春と走る 23
「あ、重村さんだ〜」
「どこ」
街中で一人ベンチに座っている重村さんを見つけたのでぽつりと呟く。
桐島さんはまだ見つけてないみたいで少し体を傾けてこっちに顔を寄せ、ひそめた声で問いかけてくる。指で指し示すのではなく方向、距離、ベンチに座っていることを内緒話で教えてあげた。
それから重村さんの方を一緒になって何気なくみてみる。
重村さんの少し離れたところに座っていた中年の男性が立ち上がって、彼にそれとなく挨拶して去っていった。
「よお」
「こんにちは」
「すぐ本庁に戻るぞ」
「何かあったんですか?」
声をかけて来た重村さんに普通に挨拶するが、そんなんどうでもいいみたいな案件が起こったらしい。
「鳴海が日本に帰って来てるらしい」
「鳴海って……あの鳴海光二ですか!?」
桐島さんはすぐに思い至ったらしく目を丸める。
鳴海は知らんが、さっきの男はおそらく重村さんにそういう情報を垂れ込んだ人物なのだろうとわかった。
班長曰く、海外に逃亡していた元狸腹組組員、鳴海光二は2年前対立する暴力団組長を自宅前で射殺した。その際バイクで通りかかった青年が流れ弾に当たって死亡している。
犯行は計画的で逃走経路を確保していたため現場から空港に直行、偽造パスポートで出国。
警察が犯人を特定して指名手配した時にはとっくに国外に行っていた、というわけだ。
ホステスをやってる恋人、村上ちひろについては所轄が張り込みしているためその他やつの立ち寄りそうなところをくまなく聞き込むように俺たちは指示をうけた。
奴の立ち寄りそうなところって馴染みの蕎麦屋とか?そんなんあるの?捜査資料を見つつ聞き込み場所をピックアップしてるが、桐島さんの指示で一度なんの変哲も無い公園に立ち寄った。
そこにはビーグルをだっこしたおじさんがいた。おじさんの名前は田村大二郎、まだ31歳の独身だそうだ。見た感じ50歳くらいなんだけどな。だっこされたビーグルは田村麻呂、田村さんと16年前に会った時にはすでに成犬だったそうなのでかなりの高齢だろう。
田村さんは自称桐島さんの情報屋だそうで、10年前桐島さんが高校生だった時彼の同級生に田村さんと田村麻呂がイジメられてたところを助けてやったのがきっかけで、恩を感じてこうなったらしい。
桐島さんは別に頼んでねーし、役に立つ情報もらったこともねー、情報屋は仕事じゃねーからちゃんと職探せと言いつつも鳴海光二について何か情報を持ってないか聞いていた。
田村さんは桐島さんのこと好き好きって感じだし、桐島さんもなんだかんだ信用してんだなあ〜。
「鳴海の女なら知ってますよ、女の住所調べましょうか?」
「いやそれならもうわかってるんだ」
「なんだ、じゃあもう女の部屋は張り込んでるのかー」
鳴海が帰って来てると聞いて、マジ!?と驚いてたくらいなので田村さんは何も情報を持ってないみたいだ。
「やっぱあいつ使えねーな」
そういいつつも桐島さんは落胆してる様子はない。なんだか気持ち良い関係にみえる。
すぐ怒るし手も足も出るけど懐に入れた相手に対して愛情深いんだよな、この人。
「いい人ですね、先輩の情報屋」
「……ああいうのを情報屋にすんのはやめとけよ」
「ははは」
翌日、村上ちひろに尾行を撒かれた。
昨夜までは張り込みに気づいた様子は全く無く、夜のうちに何らかの情報を仕入れたのではないかという報告だった。
また昨夜、大瓦町の飲み屋で鳴海の目撃情報があり現在周辺の聞き込みに捜査員が当たっている。飲み屋で目撃された時、鳴海には田村という男の連れがいたらしい。仲間内では「ビーグル田村」とも呼ばれているそうで、俺は昨日会った田村さんと田村麻呂を真っ先に思い浮かべた。
隣の桐島さんの雰囲気が少し変わった気配がする。
班長も田村さんのことを知っているみたいで、桐島さんを見る。
「……お前、その時田村に女の家の張り込みの話したか?」
昨日の昼に会ったと答えた桐島さんに班長は目を細めて聞く。
「話しました……それじゃまさか、あいつが?」
「まあいい、今それは言ってもしょーがない。とにかく全力で鳴海をさがせ!女と合流したからには急いで逃亡をはかる可能性が高い!」
班長は厳しく責めることはなかった。情報屋に対して警察が情報をもらうばかりではない。
そして何より桐島さんが自分を一番責めることはわかっていた。
無口な桐島さんとしばらく聞き込みをして、ビーグル田村があの田村さんと田村麻呂だということがはっきりした。家を訪ねたけど留守のようだし。
「田村さん、危ないことしてるんじゃないかなあ」
電柱を蹴っ飛ばした桐島さんに心配を吐露する。昨日見た感じでは田村さんってどうも頼りないけど、何かしたいって気持ちがすごい出てるようだった。でもやっぱ頼りないから、すげえ不安。
「お前田村のこと何も知らねーだろ」
「でも、……桐島さんのこと大好き!って感じだったし」
「……」
桐島さんはぐうと顔を抑えた後、やめろ気色悪いといった。
なんだよう、照れたくせに。
「鳴海に会ったのに俺に連絡してこねーのはどーしてだよ」
「チャンスをうかがってるんじゃないですか?べったりくっついて連絡できない可能性もありますよ」
「……甘いんだよお前は」
田村さんは元々狸腹組にいた男で、足を洗ったと言ってるがあてにならないし結局は根っからのヤクザ者だと落胆している口ぶりだ。
でも桐島さんは田村さんに失望してるんじゃなくて、情報を漏らしてしまった自分に腹が立っていた。
そういうわけで俺は気分転換に一人で走ってくるから署に戻ってろとほっぽりだされ、たまたまやってきた重村さんに拾ってもらった。
どうやら重村さんは情報屋に田村さんを探させていたみたいで、ビーグル田村の目撃情報がすぐに入って来た。
蕎麦屋の隣の席のおじさん、カレー屋の後ろの席のおじさん、路地に潜んでるおじさん、自販機の横に座ってタバコ吸ってるおじさん、マンホールの中の工事をしている風体のおじさんからちまちま「ビーグル男」の目撃情報が囁かれる。なんだこの妖精さんたちは。
今現在「倉田のじーさん」という人がチャリで車を追ってるらしい。それは大丈夫なのか?
「ワンコ、すぐにキリを呼べ!急がねーと田村が危ない」
「はい」
桐島さんと合流して車に乗り、倉田のじーさんを見つけた。太ももが立派なじーさんだった。
倉田のじーさんのもたらした情報によると、この先に行った……とのことで、この先にあるのは埠頭だ。
ああいうところは倉庫がたっぷりある。
「手分けしてしらみつぶしにあたるしかねーか」
「嗅ぎます」
「いくらワンコでも無理だろ、これだけ広いし……田村は車で連れてこられたんだ」
重村さんは埠頭にある倉庫の数に肩をすくめる。
たしかに車から降りてからではないと匂いはわからない。そしたら倉庫の並ぶ通りを走って匂いを感知するだけだ。ちょっとは時間かかるが。
「───あ」
「みつけたか!?」
「田村麻呂!!!」
俺はすぐに匂いを感知して走る。重村さんと桐島さんが追いかけてきて、たどり着いた時にはもう、ぐったりする田村麻呂を抱きあげていた。大丈夫かこいつ。
「血がついてる……田村麻呂のじゃない、田村さんのです」
暴力振るわれたのかと思ったが、田村麻呂は無傷のようだ。
田村麻呂の動いた道をたどってみても、また田村麻呂のいたところに戻ってきてしまい田村さんが探せない。こうなったらやっぱり倉庫を飛び回って確認した方が早いかも───と思っていた矢先勢いよく車が走行して桐島さんを轢きかけ、逃げていった。
「今の、田村を連れ去った車だ!追いましょう!」
「待て!キリ!!そいつは無線で近くのパトカーに任せよう、我々は田村を探す方が先だ」
「あっちです!」
重村さんの指示に従い、俺はすぐに匂いの道筋をたどる。
応援要請、報告は重村さんに任せ、俺と桐島さんは走った。
ひとつの倉庫の中に入ると、濃い血の匂いがした。
ブルーシートを被った土管がいくつかあり、ぺらっとめくると人の足が出ていた。多分田村さんの足だ。足首を掴んでみるとまだ生きてることがわかる。
田村さんの足首をひっぱり持ちあげたら、桐島さんと重村さんが出て来た腰を抱えて引きずり出した。
腹部を撃たれたことにより出血があり、二人に止血を任せて俺は救急車を要請する。
田村さんは俺たちの到着に気がついて意識をうっすら取り戻し、鳴海光二の行方に関する情報を得たことを告げる。
どうやら尾行を撒いた村上の居場所がわかったらしい。空港近くのスカイホテルで待ち、どこかで鳴海と落ち合って今夜高飛びするそうだ。田村さんは再び気絶したが、おそらく失血のせいで相当危ない。
桐島さんも田村さんの容態が気になって行くに行けないところだったが、田村さんが情報を手に入れたのは桐島さんの手柄のためなので行くように発破をかけ、重村さんと共にいってもらった。
ほどなくしてやって来た救急隊員とともに病院へ行き、手術を待っている間に鳴海光二は桐島さんに確保されたそうだ。
田村さんを救急隊員に任せていた時一度田村麻呂を迎えに行ったんだけどいなくなっていて、置いて来てしまったことが気がかりだ。
倉庫から逃げて行った車はまだ見つかってないため、捜査は終わっていない。でもやっぱり田村麻呂が心配なので探しに行ってもいいだろうかと思ってたところで、病院に停めた車の下に田村麻呂を発見する。
「港から歩いて来たみたいだ……」
相変わらずぐったりしてる田村麻呂だったが、相当な距離をよちよちして来たらしい。
「ウソだろ『こいつはもう歳で足腰も相当弱ってるから』って田村はバカみたいにいつも抱いて歩いてたのに……すっげー健脚じゃねーか!」
「このぐったり感すごい……うおあ!」
何かをもごもごしてた田村麻呂が吐き出したものをとっさに避ける。
びちゃっとした袋が地面に落ちたので、片手抱っこに切り替えてそれを拾った。
「おまえ袋なんて食べちゃダメじゃないか───あれ、なにこれ」
「そいつ、シャブじゃねーか?」
田村麻呂がおそらく港の倉庫からくわえて持って来たと推測される、白い粉の入った袋。
重村さんは鑑識に回し、やっぱり覚せい剤だったことが判明した。これで麻薬取引の場所を抑えたら大手柄だ、いい情報屋ができたな、と重村さんに言われて笑ってしまう。
桐島さんの情報屋は変なおじさんで、俺の情報屋はぐったりした犬か……。かっこつかないなあ。
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田村麻呂はくせになる可愛さ。
お気づきでしょうが、桐島さん大好き!でキリさんが照れたのは主人公の口から発せられたからです。
Dec. 2018