春をさがす 01
「渋谷さん」
背後からの呼びかけに振り向いたのは、周囲に誰もいなかったからだ。
僕を呼び止めたのは初日に紹介された霊能者たちの中の一人、たしか広瀬さんだっただろうか。大学教授の助手として来ている若い女性だ。
「僕は渋谷サイキックリサーチの調査員なので渋谷ではなく、鳴海と言います」
「……あ、てっきり!そうですよね、失礼しました。私は五十嵐教授の助手をしてます広瀬です」
自己紹介はわざとらしいかもしれないが、念のため名乗り直すと彼女も同じように名乗った。
だが呼び止めたのは挨拶をするためではないだろう。
「何かご用ですか」
「そうそう、これ先ほど拾ったんです。渋谷サイキックリサーチさんのじゃないかなって」
そう言いながら広瀬さんが差し出したのは、部屋のサイズが書かれた紙だ。
おおかた麻衣が落としたのだろう。
「───確かにうちのですね、ありがとうございます」
「やっぱり」
「よくおわかりになりましたね」
口をついて出た感心に、広瀬さんは笑顔のみ返した。
別にどうしても気になったわけではなく、追及するつもりはないのだが。
その後特に関わりのなかった広瀬さんには、五十嵐教授に誘われた降霊会に参加したことで顔を合わせた。
降霊会では霊媒役を担うのだろう、丸テーブルの前で一人先に座っている。
同じく参加していた南心霊調査会の南さんと博士、そして誘われた安原さんが代表者として同じテーブルについた。
「広瀬さん、大丈夫そう?」
「はい、やってみます」
「深く息をして、霊に呼び掛けてください。この家に住む霊に」
広瀬さんと五十嵐教授が頷き合い、全員が手を繋いだ。
そして、教授の声に皆が自然と目を瞑る。
ゆっくりと俯いていく頭の動きが、特に顕著だったのは広瀬さんだ。
柔らかなウェーブの髪が揺れる。
「ここでたくさんの人が殺されています」
押し殺したような女性の声。───広瀬さんが口を開き、周囲は息を飲む。
憑依というよりは、サイコメトリーに近い状態だろう。
過去視や、霊視によって得た情報を述べているようだ。
「なぜ殺されたんでしょう」
「……わかりません」
「その方たちが彷徨って、誰かを道連れにしている?」
「そうは思えません───あ、来た……血の匂いが」
五十嵐教授の問いかけに答えていた広瀬さんは、何かに気が付いたようだった。
『血の匂い』とは、原さんと麻衣が口にしていた共通のキーワードだ。何かあるのかもしれないと注目したが、広瀬さんは言いかけて口を閉ざす。
───直後、部屋中に激しいラップ音が響いた。それは振動も伴い、蝋燭を倒して火を消した。部屋は唯一の灯りを失い真っ暗になる。
動揺した人たちが騒ぎ立て、一時混乱に見舞われた。
これ以上の継続が難しい判断して僕が部屋の電気を付けに行くのと、ぼーさんが真言を唱えてラップ音が止むのはほぼ同時だった。
「霊は呼べたようですね」
机の下に潜り込む南さんや壁に縋りつく博士をよそに、安原さんと五十嵐教授、そして広瀬さんは着席したまま。
彼らが囲うテーブルには、赤いインクのようなもので『死ニタクナイ』というメッセージが残されていた。
広瀬さんと五十嵐教授も一緒に、ベースでカメラの映像を確認する。
部屋が完全に暗くなっても暗視カメラだったので無事映像は録れていた。
メッセージが残されたテーブルに、誰かが字を書く様子はない。もちろん赤いインクの出る物は、誰も持っていなかった。
そして部屋の温度は、ラップ音の開始とほとんど同時に、天井から徐々に三度ほど下がっていた。
「広瀬さん、血の匂いがすると言いましたね。何かが来たとも」
「はい、とても嫌な気配でした」
「───っ」
「真砂子!?」
「……ごめんなさい、部屋に戻ってもよろしいかしら、気分が悪くて」
話の途中、原さんが顔色を悪くした。麻衣が心配して付き添うというが二人だけでは心もとないので松崎さんにも行ってもらうことにする。
そして、僕たちも夜遅くまでのめり込むのは得策ではないと思い、安原さんに終了を促した。
広瀬さんと五十嵐教授もおのずとベースから出て行く動きを見せ、具合の悪そうな原さんに挨拶をしている。広瀬さんが何か声をかけ彼女の肩に軽く手を置くと、原さんがふと顔を上げる。そして五十嵐教授とは別れて、なぜか同じ方向へ行く───そんな光景を何となく眺めた。
後で聞いた話では、原さんの具合を心配して部屋の前まで付き添ったらしい。
だが、その後部屋に戻った広瀬さんは、明け方忽然と姿を消した。
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久しぶりに続きかけました……。ずっと書く書く言ってたけど、誰とどうするかを迷いに迷い───ドゥルルルルル晶ちゃんです!鈴木さんポジションにしました。
降霊会の感じもちょっとだけ変えてみた……。
Nov.2023