Sakura-zensen


春を待つ 01

「さくら……?」
僕は少女を見てひとめで、そう連想した。
人間離れした白い肌と薄紅色の頬、みずみずしい唇に翡翠の瞳、桜色の絹糸みたいな髪の毛は精霊のように美しかった。
見た所年頃は七、八歳くらいだろうけれど、見たままの歳であるはずがない。
しかし色を除けばあどけない人間の少女の形をしているものだから、僕はすぐさま少女の隣で笑みを浮かべていた伯父に掴みかかって罵った。
「このロリコン!」
「ははは」
「元いたところへ帰してやってくださいよ!」
「落ち着けよ、律、誤解だ」
少し前に幼い狐の女の子を手に入れようとしていた彼を、止めたばかりのことだった。あの時は僕の式を勝手に使ったことで気がついたけど、今回は一人で行動したらしく阻止することができなかった。
腰ほどのところでにこにこ笑っている桜の少女を見ると、苦い顔になる。
「この子にはもう家がないよ」
「そういう問題じゃないでしょ!」
軒先ではなんだから、と一応家には入れたが開さんがつれてくるものは大半が碌でもないので家に入れるのは躊躇われた。かといって防ぐこともできず、居間へ通すよりはましかと僕の部屋へ案内した。

少女───いや、少年だったらしい彼は人間の子供だったそうだが、住んでいた村を賊に襲われ命からがら逃げ出して来たが、力尽きて桜の木の根元で命を落とした。
不憫に思った桜の木がその魂をすくい上げ、何十年も護ってきたそうだがいつしか同化し、彼は半分桜の精となった。
「幼い女の子供じゃないだろ?な?」
僕はもう一度頭を抱えた。
「その桜は?」
「切り倒されてしまった」
「……この子はよく無事だったね」
「まあ半分人間だからな」
そういって開さんは桜色の頭を撫でる。
すごくさわり心地の良さそうな髪の毛だなと思った。司ちゃんも綺麗なロングヘアだし、僕も男にしては柔らかい髪をしていると思う。けれど彼は本当に赤ん坊のように柔らかく、それでいて花びらのように滑らかで、手に吸い付くような感触がしそうだ、と想像してしまって見つめすぎた。
「律、何か失礼なこと考えてない?」
「別に考えてませんよ。見た感じ犯罪だなーとしか」
羨ましいと思ってしまったことを後ろめて、笑顔で返す。もちろん本音でもある。
「……姿変えようか?」
「なんで、いいよ今のが可愛いだろう」
式が主人を気遣ってる光景に内心感動したところで、当の主人がそれを台無しにする。結局ロリコンなんじゃないか。
「どうせ普通の人間には姿は見えないんだし、通報されることもないだろ?」
「そうだけど……えーと名前は?なんて呼んだらいいのかな?」
「あ、申し遅れました。玉霰ともうします、よろしく」
礼儀正しくぺこりと頭を下げた式の彼、あらため玉霰。開さんが横で、俺がつけたんだと笑っているのは正直どうでも良い。
いや、名前をつけたということはある意味所有者の印ともいうので、ますます心配にもなるが玉霰は見た所そこまで意思を縛られているわけではないようだ。
「本当にいいの?この人の式になって」
「失礼だなあ」
玉霰は深く頷き、にこにこ笑っていた。


開さんはおばあちゃんとお母さんに挨拶をすると部屋を出て行ったので、その間僕が玉霰の面倒をみていることになった。
「この家の桜の木にも妖が棲んでるんだ」
「ああ、妖といっても鳥が二羽とたまに猫一匹」
猫は鳥たちのペットで、妖ではないけれど。
尾黒と尾白が出かけているのにわかるんだ、と思いながら肯定した。
玉霰は縁側に腰掛けて、地面につかない足をゆらゆらと揺らしながら庭の葉桜を眺めた。
「開さんとはどうやって知り合ったの?」
「山で迷子になってた」
「山……」
開さんは色々なことに首をつっこむのでその程度じゃ驚かない。玉霰のいう迷子というのがもしかしたらヤバい事態だったのかもしれないが、そっと聞き流すことにした。
「山中の神社まで案内したんだ」
おそらくその時、律儀に送ってくれた親切な彼に目をつけたのだろう。
それ以来開さんはたまにお土産を持って玉霰に会いに来ていたそうなので、ゆっくりひっそり懐柔した、と。すごく穏便な流れだけどなんだかなあ。
「桜の木が倒されることになった時、もうだめかなあと思ったんだ」
ふわりと風が吹いて来た気がした。
耳の奥がきんとして周囲の音が一瞬聞こえなくなった後、喧騒が頭の中に響く。
僕は目を開けたまま、脳裏にある真冬の山道を見ていた。
そこを小さな足が裸足のまま走る。
赤黒く変色した、痛々しいつま先。棒のような足は青紫の痣にまみれていた。
遠くに聞こえるのは、村が襲われる怒号と悲鳴。それから、燃やされる音。
ざっくばらんに切られた子供の柔らかい髪の毛は乱れ、凍えた唇からは白い息が吐き出される。
……もうだめ。
子供から、上ずった声がこぼれ落ちた。
木の根元に倒れ込み、何もない地面の上で枝のような指が何かを握ろうとした。
否、凍えてかじかむ手がただわずかに動いただけだったのだろう。
空からはぽとりぽとりと雨が降る。
村の火はこれで消えるだろうか。心のどこかで安堵した自分がいた。
僕の意思と同じようにして、子供は震えてこわばっていた肩の力を抜く。
雨は次第に冷たく凍り、パラパラと転がって降り積もる。霰だろうか。
薄ぼんやりとした視界には白い花を積もらせた桜の木があった。
真冬の夜中に光る桜はうつくしくて、子供の目にはとても暖かそうに見えたのだろう。白くもならない、冷たい息を吐き出しながら、子供はうっとりと微笑んだ。

───霰は桜の花びらか。

「おいでといってくれたから、うれしかった」
玉霰の続いた言葉が、ようやく僕の頭の中で繋がる。
あのとき子供は死んでから魂を掬われたのではなく、死ぬ前にもう心を捧げていた。だからこんなに美しく桜の色を映したんだ。
そして二度目の死を覚悟したときにまた、開さんが手を差し伸べた。
木の上に座っていた玉霰が開さんの手の中に降ってくる光景がたやすく想像できる。花の香りのするしなやかな髪の毛は、人肌に触れて溶けるように頬を滑るのだろう。
「これから仲良くしてね、律くん」
「……うん」
凍えた桜は木漏れ日をあびて笑った。



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つい魔が差し…て……。
また名前変換のできない名前をつけるというね。
Feb 2018

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