Sakura-zensen


春を待つ 05

不動産会社でアルバイトをしている伯父は趣味で霊能者をやっている。
本人はボランティアだなどというが、あれは完全に趣味だ。善意があるという建前で、楽しいから首を突っ込んでるにちがいない。
「仕事で九州にいくんだけど」
「はい?」
強面の式神を連れている開さんは少し前、比較的まともな見た目をした元人間の式を手にいれた。開さん曰く『ちょっとした神様』だったそうで、玉霰と名付けて契約を交わした。土地の主や古い妖魔のような強い力は感じないが、人ではなく清く貴い空気を持った存在で、お守りとして持つには十分なものだ。
そんな玉霰をつれてうちにやってきた開さんの続く言葉はこうだ。
「小回りのきく式神がほしいんだけど」
まさにその式神が腕のところにひっついて、ひょっこり顔を出しているじゃないか。
「おねがいおねがい、ちょっとだけ尾黒かして」
「え〜……」
九州行きたい行きたい、と小躍りする尾黒を尻目に、僕は開さんのいかにもな懇願ポーズに言葉を濁す。
「代わりにうちの玉霰おいてくから」
「え!?なんで連れてかないの」
「いやあ、魔除けとしては申し分ないんだけど、攻撃力がこころもとなくて」
「できるよ!できるったら!」
開さんの腕をぽかぽか叩いてる様子を見ると、うんまあ確かに、と言わざるを得ない。だからってせっかく自分の式神がいるのに、人の式神かりてくかなあ。
いや開さんとしては妥当な選択だと思ってるのだろう。
玉霰に怪我をさせたくないし、と頼まれてしまい、僕は仕方なく承諾した。


僕の警護は尾白がすると胸を張っているし、尾黒は九州旅行に浮かれて楽しそうだ。
にこやかに帰る開さんを、僕はこれでいいのだろうかと見送ったが、隣にいる玉霰の捨てられた犬みたいな哀愁は正直しんどいと思った。
ご飯を食べてるときは元気そうにしていたが、一人で時間を潰しているところを見るとなんとなく可哀想にみえる。
「玉霰、散歩しない?」
「散歩?行く」
「これから円照寺っていうお寺にいくんだけど」
たまに手伝いをしていて、住職にもそれなりに霊力があるから玉霰のことも見えるかもしれない。と、説明する前に行くと答えるので途中で言葉に詰まった。
絶対何も考えないで返事をしたんだ。この調子で開さんの式神になったのだろうか。

住職は玉霰のいるあたりをじいっと見て、首をひねっている。
「んん?これは……飯嶋律、何をつれてきた」
「あ、あー式です、借り物なんですけど」
「そうか」
「見えませんか?」
「はっきりとはせんな。しかし悪いものではなさそうだ」
「あ、喜んでます」
開さんの式になった分余計に感じづらいところもあるのだろう。しかし悪い気配はしないようで住職も普通に受け入れてくれた。
玉霰はそのことに喜んで、にこにこしながら僕と一緒に境内の掃き掃除をしていた。


開さんに置いていかれた玉霰は日に日に元気になっていった。僕が学校に行ってる間は青嵐や尾白についていって遊んでるようだ。このまま呑気に開さんが帰ってくるのを待って、お土産に喜んで仲良く家に帰る姿が目に浮かぶ。
長く出かけると聞いていたが、大丈夫そうだなと思っていたある日、家に帰って来た僕を見て玉霰は顔をしかめた。
いつもは玄関を開けた途端に出迎えて、笑顔でお帰りなさいと言うのに。
青嵐におやつを食われた時のわかりやすいふくれっ面以外不満をあらわにしたことがないので、ちょっと怖かった。
「何をしたんだ」
目をすうっと細めて見下ろされ、僕は三和土のところで軽く身を竦ませた。
「な、なにって?」
顔を近づけまじまじと眺められる。肩や背中の方もみて、それからゆっくり体を離した。
「何かついてる?」
「ウン、ついてる」
「うそー」
ぞっとして両腕を抱く。僕の目には特に何もうつっていない。
玉霰は翌日から学校にいく僕についてくるようになった。そして僕はその日から災難に見舞われるようになる。悪化の一途を辿り、命を狙われている気さえしてきた。
「専門家じゃないからわからないし、妖怪じゃないから食えない」
玉霰にこれなに、と聞いてもそう答えられるばかりだ。
ごめんね、と謝られたが彼がついてる分おそらく降りかかる害が少ないはずなので謝られるようなことではない。

「律ー……あれ、玉ちゃんは?」
「え」
構内でいとこの晶ちゃんが僕を呼び止めた。彼女は、あたりをきょろきょろと見まわす。
普段、玉霰を意識せず真正面から見ることはできないのだ。
「何かごよう?」
「あ、いた。ひさしぶりー。今本家にいるんだってね」
「うん」
玉霰が声をかけると晶ちゃんも気づいたようだった。
「ふたりとも土曜日は行けそう?」
「え、なに?」
「おばさんから聞いてない?降霊会」
「うわ〜っ、怖そうなの苦手なんです僕……」
僕は今何かに目をつけられていて、身の危険を感じているためそういった場には行きたくない。
晶ちゃんは僕のそんな心情など知らず、霊能者を紹介した立場なので行くつもりでいた。そして僕たちも来たらと言って住所を渡してくる。
「行かないって」
「じゃーね」
メモを受け取ってしまった僕はなんとなしにそれを眺め、読み上げる。そこに書かれた苗字には聞き覚えがあった。


玉霰は寺でもらったつきものではないと思う、と言っていた。今思えばそれは正しかったのだろう。
円照寺には一緒に行ったし、玉霰がすごい顔をしたのは大学から帰って来た日だった。降霊会が行われる家に聞き覚えがあり関連を見出して降霊会に参加したが、巻き込まれた呪詛は今僕を狙うものと別物であることがわかった。
玉霰に加えて尾白も僕の大学までついてきて、ようやく犯人に目星がついた。
佐久間先生の呪具コレクションが一部持ち出されていた為、大学関係者であることがわかる。尾白に護衛してもらいながら玉霰が周囲を見て来た結果、黒田という院生の存在が浮上した。
玉霰曰く妙なものを持っていて、僕のことをたびたび見ているそうだ。
占いにでた4回訪れる命の危機をなんとか免れて彼に声をかけると、やっぱり佐久間先生の呪具を持っていた。
なぜ僕を狙ったのかと問うと、助手の採用試験で落とされたからだという。黒田さん曰く僕が悪口を言ったそうだが全く記憶にない。よく知りもしない人の悪口を言うほど落ちぶれていないし、彼に興味はない。
「僕はよく知らないって言っただけです」
「印象の薄いやつだと言った〜!」
そういえば、と思い出しながら答えると黒田さんは悔しそうに顔を歪めた。
そんなことで、と言葉を失っている隙に、彼は捨て台詞を吐いて逃げ出そうとしている。まあ、占いの通りならもう逃れたし、いいか。
その時僕の視界で、ふわりと着物の袖が揺れた。
パンっという音がしたあと、黒田さんが地面に勢いよく滑り込んでいった。
「ややっ、お見事!」
「わー!!見事じゃないって!ひと、ひとだから!」
「二度と律に手を出すな!」
黒田さんに対して見えているのかは不明だが、頬をはっ倒したので多少意思の疎通はできているかもしれない。
妖怪にとって人に害をなさない、巻き込まない、というのは常識ではないので慌てて羽交い締めにしたが、玉霰から出て来た言葉はやっぱり人らしいもので。
僕はまたしても言葉を失い拍子抜けした。
「かえろう」
振り返った彼は、ちょっと怒った顔をしていたが、人ならざる恐ろしさはそこにはない。
契約した主人ではない僕のために手放しで怒ってくれた彼の優しさと、人並みの方法とはいえ人を吹っ飛ばす気概と芯の強さを、僕は当分、開さんには黙っていようかなと思った。



next.

主人公は初対面やたら美しい妖精さんですけど、時間が経つとすごく犬。
司ちゃんと晶ちゃんは普段は姿を見られなくて、時々会う時も黒髪黒目の幼女(ゆずらない)に見えてたらいいなって思います。そして着せ替え人形にされるのが醍醐味です。
怪我をさせたくないしーって式を置いて行く開さん、多分式っていうか犬っころだと思ってるんじゃないかなと。
あと主人公が人をはっ倒したのは、多分あとでじわじわ、主人公が主人公じゃなければやばかったのかも……と怖くなってくると思います。
Feb 2018

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