春と走る 20
「おう門馬───ありがとうねー、頼んでもいねーのに部下をうちの事件に派遣してくれてーそちらさんよっぽどヒマなんだねー」と、強盗班の江頭さんにイヤミを言われたうちの門馬班長は、俺と桐島さんを机の前に立たせてお説教スタートした。
「ヒマか?お前らだけヒマなんか?」
「……いえ、それほどヒマじゃないですけど……」
「知ってるわァ!こっちも事件しょってんだよ!!」
へくしっとくしゃみをして顔をそらしたので返事は桐島さんに任せた。
「しかも拳銃所持の相手に勝手に突っ込みやがって!!花森!危うく撃たれるところだったって聞いてるぞ何やってんだよお前は!!」
「構えた途端突っ込んでったんですコイツ……」
「ふえ、うえぇ」
お鼻がずるずるするので、近くのデスクからティッシュ取ってもぞもぞ拭いていたところ、桐島さんがなんだか火に油をそそぐというか、もっと叱ってくださいと言わんばかりに詳細を話した。
「銃を構えた人間を刺激するんじゃねえ!」
「もうぢわけあいません」
ぶびーと鼻をかみながらぐぎゅーと目をつむる。
俺は最初応援待とうって言ったんですよ、と言えなかったけど班長は桐島さんと俺の性格を知ってた。俺の行動には怒ったがそもそもの責任は桐島さんにあるとして、先に席に戻れと解放された。
「すごい調子悪そうだね、風邪ひいたんだろ」
「ん"ん"、そうなんです」
席に座ったところを、小松原さんがこっちを見ていて声をかけてきた。
声が出しづらいため喉を鳴らしてから答える。
柳さんは昨日雨の中走り回ったからだろうと指摘するが、同じく走り回っていた桐島さんが元気なのでそれだけではないかもしれない。
俺の抵抗力が落ちてたとか、着てた服が悪かったとかさ。
一日微妙な風邪っぴきの俺をみた班員たちは大丈夫か〜と声をかけてきてくれた。
ただ、その度に桐島さんの方を一瞥して昨日の勝手な行動のせいだろ、とチクチクさす。
さてはそれをしたいだけだな?風邪を引いてるのは自己管理能力の欠如です〜。
そのたびに言い訳して、俺のせいで桐島さんが怒られる現状をどうにかしたかったが、なんだかあまり良い雰囲気にならない。
班長とその他全員にチクチクされ、俺がずびずびしてたので、桐島さんはその日一日なんだかおとなしかった。
俺は途中で体温の上昇を感じ、夕方には怠さと奮闘して仕事を終えた。
「ワンコ、ちょっと。……ああ、少し熱があるんじゃないか?」
柳さんが急に手を伸ばしてきたのでステイしてると、てのひらがぺたっと俺の顔に触れた。熱を計測しているみたいだ。
熱があるのは自分でもよおくわかってますっての。
「今日はアイス買って帰ります」
「まっすぐ帰れよ」
「熱の時ってアイス食べたくなるよな」
小松原さんは同意してくれたが柳さんはため息をついている。
「車で送ろうか?お前電車通勤だったろ」
「はい、いや、いえいえ」
後から指摘されたことにまず頷いてしまったが、その前の提案には後からぷんぷん首を振る。
あ、でも、電車はしんどいかもしれない。一瞬考えてしまい、完全に断りきれない態度でいたところ、桐島さんが俺の襟をくいっとひっぱった。
「俺が送ります」
「───そうだな、じゃあお大事にワンコ」
すっかり飼い主認定を受けてしまってる桐島さんが世話を立候補したことにより、みんなあっさり帰って行った。
「実家暮らしだっけ」
「はい」
「じゃあ薬とかはあるか?アイス買ってくか?」
「え、ああ大丈夫ですよ」
少しだけひんやりするシートによっかかると、気が抜ける。ようやく帰れると思うとつい。
シートベルトを装着する音を確認して、桐島さんは車を発進させた。
「家の近く入り組んでるので……」
「ああまあ、なんとかなるだろ」
住所を告げるとだいたいの道を想定できるらしく運転は順調だった。
家のまわりはまさに住宅街って感じだし、いっそ近くでおろしてもらおうと思っていたのに俺はまんまと寝落ちした。
寝ていても、桐島さんが俺に眠ってるのに気づいた声とか、まあいいやっていう声とか、やべえ迷ったというつぶやきは聞こえている。
あ〜起きなきゃ……と思うがどうやら思った以上に身体がしんどかったみたいでなかなか浮上できない。
途中、車を停めてどこかへ出て行ってしまう。
「き、……あ」
おそらく探しに出てくれた。そこまでさせるのは申し訳なくて、はっと目を覚ます。
バタンとドアが閉まった音と外にある背中に、声は届かず、置いてかれる。
幸い見える範囲のところに人がいて、そこで桐島さんと話をしてるのが見えて外へ出た。
見てみると、家のわりかし近所だったのでここからは歩いて帰ろう。
「きりしまさー……ん」
「兄さん」
「あれ、二助?」
桐島さんが相対していたのは弟の二助だった。高校から帰ったところみたいで、制服を着てる。
「どうして送られてきたの?なんかあった?」
「ああちょっと熱で」
二助は小首を傾げたので素直に答える。
鼻が効くので俺の相棒である桐島さんのことはおそらくわかってるだろう。けど一応紹介しておこう。
「先輩の桐島さん、弟の二助です」
「あ、ああ……聞いたけど……兄っていわなかったか」
「まさか桐島さん、兄さんのこと女だと思ってたんですか?」
「え、そ〜なの?でも俺挨拶の時班長たちに───あ!」
うっかりド忘れしてたけど、桐島さんその時寝てたんだ。
事件があってうやむやになって、男ですって言いそびれて……。
「そうだそうだ、みんなが面白いから黙っとけって言ってたな」
言ってたというかそういう顔をして止められたので、そのまんまにして、忘れてたというかいつか気付くだろうと思ってて。
「……とっくにわかってるもんだと」
後頭部をカリカリして、桐島さんをみる。呆然と固まってしまって、いやわかんねーよとこぼした。
母の趣味がすごい出た外観の家に入るのを、二助はこっぱずかしいでしょうと桐島さんに言ってたけど、俺は別に、『お母さんの趣味』だしなと思って恥ずかしさを感じない。
「兄さんのも母の趣味ですから」
「あー……へえ」
ちらっと俺をみる。庭でマリーアントワネットみたいにしてた母を見て顔が引きつってたが、その人とはテイストが違うだろう。
「さすがに白いひらひらは無理なので方向性は変えてもらってます」
「普通にことわれよ」
「家では普段着ですよ」
「なんでだよ……逆に家でだけ着てやればいいじゃん」
内装も結構アレなんだけど、二助や俺の部屋はごくごく普通の男の子の部屋である。
仕事から帰ってきた父までいて、なんか家族全員見られることになりちょっと恥ずかしさはあったが、部屋に案内して待っててもらう。
一応先輩の目の前で着替えるのはな〜と思ったので二助の部屋で着替えた。
二助も制服を着替えるところだった。
「あ、お茶届いてました?よかった」
部屋に戻ると母に頼んどいたお茶が桐島さんに出されていた。
ボーダーのTシャツとグレーのリラックスパンツで顔を出す俺に、桐島さんは一瞬目を見開いたけどいつもの格好の方がおかしいので、でかいリアクションはない。
「兄さん入るよ?」
「ん?どうした」
二助は部屋のドアをノックしながら開けて顔を出す。部屋に入ってきて、向かい合う桐島さんと俺の間に座った。
「おやつならリビングにあると思うけど」
「そうじゃなくて、兄さん風邪ひいてて辛いから送ってもらったんでしょう?僕が桐島さんをもてなすから寝ていたら?」
「ああ、これ飲んだら帰るし、気にせず寝ろ」
珍しいなあ二助が用もなく俺のところにくるなんて、と思ってたがそういう理由があったわけか。
年頃の男の子だし元がクールなので普段そっけないが、家族に優しい良い子である。
「ありがとう二助、でも大丈夫だよ」
「ん、じゃあ俺は帰るから……明日も体調悪いんなら気にせず休め」
「はいありがとうございます」
さっさと立ち上がった桐島先輩にならって俺と二助も立つ。
「見送りは僕がするよ」
「えー」
「おう、寝ろ寝ろ」
そう言って二人に追いやられ、俺は部屋に置いてかれた。まあ、いいか……。
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二助くん出す目標が叶いました。ずっと、このタイミングで性別判明させようと思っていて……。
Nov. 2018