Sakura-zensen


春と走る 21

僕の家族は変な家族だと思う。
母の趣味は一言で言えばマリー・アントワネット。いつもドレス着て髪の毛アップしてる。家の外観なんかもすごくて、白いバラ園に、ブランコ、ウサギのオブジェなどが置かれている。男としてはこういう家に入っていくのには抵抗があった。
父は犬並みの嗅覚を持つ。お調子者で、運動オンチ。僕や兄にその嗅覚は受け継がれたが全くそれを生かしている風ではない。異様に鼻が効くただの人だ。

「バラの手入れって大変なんだよ、すごいよね」
「人は匂いに対してとてもナイーブだから、あんまり言っちゃダメだよ」

母の趣味で女装させられ、父の全く手本にならない姿を見ながら、僕に色々注意事項や鼻の生かし方を教えてくれたのは兄で、おそらく兄がいなければ僕はもう少し大変な思いをしただろう。

兄は嗅覚と女装と折り合いをつけながら、医者になる道を進もうとしていた。それが一変したのは彼が中学生の時で、何か事件に巻き込まれそうになって助けられたことにより、警察官を目指すようになった。
子供みたいに、嬉しかったと話す様子を見て、そんなに良いものなんだろうかと疑問に思う。
警察官になればこの鼻は存分に生かせる、と語るので、僕もその時に興味が湧いた。

医者を目指していたほどだから、キャリアで入れば良いものを、すぐに実践に就いて経験を積みたいとあっさり警察官になった。
僕の鼻は兄ほど研ぎ澄まされてはいないし、それなら僕はやっぱり兄が目指さなかった方から警察官になろう。
いつだって兄には追いつけない、兄のおかげでここまでこれた、という思いがあるので少し対抗してみたい気持ちがあった。それになにより、兄が配属されたところに問題がある。
前の警察署から警視庁の捜査一課に配属になったのは喜ばしいことだけど、その班の人たちにえらく懐いてるみたいなのだ。
特に桐島さんという相棒の話はよく名前が出てくる。そして匂いもついてる。

「警視庁の、桐島さんですよね」

ある日の放課後、道端で話しかけられた若い男性から、桐島さんの匂いがした。───この男だ。
僕はすぐにわかった。しかも桐島さんには兄の匂いがたっぷりついている。
名前を言い当てられた桐島さんは驚いたが、僕が弟であることを告げると直ぐに納得した。
けれど僕が言い当てた理由がわからない桐島さんは不思議そうにする。僕は兄の臭いがすると指摘してやろうと思ったが、それよりも間近に兄が来ているのがわかった。
「きりしまさー……ん」
「兄さん」
「れ、二助?」
兄は僕に今まで気づいてなかったみたいだ。直ぐそばに停めてあった車から降りて来た兄を見て、ここまで桐島さんに送ってもらったことは理解した。ただし理由はわからない。何か怪我でもしたのかもしれない、と問い詰めると熱があるとのことだ。
珍しい、体調を崩すだなんて。
見た感じではけろっとしてるし、僕は生まれてこのかた兄がしんどそうにしてるところなんて見たことがないので、今もそこまで重症ではないんだろう。
律儀に桐島さんと僕を紹介した兄だったが、桐島さんは何か聞き捨てならないことがあったらしく、深刻そうな顔をして兄を指差した。
「……兄って言わなかったか」
「まさか桐島さん、兄さんのこと女だと思ってたんですか?」
女装姿の兄は、奇抜な格好ということを除けば違和感がないので、女だと思うのも仕方がない。声だって低いはずなんだけど、不思議と何も思わなくなるのだ。

兄にたっぷり匂いがつくくらいには一緒にいるくせに、気づかないのは少々滑稽だ。
きっと彼は兄を『女性としてみていた』のだろう。これで一気に関係が変わるかもしれない。
家に寄ってお茶を飲んだ桐島さんは体に障るからと直ぐに家を辞した。僕は見送りついでに、話をしたかったのでついていく。
「別に見送りなんていいけど」
「いえ、兄の代わりにさせてください」
にこっと笑って押し切り、リビングの前を通りかかる。
父と母の呑気なやりとりを見つつも桐島さんは携帯にかかって来た電話に出た。小松原と呼ばれたその人は兄の話に少しだけ出て来たことがある、たしか桐島さんよりも後輩の刑事だ。
事件があったらしい会話を父も聞きつけてよってくる。
ついて来たがってる父を表情ひとつ変えずにかわして、さっさと車に乗ってしまった。
僕はまだ桐島さんに聞きたいことがあったし、事件というものも気になるので助手席に滑り込み手早くシートベルトを装着した。
「行きましょうか」
「降りれ」
「僕、事件の捜査にすごく興味があるんです。兄の分までお役に立ちますよ」
「別にいらねーよ」
さすがにこれだけじゃあ、車を出してくれそうにないな。
「───兄のこと、知りたくありませんか?」
「は?」
「なぜ女装してるのかとか、あとはどういう恋愛遍歴があったかとか」
「二助、テメーそんな理由で捜査に連れてってもらえると思ってんのか」
「好きなんじゃないですか?兄のこと」
「……は?───男だろ」
手がピクリと動く。どうやら図星だったようだけど、性別を知って直ぐに心の整理をしたみたいだ。
これ以上言うと、逆効果かもなと思いつつミラーに映る人影を認めて慌てた声をこぼす。
家から出て追いかけて来たのは、兄ではなく、父だ。
鼻は効くが、兄と僕ほど適応力はない、厄介な相手。
「早く車出してください、父がついてこようとしてますよ」
少々怒られたが、父の危険性を真剣に語ると、もうちょっと怒られた。
けれど、僕は事件現場についていくことに成功した。

「車からぜってー降りんなよ」
「はい」
「で、なんであんな格好してんの」
道中暇なのか、やっぱり気になっていたのか、桐島さんは兄の格好について尋ねて来た。兄に聞いても母の趣味としか言わないそうでよくわからないのだとか。
正直僕も母の趣味がきっかけで、そのままずっと、ということしか本人の口からは聞いてない。
「僕も兄もいい年してますので、母に服装を強制的に決められることはないんですけどね」
「じゃあなんなんだよ」
「刷り込みとか思い込みじゃありませんか?けして趣味じゃないと思いますよ」
「今日見た部屋着のがだいぶマシだったぞ」
「女装は便利だとか言ってますけど」
「どこがだよ」
「いえ実際便利です。兄はああいう人なので、性別不明にしておかないと余計な虫がつきそうじゃないですか」
「……余計な虫」
「あれなら女性にはなかなか好かれないし、男に好かれても性別を知らないで好きになった場合が多いのですぐ諦めはつきます。───ですから便利なんです。もちろん兄にその自覚はありませんが」
「兄さんのぶんまで性格悪いな、お前」
桐島さんのことを遠回しに言ったつもりは、ちょっとだけあったが単なる持論のつもりだった。
横目で少し睨まれつつも、涼しい顔で道ゆく人を眺める。
「兄は懐っこく見えて、実は一線引く人なんです。つまり家でしか本当に心を許してない」
「そりゃ家族だから心許すだろうが。これから先はわかんねーだろ」
「あれ、諦めてないんですか?」
「そうじゃねーよ、けど」
「兄さんはあげませんから」
桐島さんはぎょっとして僕を見たけど、すぐに運転のために前を向いた。



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二助くんをもっとブラコンにしようと当初は考えてたんですけど、影でブラコンもSUKI……って思ったので。
でも主人公にもそっけないんじゃなくてかっこつけているというか。
あと桐島さんの前だからいい子ぶってる部分もあって、家族だけだともうちょっと口調はラフになります。
Nov. 2018

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