Sakura-zensen


春を待つ 02

人の住んでいない山の中にある桜の木。それが俺の棲家だ。
家の形はしていないので人としての感性でいうと微妙な気分になるが、人間ではなくなった自覚があるので納得している。
この桜の上で何度花を咲かせただろう。
緑が満ち、山が潤い、紅く色づき、白く染まるのを、何度。

人間と一緒にいないと時の流れを読めない俺は、途方もない日々をすごした。
動物は俺を襲わない。妖も、飢えも、寒さもない。それは安心する反面つまらなくもあった。長く生きた妖怪の感じる退屈ではない。人として残された精神の純粋な飽きだ。

たまに人が山に入ることもあるが、ほとんど俺を見ることはできない。せめて安全に山で過ごしてもらおうと見守る程度で、結局山から降りていく人を見送った。
山の上の神社ではたまに祭があるので、その時はたくさん人がくるんだがやっぱり俺を見られる人はいない。
お神楽や舞をみるのは好きだし、参拝客の願いを聞くのもなかなかに楽しい。
人に戻れるとは思っていないので、このまま人を見守り過ごすしかないのだ、と思っていた矢先に俺が見える人に出会った。
ある日岩に座って川に足を浸しながら魚と遊んでいた俺は、対岸から出て来た人とばっちり目があった。
はわわ、人だ〜。こわくないよーという思いを込めてふへっと笑う。
見た所壮年の男性で、俺を見て叫び声をあげて逃げ出してしまうような感じはない。
眼鏡の奥の目は一度瞬きをして、俺に合わせて優しく笑った。
「こんにちは!」
「こんにちは」
立ち上がり、川の中の岩を渡って対岸までいく間も、彼は逃げずに待っててくれた。
俺をちゃんと見たり、声を聞いて答えてくれた人間は初めてだ。
しかも、渡ってくる俺を迎えるように歩み寄って、最後には手を差し伸べてくれた。大きい手を掴みながら着地すると、支えるように力がこもる。あたたかいな。
「ありがとう」
「きみは…この山の子?」
「うん」
山の子っていうんだろうか??たしかに俺は山の桜に棲む幽霊みたいなもんだ。元人間だし子供の姿のままだから子でいいのか?
とりあえず頷くが、んん?と首をかしげる。
「えーとね、俺はもともと人間だったけど、今は桜の木に棲んでるよ」
相手が子供だったら人間のふりをして遊んでやって、お家に帰してやろうと思ったけどこの人は大人だし、せっかくだから色々話をしたくて包み隠さず答えた。
彼は一瞬目を見開いた後、そうかと頷いた。
「おじさんは登山?お参り?迷子?」
「全部かな」
俺は返答に思わずふきだしてしまった。
「案内してあげる、神社に行けば帰りは一本道だよ」
「ありがとう」


飯嶋と名乗った彼は昔から霊感があって、妖怪や幽霊なんかにもなれているのだそうだ。親戚にもそういう人が多いらしく、いいなあ会ってみたいなあと純粋に思った。だって俺は基本心は人だし。
神社に案内したが、祭りのない日はほとんど無人なもので、とくに楽しめるものではない。一緒に鳥居をくぐって手水鉢で手と口を嗽ぎ、拝殿でお参りするだけだ。あ、お賽銭どうも……って俺がもらえるわけじゃないけど。
御守りやおみくじの窓口もやってないので、なんというか地元民……いや地元妖怪としてちょっと申し訳ない。
「おみくじする?」
「できるの?」
「まってて」
きょとんとした飯嶋さんに、ニンマリ笑う。神社はそう大きくないので、社務所が授与所と繋がっていて窓口になっている。そして俺は社務所の中も知っているのでおみくじを拝借してきた。
「はい、大吉」
「え」
「代わりに引いて来た」
もしかしてカチャカチャしたかっただろうか。
すまん、俺がやった。
でも飯嶋さんのためにやったし、大吉だしきっと大丈夫。
「ありがとう、大事にするよ」
「うん」
どうしても引いてみたいわけじゃなかったようで、受け取ってくれた。

神社の中を一通り案内した。といっても拝殿以外何かをする場所はないので、本殿と神楽殿の所在を指差し確認しただけだ。
「お祭りがあったら、屋台とか来てるんだけど」
「へえ」
「基本は節句で……ここは他にも桜祭りがあるかなあ。境内の桜が咲いたらお花見できるよ」
「君の棲んでる桜も?」
「俺は神社の桜じゃないけど、ここにお花見に来るよ」
「自分のところでしないんだ」
「だって神社は人や店があるから、楽しいだろう?」
舞もあるんだよー綺麗だよーと、観光案内じみたことをして、帰り道は一本だからと神社でお別れをした。
俺の桜は神社の裏の方なので、また今度遊びにきてねとだけ誘っておくことにする。
山を降りるのも時間がかかるのだ。これ以上引き止めてはかわいそう。

そしてその数ヶ月後、飯嶋さんはお弁当を持って俺の桜の木の下に遊びに来てくれた。お米美味しい。たまに桜にお供えがあるので食べさせてもらうが、俺のために持って来てくれたであろうおむすびは格別だ。
ちなみになぜお供えがあるかというと、この桜は見守り桜といわれてる、なんだかありがたそーな桜なのである。……背が高いもんな?
板が建ってて、そこにはお山に入った人を見守ってくれるありがたーい桜ですって書いてあるから、神社の関係者や、近隣住民、通りすがりの人がぱんぱんと手を合わせてお供えを置いていくというわけだ。そしてそれを俺が食う。俺だって人のこと見守ってるから嘘じゃないもん。
「まだ花咲いてないのに、ここでいいの?」
「あはは、花見目当てじゃないさ。でも花が咲いたらまた来るよ」
いつもみている山の四季が待ち遠しくなるのはどれくらいぶりだろう。
飯嶋さんは俺がもぐもぐしているのを、子供を見守るおじさんの目で見ていた。いや間違いじゃないんだが。
「その時はまた神社へ行こう、桜祭りの時だけ氷菓子が振舞われるんだよ」
「氷菓子?」
「『たまあられ』っていってね、桜色の小さな氷の粒で味は甘酸っぱい」
俺、あれ好きなんだよねー。
夏祭りの時は普通の屋台があるんだけど、桜祭りだけ神社がやってくれる貴重なふるまい。あれを食べないと俺の春は始まらないのよう。
「それは楽しみだな」
飯嶋さんはとても微笑ましいものを見る目で……アイスを待ち遠しくしてる俺はとても微笑ましいんでしょうね。



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こまけえこたあ良いんだー精神でおねがいします。
Feb 2018

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