春を待つ 06
冬至は陰の極まる時という。だから妖魔の力が強まる。しばらく世話になってる飯嶋の本家にも妖魔が集まっていて、なにやら悪巧みをしたり、遊んだりしているようだった。
「律はどうしたの?」
青嵐のそばにいればそうそう襲われないだろうと思って、最近は半纏を掴んでついて歩くことが多い。意外と無下にされないんだぜ。しかし、そしたらいつのまにか律が寝込んでいるじゃないか。
半纏をくいくい引っ張ってみたけど、青嵐はおじさんの顔でニヤリと笑うだけだ。
絹さんたちが風邪をひいたのね、と噂をしている声が聞こえてきた。
「かわいそうに」
襖の隙間から、布団を眺めて呟いた。青嵐はひひっと笑っていた。
家の中をうろつく妖魔の間を青嵐にひっつきながら、こっそり眺めた。山にいた頃はこんなにいろんなものを見たことがなかったものだから、つい。
いつのまにか青嵐は誰か顔なじみを見つけたのか、話をしている。
「律の命を守ることがお前の役目だったはずだ」
「守ったとも。わしは役目をおろそかにした訳ではない」
外側は人間で、青嵐には人間を攻撃することができない……ってどういうこと?うん?
首を傾げて、話している二人を見る。だれだろう、これ。
「身代わりを立てることはできんぞ?名乗りをあげる者は何人かいそうだがな」
なんの話をしているのかさっぱりわからない。
青嵐は生粋の妖魔だから、律にとって良いことではないというのはなんとなくわかった。
懐きすぎたかな、と視線を外すと熱に浮かされたような律がぼんやりと起き上がっているのが見えた。ぱっと半纏から手をはなして立ち上がる。
「打つ手はないな、これでわしは自由という訳だ」
背後から聞こえる青嵐の声から遠ざかり、起きていられない律が倒れる前に抱きとめた。
彼の左腕は包帯がまかれ、なにか嫌なものがついていることに今更気づく。
布団に運んで寝かしつけながら、腕をさする。
これは、俺の力が通じる相手ではない。
「起きた」
朝、はっと目を覚ました律を見下ろす。
律は俺の姿に目を白黒させながら、腫れぼったい手を見やった。
「ついててくれたのか」
「うん、起きられる?」
「ああ……病院行かなくちゃ……」
体が熱いのは支えている背中から伝わってくる。おそらく痛みもひどいのだろう。
病院に行っても効くとは思えないけど。
「むだだ……どこの病院に行ってもわからない。あの男もそうだった」
うわあ律の手が喋った。
話を聞くと、どうやら律は妖魔に取り憑かれているようだった。人の体を乗っ取り精神を蝕むもので、先日頼まれて車に乗せた人からうつされたらしい。
その人は妖魔に侵されながら首を吊って死んだ。
俺は自分自身が人間じゃないといっても、そういう存在について詳しいわけでもない。
青嵐が昨日話していたのはそれだったのだろうか。
妖魔たちは、この家に死人が出ると喜んでいた。律も熱に浮かされながら聞いていたかもしれないが、確認してみる気にはならなかった。
狐の話によると、これは寄生主の人間が死ぬまで出て行かないそうだ。
お気の毒ですーどころの話じゃねーだろ。妖怪ってやっぱちょっとよくわかんない。
律は開さんに電話をかけてみたけど、電波のとどかないところにいるみたいで通じない。
律の腕に寄生しているので口に出して提案はできないが、一度死んだことにしてみるというのはいかがだろうか。秘術というか忍術というか……仮死状態にする術はあるにはある。
「大丈夫?」
「うん……」
狐と別れてよろよろ歩く律の、痛くない方の腕をとって支えた。
さっきもめまいで倒れかけていたし、俺がついているとはいえ出歩くのはやめたほうがいい。
かといって行方不明の子供も探さなければならないみたいで、止めても聞かない。
手を伸ばして、冷や汗をかいた頬に触れる。
「つめたい」
律はうっとりと目を瞑って足を止めた。
それから深くため息をついて、横目に俺を見て苦笑する。
「お前がいてくれてよかったよ」
「つらいなら、優しく死なせてあげようか」
「え……」
白っぽい顔で目を見開いた。大丈夫、妖魔って結構屁理屈というか、ハッタリが効くこともあるんだって。俺もそのくらいなら知ってる。
でも律は俺の手を取って笑って首を振った。
「お前に人は殺せないよ」
そうかな、そうでもないんだけどな。
もしかしたら律は俺をひとだと信じていたいのかもしれない。
妖魔は結局俺の目論見通り、心停止した律に困惑して体から出て行った。
本来なら俺が隙を見てやってやろうと思ってたんだけど、奇跡的に司ちゃんがやってくれた。かぼちゃが胸に当たった衝撃って、おっちょこちょいだなあ、ウフフ。
腕のやつも、律の死を疑わずに慌てて体から逃げ出し、そこを青嵐が喰らう。
どうやら律が一度死んだってことで、護法神としての契約も切れたらしく、高々と笑って飛び去っていった。たーまやー。
司ちゃんが拳で律を蘇生させていたので俺はやっぱり出る幕もなく、強いていうなら目を覚ました律の腹に司ちゃんの拳が叩き込まれそうになるのを守ってやれたくらいだった。
「律!?生きてる!?生きてる!?」
「大丈夫!大丈夫だから!!」
泣きながら拳を振り上げる司ちゃんをなんとか止めて、律の様子を確認する。
すぐに蘇生されたようで、意識はしっかりしているみたいだ。
律は病院へ行き見てもらうことになり問題なく戻って来たらしい。
俺はその間にちょうど開さんが迎えに来てくれたので、一緒に家に帰り後日その話を聞いた。
next.
一話ごとの文章量はわりと控えめです。
色々視点を変えてるからですね。
Feb 2018