春と走る 24
「あ〜んまかった〜」
「そうか?ボリュームはあったけど味はいまいちだったよな」
「俺は量あればなんでもいいんだ。お前はなに食っても美味しいしかいわねーだろ」
「人に奢ってもらったご飯は格別に美味いでしょ」
重村さんに若手三人でごはん奢ってもらった後、店先でお腹をぽんぽんする。
「人にたかっといてなんだその言い草はっ」
俺は美味しいかったと満足げに言ったがその後のやりとりに関してはペケのようで、重村さんにちょっぴり怒られた。が、本気じゃないので笑顔でごちになりましたと挨拶する。
「重村さん?あらみなさんも。お久しぶりです」
「あ、奥さん!」
「ウィース」
「こんにちは」
道端でわいわいしていると、中年の女性が重村さんに声をかけて来た。奥さんってことは誰かの奥さんだ。桐島さんと小松原さんとも顔見知りで挨拶してるところを見ると、誰の奥さんかは絞り込めて来た。
「もしや班長の?」
「おう」
桐島さんにこそこそ確認すると肯定が返ってきた。
以前みんなの奥さんの話になった時に班長のことをちらっと聞いたことがある。かたぎの女性だということしか知らないけど、綺麗系だったのかあ。
「あら、あなたもしかしてワンコくん?」
「は、はい?はい!」
班長俺のことも話してるんだ。
「話には聞いてたけど、なんてかわいらしい」
「え、そんな〜」
どんな風に話したかはわからんが、女装してる男だと聞いてる感じかな。
その後、奥さんはお忙しいのにごめんなさいと謝って別れた。
班長はここ数日、明け方に帰って来てちょっと寝たらまたバタバタ出かけてく生活をしているらしく、捜査が立て込んでると思ってるようだった。
小松原さんは危うく、今週はめずらしく待機ばかりで事件もなく、夕方には帰る生活が続いてるはず……という内情を言いそうになって先輩二人に足を踏まれていた。
「何かひとりで調べてるんでしょうか……シゲさん聞いてます?」
「いやなにも……」
かすかな疑念がみんなの胸でむくりむくりと膨らんで行く。
翌日グーグー居眠りこいてる班長を尻目に、柳さんと和田さんにも情報を共有していた。仲良しな班だなあ。
たしかにあんな風に居眠りするってことは、寝てないのだろうとは思う。毎晩なにをやってんだ?と思ってしまうかもしれない。
そこへ小松原さんが慌ただしく帰って来て、班長が毎晩どこに行ってるのか突き止めたという。大宮町の小料理屋兎という店で、女将さんがひとりで切り盛りしている小さな規模のものだった。
この5日毎晩行って閉店まで居座っているらしい。
女将は生田桃子36歳バツイチで現在独身。美人じゃないけど色白で和服の似合うぽっちゃり型。
5日も毎晩はり込むってことは事件がらみではないかと和田さんは言うが、小松原さんは事件関係者に生田桃子の名前はないという。そうなると女将目当てで通ってるということになるな……とヒソヒソ話が進んで行く。
「えー、えー、やめてくださいよ!やだやだ!」
「でもまあ……この道ばかりはな」
「奥さんとタイプが違うからこそってことも……」
「……ですよね」
俺も男だけどさあ、その上で浮気はナイなって思うタイプだしさあ。
「ワンコ、班長を嗅げ」
桐島さんが顎をクイっとして班長を示す。
「う、……」
椅子の背もたれに背広をかけてグーグーしてる班長にスンスンする。
背広には奥さんと、他の女性の匂いがする。順番的に言うと、奥さんが先、その後他の女性。通勤電車で……と思ったが車で出勤してるし、それにしては他人の匂いが少なすぎる。
「!お?なにやってんだワンコ」
「う、うわきもの───!!!」
「ええ!?」
頭の横でフスンフスンしすぎたのか班長が目を覚まし、俺の剣幕に驚き体を起こす。
しゅっと背広をとって抱きしめた。
「わあん!」
すりすりすりすり、と乱暴に頭をなすりつけて背広をひっちゃかめっちゃかにする。
「なに!?なんだよ!?シワになるだろ!」
「待て!ワンコ!」
班長は背広を引っ張り、桐島さんがすかさず俺の首根っこを引っ張る。
背広と顔の間に手を差し込まれて口を塞がれた俺はふぐぐうと唸りながら、背広からも手を離した。
「なんだ突然……。他の犬の匂いでもしたか……?」
全く何にも思い当たる節がないような班長は、見当違いな勘違いをして呆然としていた。
それぞれ単純に浮気を疑っている中、俺と桐島さんは班長を追いかけることにした。
上司の浮気調査なんて悪趣味、といいつつも付き合ってくれるらしい。別に俺は浮気調査のつもりはなく、班長がなんの事件に関与しようとしてるのか調べたいだけだ。
「もし本当に浮気してたらどうすんだよ」
「───口を噤みましょう」
してないと思うけど。
「それだけ?もっと他になんかねーの」
「上司の浮気を諌めるのはぼくの仕事じゃないですよ、突き止めるのもね。これはなにかしら事件が絡んでると思ったから追いかけてるんです」
その途中で班長のなんらかの情報を得てしまっても、それは関係ないこととして秘密にする。そういうわけだ。
桐島さんはなんだか物言いたげに俺を見ていたけど、黙って背もたれに体を預けた。
「まじで閉店までいたな」
「すぐには帰りませんね」
班長が向かったと思われる兎が見えるところで張っていると、閉店時刻になり班長が出て来た。そしてすぐに帰らず、店のそばでタバコを吸っている。
片付けを終えたのだろう、電気が消えた店からは和服姿の女性が出て来て、班長と一緒に歩き出す。
「彼女が生田桃子さんですかね」
「だろうな……」
「タレた顔してます……なんか追いかけるのやめたいなあ」
「俺もだ……」
班長のタレた顔なんて初めて見た。急に自信がなくなって来た。
桐島さんは帰ろうぜというけど、俺はとりあえず車を降りる。さすがにこれ以上の尾行に車は目立つからだ。
いつも尾行見つかりがちだったため最近の俺はそういうことがないように気を引き締めている。
班長と生田さんは談笑しながら数分歩き、自宅と思われるアパートへ入っていった。
「えー……」
玄関のドアを開け中へ入っていく生田さんに続く班長。
桐島さんの呆然とした声が背後でする。
「帰るぞ!」
「ま、まってください……」
これ以上この場にいたくねえ、とばかりに腕を掴んで引こうとする桐島さんを慌てて制止して手を握る。
「すぐに出てくる可能性があります」
「は?なんで───まさか」
「家の中の安全を確かめているんじゃないでしょうか」
「じゃあ班長は彼女の護衛を?でも事件関係者に名前はねーし」
「名前がなくても、班長に相談したのだとしたら?班長はきっと守ると思います」
桐島さんも班長の性分をよくわかってるため否定を重ねない。
そして数分後、俺と桐島さんの期待通り、班長は部屋を出て来た。
「しかしどういう理由で護衛してんだ?ストーカーか?」
「バツイチって言ってましたよね、元夫とか───あ」
「ん?」
車に戻って帰る最中、班長が生田さんを護衛している理由について相談をする。
今日はたまたま早く出ただかかも、という誰でも思い当たることは話さない。
「旧姓ですよね、今。なら過去の事件の関係者としての名前が違うかも」
「そうだ、もう一度洗い直さねーと」
翌朝俺と桐島さんは班長を除いた班員全員に、昨日のことを報告した。つけたことに関してはすでに小松原さんもやってるため叱られない。
小松原さんはもう一度慌てて情報を調べに行こうとしたが、班長が出勤し大っぴらに話せる事態ではなくなった。事件関係者だとしたら俺たちも動いていいと思うが、まだ決定ではない。そして班長が何も言わずにひとりでやろうってんなら、俺たちも班長に内緒で追いかけちゃうもんねってところだ。班員の心はひとつである。
ところが、殺人事件が発生したため俺たちVS班長の捜査追いかけっこは中断を余儀なくされた。
現場に赴き情報を整理、捜査にあたり浮上した容疑者を探した。
会社と自宅に帰っていないところを見ると逃亡もしくは自殺の可能性がある。日付が変わってもなお見つからないところをみると……と思っていたところで自宅に帰って来たところを確保された。
話を聞いたところ殺害を自供し、一日中死に場所を探して歩き回っていたとこぼした。
その連絡を受けた俺と桐島さんはほっとして本庁に戻った。
しかし戻ったころには班長は出ていってしまってて、重村さんが班を任されていた。
「ワンコのいう通り、なんかの事件がらみじゃねーか?小松原、情報ちゃんと洗ったのか?」
「今日は一日捜査があったのでまだ……」
「調べた方がよさそうだな」
「お願いします、何かわかったら連絡ください」
桐島さんと俺は真っ先に本庁を飛び出し、兎へ向かった。しかしもう閉店時刻、店は真っ暗になっていた。
臭いを辿るとまだそう遠くへ行っていないはず。くんくんしながら路地裏へ向かうと、二つの人影が重なるようにして身を寄せ合ってた。
そばには転倒したバイクがある。もしかしてバイクでぶつけられたのかな。
「大丈夫ですか!?」
「た、助けてください!!」
次第に血の匂いがして来たので声をかけると、生田さんがやって来た俺を見て必死な形相で助けを求めた。
「どうしましたか?」
「ワンコ?……ちょうどいいところに来た。そのバイクにのってた奴を追え!キリ、絶対に捕まえろ」
「はい!!班長は応援と救急呼んでくださいねー!」
怪我をしてるみたいだが命に別状はなさそうだ。
俺はすぐに班長の指示に従いバイクの方へ駆け寄る。桐島さんも俺を追いかけて顔を出したので、一緒になって班長のいうことを聞くことになった。
俺と桐島さんはろくに説明を受けないまま、班長のいう「阿部雄太」という男の足取りを追う。
班長が自分で連絡を入れて指示をしたのだろう、柳さんから阿部はどちらに向かったと電話で問われた。だいたいの位置は知ってるだろうが、先回りしてくれるなら心強い。
阿部の臭いのする男を見つけて呼びかけると、ぎょっとして逃げ出す。
スピードを上げて飛びかかり、コンクリートに押し倒すと桐島さんが俺を背後から呼ぶ。
追いついて来た桐島さんとともに確保したところで、柳さんたちが合流した。
班長も生田さんもパトカーに乗ってやって来て、阿部に相対する。なんだか事情はしらないが、生田さんが阿部をぶん殴ったことで話のオチはついただろう。みんなは慌ててたが。
「ナイスパンチ」
俺は生田さんにぐっと親指を立てた。
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主人公は班長を信じてるし尊敬もしてるんだけど、浮気してたとしてそれはいけないことだけど関係ないなっていうか、ヤだけど諌めるほど心を注がないというか、踏み込まないところがあるなって思います。
その片鱗をキリさんはちらっと見てしまったかなと思います。二助くんに言われた、壁というのを若干感じたかも。
でもある意味、班長がどんなでも構わないという愛情深さもあって、そこ紙一重ですよね。犬みがある。
Dec. 2018