Sakura-zensen


春を待つ 04

背の高い桜の木を倒す作業は一般人がいつまでも見ていることはできない。
霊能者として見守り桜の伐採を見学に来ていた開さんは、離れるように言われていた。
来てたんだ、と思っておりた俺は作業員の向こうからばいばいと手をふった。
けれど開さんは作業員に失礼と何か断って、手を伸ばし俺を掴んだ。
「おいで、
人間の体ではないのでむずっと掴まれてひょいっと持ち上げられる。
開さんの言葉にきょとんとしていたのは俺だけじゃない。周囲の作業員たちも目を白黒させていた。しかし言葉の意味もわからず、開さんが桜から離れていくので引き止めることはしなかった。
俺は抱き上げられたまま遠ざかっていく桜を見上げた。
白い氷の粒が雪に変わり、視界はふわふわと霞んでいく。
人の姿は見えなくなって背の高い桜だけがいつまでも遠くに佇んでいた。
「開さん」
「ん?」
木の陰がとうとう見えなくなった。
開さん首に腕を回しながら、ゆらゆら揺られる体をあずける。
「桜がひとりで逝ってしまった」
「ああ」
元気でねと言われた気がする。
冷たくて、けれど凍えるほどではない風が桜のいた方から吹いて来て、俺の髪の毛を一瞬だけとかしてくれた。

初めて山をおりた。
バスや電車を乗り継いで2時間くらいかけて山の影が遠い町へやってきた。
開さんはお姉さんと同居しているらしく、その部屋に俺を連れて帰る。姉の環さんは帰宅しても特に俺の存在に気づいた様子はない。
親戚には霊感がある人が多いと言っていたけど、はっきり姿を見ることはできないみたいだ。
なにかの拍子に気配を感じたりすることもあるのだろうけど、開さんはもともとあちこちでいろんなものを引っ掛けて持ち込んでるそうで、俺が家の中をウロウロしていてもいちいち驚かないようだった。それってどうなの、とは思うが。

甥っ子の律くんは開さんのように見る力が強いらしく、ぜひ会ってみたいとおねだりして実家に連れていってもうらうと、彼は開さんをロリコンと罵った。
見えるのはありがたいが主人を変態扱いされて若干申し訳ない。


山をおりる時、俺は桜や山の神様をお別れをして開さんの式という扱いになった。
神社の氷菓子、『たまあられ』が好きだったからという理由で俺の名前は玉霰。
妖怪は主人に名をつけられ使役されることがあるのだ。妖怪じゃなくて幽霊なんだけど……いやもう妖怪でいいや。
そういう縛りが力や存在を強くさせてもくれるので、俺の本当の名前は開さんだけが知ってる秘密。

律くんは開さんが席を外す間俺の話し相手をしてくれた。
開さんとの出会いをちょっと聞かれたけど、式の契約に関わることって言ったらいけないんだっけと思ってあまり話をするのはやめた。
それにしてもこの家は不思議な気配が沢山ある。お山も神社の神様とか妖怪とかいたけど、ここ……とくに雑木林の方は山以上に妙な気配で混沌としていた。
「ああ……あっちは霊場」
「霊場?」
俺がぼやーっと雑木林の方をみていたから律くんは苦笑した。
もともと霊感の強いおじいちゃんが、色々やっていた場所なのだそうだ。結界となっていて、人は入ることがほとんどできないという。
「近づかない方がいいよ」
「うん」
「なんだ、律それは」
山の妖怪は悪さしてこなかったけど、それ以外はほとんど知らないしなーと律くんの言葉に頷いていると背後からぬうっと人が顔を出した。
ものすごい強い気配にひぎゃっと声をあげながら、思わず律くんにしがみつく。
「ひゃー……妖怪だあ」
「これはお父さん……というか妖魔というか」
「おとうさん……」
え、中身が人間じゃないのがすごくわかるけど。
律くんとおじさんの顔を交互に見比べる。
「どこで引っ掛けてきおった……んん?おまえ使い魔だな」
おじさんは妖魔で、律くんの護法神だそうだ。亡くなったお父さんの体に住んでいて、契約により律くんを守ってるとかなんとか。
亡くなった父の体に妖魔って……重くないか。
「玉霰が怖がってる、青嵐。開さんの式だよ」
「開のか。わしはてっきり新しい桜守りにするのかと思ったぞ」
ケケケとそれらしく笑う青嵐は、おそらく庭の木に棲む妖怪のことを思い浮かべているんだろう。
「そんなことしたら尾黒と尾白に玉霰がいじめられるだろ」
うんざりとした顔の律くんにとりあえず苦笑した。
俺どっちかっていうとマンション暮らしのがいい。


尾黒と尾白という名前の鳥みたいな妖怪が桜の木に帰ってきて、青嵐の時と似たようなやりとりがなされた。青嵐は俺の棲んでいた桜が無くなったと知っても普通だったが、尾黒と尾白は他人事ではないようで、切り倒した人間は殺したのかと聞いて来てちょっと驚いた。あれは寿命だったのだし、しょうがないのだ。
「ああ、なんだみんな帰って来てたのか」
妖怪の発想にビビりつつも、山の外でもなんとかやれそうだなと思っていたところで開さんが戻って来て声をかけた。
「あ、おかえりなさい」
「帰るの?開さん」
「ああ、明日も仕事だし」
「司ちゃんと晶ちゃんはいいの?」
「わざわざ呼ぶことはないさ。そのうち会うだろうし……見えるかもわからないしな」
律くんと開さんのいう、司ちゃんと晶ちゃんは姪で、二人ともそれなりに霊感があるようだけど開さんたちほどではないらしい。
「見られたら見られたで、あなたやばいんじゃないですか」
「えー?」
俺と開さんの組み合わせって、そんなに変かな。
いや、開さんが親戚から見られている目がやばいんじゃ……。
「律が考えすぎなんだよ。だいたい俺じゃなくて律と一緒に居たって変だろう」
「僕たちはギリギリきょうだいに見えると思いますけどね」
「俺だって親子に見えるさ」
あれ、なんかくだらない言い合い始めたぞ。
青嵐を見るとほっとけと言われた。
開さんはお父さんと仲違いして家を出ていったそうで、そのお父さんの血を色濃く受け継ぎ考え方が似ている律くんと、うまがあわないのだそうだ。
だから俺を連れていることでどう見られるかが問題なのではない。
やめてえ、俺のために争わないでえ、とは言わなくてよさそうだ。



next.

開さんを「ご主人さま(はーと)」と呼ばせるのは断念したのですが、いつかぶっ込みたくもあるんです。
Feb 2018

PAGE TOP