春と走る 22
思いがけずして知った相棒の性別は自分と同じものだった。それはあまりに驚くべきことで、そしてなぜかしっくりきた。
「どうりで普通の女とは違うと思ったんだよ」
桐島は家に帰って一人ごちる。
女性に不自由した覚えはなく、交際経験もそれなりにある。今はその付き合いを持続させるのが面倒という思いもあったが、一人だけつなぎとめて傍にいたい人物はいた。
同じ班の後輩でいつもそばにいるから、寂しいとか言われて時間を作らされることにはならないとか、仕事上言えないことにも理解もあるとか、話がしやすいとか、そういうのではなく。
学力は低くないはずなのにどうも足りないところがあるところ、素直なところ、いつも笑顔なところ、たまに豪快なところ、花森を構成するすべてが好きだったのである。
いい雰囲気になっても、告白じみたことをしても、さりげなく身体に触れても、鈍感すぎてどうしようかと思ったが、男であったのなら頷ける。
本人は男同士のつもりで、桐島も承知してると思っていたのだから、そういう方向に思い至らなかったに違いない。多分。
───と、桐島は納得することにした。
とにかく後輩の性別をようやく理解し、班員に今まで騙されていたことを知って恨み言のひとつをこぼしたい。当日は事件現場に呼ばれて駆けつけたが、の弟が付いて来ていてそれどころではなかった為ぶつけられなかった不満だ。
「なんだキリ、今の今まで知らなかったのか」
重村や、和田、門馬班長などは最初口止めしたことなど素知らぬ顔で桐島に返して来た。
「そうだろうと思ってたけどな」
「ワンコは女の子にしては可愛さが足りないでしょー、ここでオジサンばっかり見てたからですかね?」
柳や小松原には笑われ、桐島は眉を顰めた。
「で、そのワンコは今日どうした?」
「まだ出勤してないんですか」
「今日は休むってよ」
柳の問いかけと桐島の疑問に門馬は答える。
昨日発生した事件の捜査が今日から本腰入れて始まるが、がいなくとも問題はない。
桐島は柳とペアを組んで回ることになった。
「ショックだったか?」
「は───いえ、別に?皆が隠してたくせにそのあと放っておかれてたことはひどいですけど」
車の運転中、柳が振って来た話題は、桐島とについてのことで、一瞬理解できなかったがすぐに返す。
性別を知って驚き、多少動揺したものの、もうすっかり落ち着いていた。今は呆れの方が大きいが、それは班員に対してもだし、自分に対してもだし、性別をうやむやにして生きているに対してもだ。
「俺はてっきり、気があるもんだと思ってたからな」
「ありましたけど、ちょっとは」
ぶっと笑った柳を運転中に一瞥する。
「もうこの件に関しては、面白がんないでくださいよ」
「面白がる?どこが?」
「だから……ワンコに甘いでしょ」
今まで思わせぶりな発言、特にに対して気があるようなそぶりを見せていたのはひとえに、からかっているからだと思っていた。
柳は桐島の答えに、今度は声をあげて笑った。
「俺は最初からワンコの性別を知ってた上で好きなだけだけど?」
「ええぇ!?そ、それはどういうい意味で……!?ちょっと」
「前向いて運転しろよ」
遊ばれているのだか本気で言ってるのだかわからず、しかし真意を確かめる暇もなく桐島は再び運転に集中した。
捜査中、昨日現場に入れてしまった二助が時折電話を入れてきては、自分たちの先を行くことばかりいうのでそれどころではない。
それにしても捜査権限のない一般人の男子高校生、未成年に対し、関係者の対応が甘すぎる。
なにより本人の詰めも甘い。一人で殺人事件の容疑者を調べて入れば、目をつけられてもおかしくはない。
刑事よりも先を読み動けば動くほど、注目されて危険度は増す。
二助からの3度目の電話では真犯人がわかったというものだった。桐島の説教にも耳を貸そうとしない。
警察側でも3名の容疑者の中から1人浮上しており、その人物に会いに行くところだった為もうやめろと伝えると、電話口の向こうで二助は笑う。
『遅いですよ桐島さん』
「なんだとコラァ!!」
『実はですね、この事件にはもう一つ裏があります、真犯人は───!!あ、あなたっ……!!』
兄さんに言いつけて叱ってもらいてえのか、と言いかけた桐島だったがそれよりも電話の向こうの様子がおかしい。
二助の慌てた声に続き、殴打される音、短い叫び声、その後電話はすぐに途切れた。
掛け直しても一向に出る気配もない。
「どうした?」
「叫び声がして切れました……」
「おいまさか、犯人に襲われたんじゃないのか」
危惧していた自体になり、桐島は今から訪ねる予定だった容疑者の家のインターホンを押す。
不在であれば、二助を襲った可能性は高い。今しがた電話で彼は、もうすぐ家につくところだと言っていた。
「あ、刑事さん、どうしたんですか?まだ私に何か?」
容疑者の1人、大野という女性は刑事が訪ねて来たことに純粋に驚いた様子でドアを開けた。
どう見ても、人を一人襲ったとは思えない態度だ。
柳も桐島も一瞬言葉に詰まってしまう。
犯人は大野だろう、と電話口で確認した時の二助の様子は、あざ笑う様子だった。つまり犯人は他にいる。
柳と桐島は二助が何を聞いたか、そして大野が何を答えたのかを聞き、本当の犯人にたどり着く。犯人は容疑者の1人、坂口という男だった。
桐島は急いでの携帯に電話をかけ、二助のことを告げた。柳は門馬への報告をして、応援を要請している。
『二助がさらわれた可能性がある!?』
「熱あるとこ悪いけど、家の近く見て回ってくれねーか」
『はい!』
電話口ではが驚きつつもすぐに動く音が確認できた。
『何分前の出来事ですか?』
「5〜6分だ」
『了解』
弟は兄よりも口達者に色々と発言する様子が目立ったが、適応力は抜群に兄の方が上だと桐島は実感した。二助はやはりまだ子供だ。
匂いを嗅ぎつけたはすぐに行き先をある程度予測して桐島にナビする。
家からそう遠く離れていない為、はたやすく二助の匂いを見つけて追った。一人で行くなと言いたいが二助が始末されるかもしれない可能性を考えるとそこまで冷酷なことは言えない。
は十分冷静に、二助が連れ込まれたと思しきマンションの名前も桐島に報告を入れていたので応援は呼べる。
自殺に見せかけるとしたら屋上だろうと階段を駆け上がっていると先を行く人の足音が聞こえた。それはおそらくのもので、電話はすでに切られていた。ここまで来たら、もう待てをいう暇もない。
「二助!」
屋上のドアが開く音がして、外からの声も聞こえる。
「なに?誰!?」
「お兄ちゃん!!」
驚いた坂口と二助の声がする。桐島は急いで階段を駆け上がる。あと少しでたどり着くというところで、が外に出て行く瞬間が見えた。
「───お前が坂口だな?」
「ワンコ……、」
「なんで兄ちゃんなんか出てくるんだ、お前どうしてここがわか、ぐあっ!」
桐島がようやくドアのところに出て来た時に見えたのは、坂口がにおそいかかろうと走ってくるところだった。
危ないと言いかけたが杞憂に終わる。
駆け出したは掴みかかろうとする坂口の腕をかわして、勢い良く殴り飛ばした。
長い髪が舞い、頬にさらさらとかかる。髪の隙間から見える横顔は綺麗で、鋭い眼差しをしていた。
「───ああ、これだ」
桐島は華麗なストレートを見て、赴任初日に見た光景を思い出した。
今までだって何度もあの光景を反芻している。
「桐島さ〜ん、確保お願いします!」
「おー。無事だったか、二助」
坂口に手錠をかけて逃さないようにしてから、後ろ手に縛られ頭を怪我している二助を見下ろす。
かわいそうだがほとんど自業自得だ。
「……遅いですよ桐島さん」
「お前はキャリアになる前に少しは体鍛えろな、兄貴ほどとは言わねーが」
生意気だが今の二助には何をいわれても腹が立たない。
その横で、はゆっくりしゃがんで二助の前髪を上げて患部を見る。
「あ〜血ぃ出てる。勝手に首突っ込んで、一人でフラフラしてたんだって?」
ぞんざいな口ぶりだが、優しい手つきで顔を包むに、二助はそっと目をそらす。
桐島にもからかわれ、には呆れた顔をされたので不機嫌そうにむくれた。
「───ばか……心配したんだぞ」
「、……」
しかしが心底安心したようにうなだれて抱きしめてくると、絶句して固まってしまう。
クールなふりをしているが、二助は実のところに心底弱いのだ。
桐島はすでにそのことを知っていたし、前途多難な道に足を踏み入れた気がして遠くを見る。
程なくしてサイレンの音や応援が登ってくる足音、人の声がして職務を全うすることにした。
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事件の詳細は割愛です。原作読んでみてね、おもしろいので。……あ、犯人のネタバレだこれ。でも書いてないオチとかあるから楽しめるはずです。
どうも桐島さんは一人称しづらくて三人称ですが、二助くんは一人称というブレブレな書き方ですみません。
桐島さんは惚れたきっかけに気づいたので惚れ直してます。
柳さんはそのうち……考えておきます(まだ考えてない)。
Nov. 2018