Sakura-zensen


春と走る 19

現金輸送車を襲撃する事件が起きた。銃を持った二人組の犯行で、現金二億円をケースごと奪い車で逃走。ガードレールに衝突した犯人の車が乗り捨てられているのが発見された。
それが事件発生から4時間後のことだった。
発見された車両の場所が俺たちの車内に流れて来ると桐島さんがはっとする。
「聞いたかおい!現場ここからすぐじゃねーか」
「ですね」
この日は桐島さんが運転席に座っていたので、俺はハンドルがきられるのを阻止できず、管轄外の現場へ直行する。
班長からは本庁に戻れって指示があったけど事件はないので急ぎのことではない。
犯人は遠くには行ってないはずで人手は大いにこしたことがない。
そして俺は追跡が得意ということもあって、ご機嫌な桐島さんにひっぱりだされることとなった。

雨降って来たし、相手は銃を持っているので気をつけないとな。
現場について車から降りるとぽつぽつと雨粒が頬を濡らす。
「桐島さん?花森さんも、どうしてあなたたちがここに?死人は出とらんでしょう」
「たまたますぐ近くにいたもんでね」
「桐島さん好きですよねーこういう派手な現場……」
追跡には当然警察犬も来ていて見知った顔がそこにある。
ミハイルと、パートナーの田村さんだ。
「あ、花森さん近づきすぎないでくださいよ〜!」
「え〜でもぼくも嗅がないといけなくて」
「余計な匂いつけられたら困るんですって。ミハイルで十分ですから」
二人が話している間にしれっと犯人が乗り捨てて行った車の匂いをスンスンしてたら気づかれてしまった。ミハイルが順番待ちなのか俺の後ろでおすわりしている。よしよしわしゃわしゃしたいけど一応職務中なので挨拶だけに済ませる。
「だけど田村さん雨降ってるから足跡の匂いを追うのは難しいでしょう?」
「ハハハ冗談でしょ、ミハイルは台風で暴風雨の時もちゃんと追跡しましたよ」
ミハイルは首筋でぷすんぷすんと俺の匂いを嗅いでる。
おまえは俺と犯人の嗅ぎ分けくらいできるもんね。
「ラルフも大丈夫ですよ、まだ若くて経験は浅いが将来有望なやつです」
もう一頭若い警察犬がいて、訓練士が得意げに紹介してくれた。
「何と言ってもこのミハイルのすごいところは人間の言葉を完全に理解できることですよ」
「この花森は理解できるだけじゃなくて言葉を話せますよ」
「アホな話をしてる場合じゃないでしょ!!」
現場の警備をしていた警察官が思わず突っ込んでしまうほどくだらないやりとりが続く。
犬たちと俺はとっくに匂いを覚えたところだというのにまったくもう。
「あれ、もう一頭いるけどあの子は」
「ああユルゲンか、あいつは十七歳の高齢犬で本来なら引退しているんですが」
田村さんが俺の視線と疑問に気づいて、もう一頭の警察犬を紹介してくれた。
訓練士さんは女性の方だった。
「ユルゲン?前にシゲさんから聞いたことあるぞ、確か捜査員を引き連れてメス犬のところに案内しちゃってクビになった犬だろ?」
「クビになったんじゃないわ!!自ら引退を表明したんです!」
桐島さんはなにやら訳知りだったようだけど、残念な内容だったので訓練士が熱く反論した。
どうやら今日活躍して汚名返上したいそうだ。余命にかけて。

人間たちがなにやらもめている間にユルゲンは女性鑑識の尻を嗅ぎに行っちゃったので、田村さんも桐島さんも呆れている。
「もういいからユルゲンは骨折に気をつけてウォーキングでもやってろ。行くぞミハイル!追え!」
「ラルフ、ゴー!」
ミハイルとラルフはダッと駆け出した。
それを見た俺も桐島さんにゴー!と言われたので思わず走り出してしまう。
「あいつら速ぇ───って、お前もっと早く走れるだろ」
「へ?ああ、まあハイ」
適度な速さで追いかけて走ってはいたが、どうやら桐島さんはご不満のようだ。
「ミハイルとラルフがしっかり追ってますし、彼らの仕事を邪魔するのはよくないですし……」
俺たち一応管轄外で首突っ込みに来ただけだし……と口に出さずに言い訳を付け足す。
「バカ、お前の仕事は犯人確保だ。ほら、ユルゲンがすげー勢いで追いついて来たぞ!」
「ユルゲンったらなんか急にものすごくやる気が出たんです!昔の勘を取り戻したって感じです!!」
あははと笑ってお先に!とユルゲンとともに去って行った訓練士さんの行く末を見て俺は思わず足を止めた。
「あっち違うのに」
「どうした?」
「匂いは公園の中に続いてますから逆です。連れ戻してあげた方が」
「いい、ほっとけ」
桐島さんはユルゲンを追おうとした俺の手をぐっとつかんで、公園の方へ向かった。
公園を抜けたところで、ラルフにだけは追いついた。あらら、ミハイル先に行っちゃったんだ。
どうしてラルフは置いてかれたのかなと思っていると、なにやら一般人───ではなく俺たちとは反対方向に本職っぽい人とでっかい犬がいて、ラルフはそれに気を取られているらしい。
「あらら〜」
「まだまだ青いなあいつ」
ヤクザ犬の挑発に乗って事件のことを忘れてしまうあたりその通りである。桐島さんと俺ももう事件優先で彼らのことを置いて行くことにした。
「しかし次々と脱落する中でさすがにミハイルはすごい集中力だ、どこまで行ったかもう見えねーよ」
「ミハイルはすごいやつです!」
「なんでお前そんな一方的な友情築いてんの?」
「えっ、い、一方的じゃないもん!ミハイルとは相思相愛ですう!」
「あーはいはい、ほら、走れ」
桐島さんが俺の戦友を褒めたので嬉しかったのだけど、呆れられてしまった。

ミハイルが先にたどり着き、俺たちが後から行った場所は白新工業の工場跡地。応援を呼んでるが来るまでにおそらく時間がかかるだろうし、騒ぎも大きくなるはずだ。
匂いは濃くなっており、必ずこの場所にいるというのがわかる。
「───います、まだ潜んで」
「え?」
桐島さんの腕を引っ張ってひそひそと話す。
田村さんにも聞こえたようで、目を丸めた。
「ミハイルは止まっています、いるなら知らせるはずですよ」
「いえ、この奥のどこかに必ず隠れてます」
「ええ!?」
「ホントか!?」
「おかしいな、ミハイルにわからないはずはないのに……なんで?」
「そうです!考えられませんよ」
「んー、───なるほど」
じいっとミハイルを見つめて感情を読む。
俺はね、なんとなく犬の気持ちがわかるんです。
それに今日聞いたことを加味すれば容易に想像がつく。
「ユルゲンを待ってるんだね?」
「はぁ?」
桐島さんは意味がわからないと言いたげだったが、田村さんは少し感動したようにミハイルを見つめた。
ミハイルは遊びたい盛りの子犬の頃、引退したユルゲンと一緒に過ごしたそうだ。ユルゲンは気が向いた時は遊んでやった。代わりに子犬用ドッグフードを横取りしてたらしい。なんもいい話じゃないけど雰囲気にのまれて目頭が熱くなる。
「ここは待ってやりましょう!」
「待てません」
「あ、桐島さん来ましたよ……ラルフが」
田村さんはずるずる泣きながら震えたけど、桐島さんは冷たい。
そんなところに追いついて来たのは先ほどヤクザ犬に遊ばれていたラルフだ。もうみるからに落ち込み、とぼとぼとやってくる。
話を聞いてみると、相手の犬は相当な役者で、喧嘩には一切手を出さずに軽くあしらったくせに、オーバーに足を引きずって怪我を主張。一緒にいた強面の飼い主が「警察が善良な市民に怪我させていいんかい」と凄んだ。訓練士は示談にしてやると言われて所持金1万5千円ふんだくられて帰って来たという経緯だ。かわいそう。
その話を聞いている間に今度はちゃんとユルゲンがやって来た。
自力ではなく、訓練士の女性に引っ張られて、だ。

かっこ悪いけど仕方ない。ミハイルがかっこいいので仕方ない。
ユルゲンに花を持たせるべく、追跡させたが何をやってるんだか忘れて股間を舐め、その後意味ありげに穴を掘って誤魔化すなどして田村さんに再び呆れられた。
ミハイルにもうあきらめろ、と言い聞かせていた瞬間ユルゲンははっとして吠えたと思えば走り出す。
本当に犯人を嗅ぎつけたようで、田村さんがそういうと桐島さんも走り出した。
「桐島さん、相手は銃を持ってるんですよ!応援を待たないと!」
「だからこそここから逃がすわけにはいかねーだろ!」
ユルゲンと桐島さんに続いてミハイルと俺も追いかけた。さすが現役の警察犬ミハイルは速い。思わず俺も本気を出して桐島さんたちに追いつく。元忍者も速いのである。
一番にたどり着いたユルゲンに驚き男が二人慌てて出て来たところだった。
「ひいィィィ!!犬だ!!」
「シッシッ」
「おいっ!!そこで何してる!!」
最初は犬というものにビビっていた男たちだが、俺たちの姿を見つけると途端に青ざめる。
明らかに聞いていた犯人だろうけど、まだ確定ではないので桐島さんがマニュアルっぽい声かけした。
「くっ、くそォォォォ!!おらァアア!!」
一人がジャンパーのポケットから銃を取り出し、こちらに向ける。震えていて、照準は定まっていない。
「!!やめろっ……!!」
誰に当たるかわかったもんじゃないそれに、桐島さんたちは思わず足を止めた。
俺は逆に足を止めず、身を屈めて突っ込み銃を持った男の懐に入って腕を掴み、照準をそらした。
普通は桐島さんたちのように足を止めて犯人を刺激しないのが正しい行動である。が、あの様子だと発砲するだろうと思ったし、ギリギリ追いつくと思ったので突っ込んだ。
一度空に向かった発砲したため、銃声が響く。
銃を所持した男は俺に追いつかれたことと銃を発砲した衝撃で呆然としていた。
銃声を皮切りにして、桐島さんとミハイル、ユルゲンが飛びかかる。
桐島さんは銃を向けずに逃走しようとした男を蹴り、ミハイルとユルゲンは俺が取り押さえた男の、銃を持った腕に噛み付いた。
俺は犯人を二頭にまかせ、取りこぼした銃を拾って回収しに行く。

小雨と走ったせいで汗をかいて濡れた髪の毛をごしっとぬぐい、銃を警察官に預けた。
「花森さん大丈夫なんですか?撃たれたり……」
「いえ咄嗟にそらしましたので」
「肝が冷えましたよ!!一人で突っ込んでいくんですから!」
「アハハ」
田村さんが桐島さんとミハイルに制止の声をあげつつ、俺の心配までしていてとても忙しい。
ミハイルとユルゲンと桐島さんは、犯人を駆けつけた警察官たちに任せて俺のところまで戻って来た。
「ワンコ……!」
「あ、桐───ミ〜ハ〜イ〜ル〜」
駆け寄ってくる桐島さんだったが、ミハイルが一番早く戻って来たのでついしゃがんで手をぱっと開く。え、だって、ほら、もう仕事終わったし。
ようしようし、わしゃわしゃ。
「心配しなくても怪我してないよ」
抱きしめると後頭部に耳がぴるぴると当たる。
ミハイルも俺も濡れてしまってるのでいいか、と思う存分抱きしめた。
「……怪我してねえだろうな、バカ」
「はい、ちゃんと間に合いましたよ」
俺とミハイルの抱擁で勢いを失った桐島さんは、ゆっくり近づいて来て俺のおでこをべちっと叩いた。
発砲は発砲だし……班長にもたっぷり怒られそうだなあ〜。



next

田村さんは鑑識課警察犬係と紹介されてるんですが他の人は訓練士さんということにしてます。
ちょっとごくせん混合も考えててヤンクミ同級生とかにしてテツさんとも顔見知りにしたい気持ちもあったんですけど、よく考えたら話広がらないな?と思ったのでボツです。
ミハイルとはなかよぴ。
Nov. 2018

PAGE TOP