から帰宅して10時頃帰宅し夕方まで寝ていたが、19時過ぎに古川夫妻の部屋へ行き1時間ほど入浴を手伝ったと証言している。
戸部については彼女もほとんど知らず、挨拶しても黙ってジロリと睨むし、エレベーターで一緒になるとジロリジロリと睨むので少し怖い、と。そりゃ怖いわ。
702号室は永田沙知は大学生、今日は大学が試験で午前中に終わり14時には帰宅してずっと部屋にいた。701号室は倉西星子、デパート勤務だが店休日だったため一日どこにも行かずにいたが二人は仲良しで日頃から部屋を行き来しており、今日も18時ごろから永田が倉西の部屋へ行きずっと一緒にいたと言っている。小松原さんたちが聞きに言った時もまだ一緒にいたそうだ。
また、この二人も戸部については顔を知っているけど話したことはなく、ジロリと睨まれキモかったと証言している。
「この人本当評判悪いですねー、女性をジロリジロリと睨むからですよ!」
小松原さんは手帳をぱたん、と閉じて感想を述べた。
俺も隣でウンウンうなずく。
「隣同士でアリバイを証言しているわけか……」
「4件回ってなにか気になったことはないか」
「いえ、特には……しかし昨今にしてはみんな仲がよろしいようだなと」
柳さんが考え込むように視線を落とし、班長は重村さんに向かって問う。小松原さんは704号室の夫婦がどっちもおじいちゃんに見えたと言って和田さんに怒られていた。
「とは言っても、女性二人でガイシャを運ぶのは無理ですよね」
「……4人全員でならどうですか?」
戸部からは複数の人の匂いがしているが、色々混ざっているし、しっかり触れた人とそうでない人がいるみたいなのでよく分からない。嗅ぎ分けられない時点で複数人……しかも2人どころではないと思う。ウーン、俺も聞き込み行けばよかったかな。
「隣近所全員で力を合わせて大男を殺したってのか?全然ピンとこねーよ」
「全員で……か」
桐島さんに俺の意見はいなされたけど、柳さんはまた考え込む。
「外部から来た人間の線も消えたわけじゃねえしな」
「あーー!!」
班長がため息を交えて言ったところで、オニコが大きな声を出す。
何か思い出したことがあったみたいだ。
「忘れてました!!空き巣!!このマンションで空き巣が何回かあったそうです!!引越しの時管理人さんに聞いたんです!!」
「空き巣か。和田、柳、もう一度管理人に話を聞きに行ってくれ」
「はい」
管理人の話を聞きに行っている間、俺はまたナベさんに近づいて包丁の角度について問いかける。
「ここまで差し込むには男でも無理ですよねえ」
「お、わかるか。これはねー多分もみ合いになって倒れて来たんだと思うね」
「血も浴びてますよね」
「そりゃもちろん」
その服も見つけないとだな。処分しているか、隠しているかどちらにせよまだそう遠くへは行ってないはずだ。
空き巣については、過去四回されていると管理人の中村は証言した。どれもピッキングでやられたらしい。中村は15時半頃エレベーターで全部のフロアを回っているのがカメラに映っていたが、それは空き巣のこともあって毎日見回っているためだった。
また、戸部についてのことで思い出したことがあると言って証言したのは、一番恨んでいるのは古川夫妻ではないかとのことだ。半年ほど前、戸部が通路にあった古川の車椅子に躓き転倒、鼻の骨を折る負傷をした。
それを逆恨みして治療費や慰謝料と称して金銭を脅し取り、会えば蹴って転ばせたりエレベーターから追い出したりと、嫌がらせばかりしていた。
また、空き巣の犯人も戸部ではないかと中村は推測している。
「なるほど」
「古川夫妻の部屋を調べましょうか」
班長は柳さんの報告を聞いて頷いた。重村さんがすぐに提案し、小松原さんも隣で姿勢を正す。行く気満々である。
「班長ぼくも行っていいですか?部屋に入れてもらえば犯行現場かそうでないかくらいわかります」
「あーそうだな、じゃあキリと二人で行ってこい」
「はい」
重村さんと小松原さんはあっさり俺たちをいってらっしゃいした。
そして俺と桐島さんは部屋を出る。
老夫婦の住む部屋のインターホンをためらいない手つきで押した桐島さんを一瞥する。
23時を回ったところなので、あまりいいことではないけれど殺人事件の捜査なので仕方がない。
それに時間が経てば立つほど出入りした人の匂いも薄まる。血の匂いはそうそう消えないけど。
夫婦はまだ就寝していなかったためすぐに応じた。
最初の聞き込みは玄関口でしていたので、部屋のなかを見せていただけますかという問いには非常に迷惑がられた。戸部がいた痕跡を探すためではなく、ベランダや部屋の間取りを見させて欲しいと桐島さんがごまかしなんとか中へ入る。
「すみませんね、詳しい間取りを調べられていなくて」
「え、管理人さんは」
「ちょうど今他の者が聞き込みしてますー」
冷静に考えればツッコミどころ満載だがふわふわっとごまかし、桐島さんがあえてあまり関係のなさそうなベランダの窓を開けると、夫婦のほっとしたような後ろ姿が目に入る。
「鬼塚さんの部屋とはキッチンの間取りがちがうんですね」
「え?」
俺はベランダと桐島さんに注目している二人の背後で隙をつき、キッチンの方へ足を進めた。するする、匂いが。まだきっちり嗅いではいないけど。
「間取りは同じだったと思いますけど!?もういいじゃありませんか!こんな時間に……」
「同じ?では勘違いかな……古川さんは鬼塚さんの部屋を見たことがあるんですか?」
流し台の下にしゃがみ、手袋をした手で収納扉に手をかける。
「!あ、ありませんけど、───反対隣の部屋には行きますから」
「小沼さんですね、非常に仲がよろしいと聞きました」
「そう、そうです、いつもよくしてくださってるんです……」
反応を見ればすぐに、後ろ暗いことがあるのはわかる。
が、実行犯かどうかはわからない反応だなあ。
バランスを崩したふりをして、フローリングに顔を寄せる。───うん。
それでも犯行現場がここだとわかったので、そっと立ち上がり桐島さんに目配せをした。
退室の合図だ。
「ベランダ見せていただいてありがとうございました、夜分遅くに申し訳ありませんが……現場の隣室ということもあるので、今後もご協力お願いいたします」
そういって桐島さんがしれっと二人に言い聞かせて、俺たちは部屋を出た。
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原作では朝まで警察呼ばないで粘るんですが、主人公的には呼ぶだろうなと思って早めに通報しました。
Nov. 2018