Sakura-zensen


春をさがす 02


五十嵐教授に誘われた降霊会の部屋に入ると、ナルが何かに気づいたように一人の女性を見た。ちょうどその人───確か、五十嵐教授の助手の、広瀬さんだったはず───も気が付き、会釈している。
「知り合い?」
食堂で誘われた時、広瀬さんはいなかったなと思い出しながらナルに問う。
「誰かさんの落とし物を拾ってもらった」
「あっ」
嫌味を言う機会を逃さないヤツだなあ。
あたしは昼間、ナルに計測したときのメモを落としたのを叱られたことを思いだす。その時は、ナルがたまたま見つけちゃったんだと思っていたけど、どうやら広瀬さんが拾ってくれたみたい。
でも、よくあの紙に書かれたことを見てナルを探し当てたよなあ……。
とはいえ唐突に美人さんと目配せしあった理由が分かったので一安心、なーんて。
あたしは単純思考なので、その時はそれで終わった。


降霊会の後はカメラの映像を確認しながら、ベースで話を聞くことになった。
だけど広瀬さんの話を聞いている途中で、元々体調が良くなさそうだった真砂子が参っちゃったので離脱することにした。
ナルはすごくピリピリしてて、あたしと真砂子だけでも部屋に帰れるのに、綾子までつける始末だ。結局、ナルたちもこれ以上調査するつもりはないみたいで、カメラとマイクを置いたら終わりにすると話しているのを背中で聞く。
「あの、部屋に戻るの、ついて行ってもいいですか?」
ドアを開けて廊下に出たとき、突如声をかけてきた広瀬さんは心配そうに真砂子の顔を覗き込んだ。
「う~ん、心配してくれてるのはありがたいけど、やめといたら?」
「そうですよ、広瀬さんが部屋に戻る時、一人になっちゃいますよ」
蒼褪めた顔を上げた真砂子の代わりに、綾子とあたしが言葉を返すけど、彼女は笑った。
わあ、雰囲気のある美人だけど、笑うと人懐っこい。
「私は大丈夫。原さんも血の匂いを感じてるんですよね……私も随分嫌な気分したから」
「そうですわね……今は少し和らいでいますけど」
いつのまにか真砂子が口をきけるくらいに回復していたのには驚いた。
結局あたしたちはそのまま、広瀬さんと廊下を歩きだしてしまう。
なんだかんだ話しながら楽しく部屋まで送ってもらっちゃって別れ───その翌朝、彼女が行方不明になったことを知った。


朝から、五十嵐教授が色々な人に広瀬さんの姿を見ていないかと尋ねてまわっている。
話を聞けば、五十嵐教授が明け方に目を覚ました時にはベッドにいたけれど、朝七時の起床時には居なかったそう。
朝、職員の人がドアを開けるまでお屋敷は施錠されていたらしく、広瀬さんが外に出ている可能性は低い。窓から出ることは不可能ではないけど。
でもこの屋敷に霊能者が来ているのは『人が失踪する』からで、広瀬さんにもその可能性があったから軽く流すことはできなかった。

頼みの綱だったデイヴィス博士はサイコメトリーが出来ないとかいうし、他の霊能者は勝手に、広瀬さんが逃げたとかいうけれど、彼女はそんな風に無責任なことをするようには見えなかった。
「───どこに消えたのかねえ」
「広瀬さん?」
モヤモヤを抱えていたのはあたしだけじゃないみたいで、部屋の計測をしながらぼーさんがぼやくみたいに話題にする。

あたしたちは午前中いっぱい屋敷内を探してみたし、ナルとリンさんがカメラの映像をチェックしたけど何の手がかりもなかった。

例えば彼女の言う『ここにいる殺された人の霊』が彼女を連れ去ったのか、彼女が違和感を感じた血の匂いのする何かが原因なのか、ないとは思うけどここは手に負えないと見切りをつけて脱出したのか。色々と考えたけど、あたしたちは結局しっくりくる見解が見つからない。
そして日が暮れても、やっぱり広瀬さんは現れない。
五十嵐教授は、ひどく胸を痛めていて何度も安原さん扮する渋谷所長に相談に来ていた。
「五十嵐先生大分疲れていたみたいだね、大丈夫かなあ。責任感じてるのかも」
「そうね。本来の助手ではないみたいだし」
「そうなのか?」
夕食の席で話題にすると、綾子が肩をすくめて言った。ぼーさんは知らないはずのそれは、広瀬さんと一緒に部屋に戻った時に聞いたあたしたちだけが知ってることだ。
「広瀬さんは五十嵐教授の大学の方ではないそうですよ、恵明大学の院生で普段は民俗学を専攻していらっしゃるとか」
「本来ここに来るはずだった助手の人が知り合いで、急に事故に遭ってこられなくなったから代わりに来たんだって」
真砂子とあたしで言葉を続けて説明すると、ぼーさんが顔をしかめた。
「それは、なんつーか、災難だな」
ほんと、そのとーりだなと思う。
彼女は友人が急遽来られなくなったから臨時のアルバイト、みたいなことを言ってた。
───「呼ばれた、みたいな感じかな」と笑った彼女の横顔が、このまま闇の中に消えるなんてことは、あってほしくない。
だけどあたしたちのその不安や心配をよそに、森さんが調べてきた結果広瀬さんは外にでは出ている様子はなく、家にも帰ってない、───さらには一人、また一人と失踪者が続いた。



リンさんが行う降霊術───招魂っていうらしい───で、あたしは誰の姿も現れないことを祈った。
だけど二本の蝋燭に点いた火が、ふいに強く揺れて、香りを焚いてる煙の靄のなかに、ぼんやりとした灯りが浮かんだ。
───なに、あれ?なんか……。
「広瀬晶さん?」
ナルがそう呼びかけると、灯りは左右にゆらゆらと揺れた。
「これはなんだ?広瀬さんは生きているのか?」
「わかりません、……人では、ないような気がします」
ナルの問いに、リンさんが答える。
結局その灯りはわからなくなり、次に厚木さんと福田さんに呼び掛けてみたけど応答はなかった。

ナルは広瀬さんたちは生きてここにいる可能性があると言った。でも、家の中はほとんど探しつくしたはずで、もし探してないとすればそれは家の中にある計測できなかった空白部分。壁を壊さないと行けない場所。

手掛かりはそこしかない、と大橋さんに許可をとり、実際に壁を壊して進んだ部屋の中から───二月に失踪した二人と思われる遺体が見つかった。

「ねえ、大橋さんに業者を呼んでもらった方が早いんじゃない?」
あたしたちは、この先に広瀬さん達がいると、確信を持った。
綾子の言葉は最もだけど、そうしている時間は惜しい。大橋さんは今、先に見つかった二人の遺体への対応に追われている。
「警察呼ぶのも先生の許可がいるんだ、そんなの待っているうちに三人の命が危ねーだろ」
「もちろん呼ぶようには言ってあるが、出来る限り僕たちが進めておいたほうが発見も早い」
ナルとぼーさんが言うように、あたしたちが先にやるしかない。だって、広瀬さんが失踪してからもう二日以上経っている。
せめて他にも人手が借りられたらよかったのだけど、ほとんどの霊能者たちは尋常じゃない事態に気づいて、大急ぎで屋敷から出て行ってしまった。
残ったのは五十嵐教授だけ。
南さんのところは、厚木さんと福田さんの二名が立て続けに行方不明になっているんだけど。……広瀬さんを心配するあまりデイヴィス博士に探してほしいと言い募った五十嵐教授の剣幕によって、デイヴィス博士は偽物であることが露見し、大慌てで逃げちゃったんだよね……。


壁を壊す作業の間、真砂子は当然のことながら、あたしや綾子は崩れた瓦礫をどかす程度の手伝いしかできず、ほとんど見守ることしかできなかった。ちなみに、五十嵐教授に至っては部屋で待っていてもらっている。手伝いたいとは言ってくれてたんだけど、還暦を超えたように見える彼女に、肉体労働はさせられない。
皆が頑張ってくれてる間に何も出来ないのもそうだけど、広瀬さんや厚木さん、そして福田さんのことが心配でたまらない。感情が高ぶったあまり涙が出てきてしまって、でも、今泣くのは全く無意味だって思って袖で拭う。
真砂子と綾子が両脇に座ってあたしの肩や頭を撫でてくれる優しさに、なんとか気を紛らわした。
「リンさんが呼んだ時に出てきたのさ、あれ、なんだったんだろうね」
「さあ、広瀬さんの魂が反応なさったのかも」
「じゃあ広瀬さんは亡くなってる可能性があるってこと?」
それはヤダ、と身を縮こまらせて膝の中に顔をくっつける。
硬く目を瞑っていると、ふいに髪が揺れたような気がして顔を上げた。

あたしは暗闇の中にいて、周囲にはたくさんの白い光が浮いていた。
あれは人魂───きっと、ここで死んでしまった人たちの霊。あと、あれは、ナルの顔───。
「!?ナル……!」
白い顔が暗闇に浮かんだように見えるその人は、いつも夢で見るナルだった。
優しい微笑みを浮かべ、白い指をさすのがかろうじて分かった。
その先には、リンさんの招魂で見たのに似た、まあるい灯りがぼんやりと浮かび上がった。ゆらゆら、と揺れるその動きは空気に浮いているのとは何か違う。それに、遠くから徐々にこちらへ近づいてくるような気がして、目を凝らす。
「あ、……え……っと」
次第に見えてきたのは、ぷっくりした提灯。そこには、筆で書かれたような文字がひとつ。

「───"も"?」

思わず、その字を読み取った。
口に出したそれは肉声となって、あたし自身を起こす。
「なにか言いました?」
真砂子が聞き返す。珍しくナルまであたしを見てきた。だけどそれに答える間もなく、こっちを見る皆の背後にぽうっと光る提灯が現れた。そこにはやっぱり「も」の字が書かれている。

提灯を持つ人が照らされ、着物の胸元が暗闇に浮かび上がった。垂れ下がる袖と長い髪、そしてほんのりと丸み帯びた輪郭の小さな顔が見える。表情はよく、わからないけど。
あたしがその存在に指をさすまでに、随分と時間がかかった。

「うしろ、」
「あー!!渋谷さん達だ!よかった!」

みんながようやく振り向いた時、安堵したように声を上げたのは広瀬さん。そして、その後ろには厚木さんと福田さんもいて、疲弊した様子だったけど怪我はないようでそこにいた。

気づいたら提灯を持った人なんてどこにもいなくて───あれは、あたしの見間違いだったのかもしれない。



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もののけ提灯っていいよね。

Nov.2023

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