Sakura-zensen


春を待つ 09

最後に伯父をみたのは、数日前の夜だった。
自分の護法神だった青嵐を手に入れようとする彼にやめてくれと言いにいった。けれど、なぜと聞かれて口をつぐんだ。
青嵐はたしかにもう僕のものじゃない。最初から僕のものじゃなかったけれど。
祖父の言いつけで僕の護法神をしていただけで、今はそれすらないのだ。
そんなわけで、僕は開さんに仁義がないよというくらいしかできなくて。それを困ったように見ながらも開さんに連れられて帰っていく玉霰と別れた。
玉霰からも何とか言ってくれないだろうか、そんな淡い期待をよそに、彼らは二人とも忽然と姿を消してしまった。

開さんが最後にうちに来ていた日、蔵の中にいたというからまさか戻って来ていたり、いると気づかず鍵をかけていたりしないか、確認してみたけれど誰もいない。
そもそもこんなところにいたら玉霰が勝手になんとかするだろう。
うちに来て何を調べていたのかは知らないが、行方不明に関係しているのかと思って、見られた形跡のあるものを追ってみたが僕にはさっぱり見当がつかない。
一番の可能性としては、いつも首を突っ込むそっち方面。仕事でもよく心霊トラブルを取り扱っていた。
開さんの勤め先、三ツ葉ハウジングに事情を話して抱えていた物件の連絡先を教えてもらい、物件の大家に電話をしてみたが得られる情報はなかった。

そのすぐ後、縁あって開さんの件で電話をした安原家に行くことになった。
家に変な線が現れると依頼人が言った途端、和室に線が現れた。テーブルの上や湯呑みにまで引かれたが、物を退けると床に透けていく。指先で少し押してみると、線はやがて小さく開いた。
中に白い人のような影が見えて、思わず小さく声を上げる。
すると、依頼を受けて調査にきていた陰陽師八代は僕の声に驚き、水晶玉をおとしてしまった。転がった先で割れてしまうと、ただでさえ気が入っていない雰囲気だったのが悪化して、落ち込んでしまった。
いとこの晶ちゃんが報酬につられて助手をしていたので必死に慰めているが、どうしたものか。

僕はここに開さんや玉霰がいるのか、いないのかもわからない。
ようやく八代が原因と思われる石像を突き止めたが、僕たちが今できることは何もないと悟る。
開さんはともかく、あの涼しくもあたたかい独特な霊気を持つ玉霰のことさえも感じられないのは、石像の中にいる禍々しいものの気配が邪魔だからかもしれない。
開さんが一人でこれに手を出すはずがない。玉霰だって、行方不明になる事態まで放っておくほど無知ではない。
青嵐なんかはこんなの大好物だろうに───。
「あのー、続きは外注にしませんか」
僕はそっと手を上げる。
八代は自分の領分ではないと引きさがろうとしたが、僕が頼んだ先で片付けられるなら、成功報酬の三分の一を出すと提案をした。
僕は報酬金よりも、晶ちゃんから渡されたビー玉でここを突き止めたその力に、すがりたい気持ちがわずかにあった。
「お金はいらないから人を探してくれませんか?飯嶋開がこの下にいるかどうか」
玉霰にあったことがない彼に探せと言っても無理だろう。
あれも元は人だから、名前を言えばいいのだろうかと一瞬考えたが、玉霰は開さんが名付けたものだ。
「……むずかしいな、雑念が入って集中できないかも」
八代はそう言いながら、手にビー玉を乗せてゆっくり握りしめた。
思案するように、ねむるように、祈るように、ひたいに近づけて目を瞑る。
「見えないな、死体すらないなんてことがあるか?」
この土の下、切れ目の中につながる異界、そこにはおそらく色々なものがあって、雑念が入るのは仕方がない。
けれど、ないと断言できるほどに遠くへ、開さんは消されたということではないだろうか。
「……ゆき?」
「え?」
ふいに、彼の握られた両手がゆるむ。
小さな声に首を傾げながら、八代の手の上をみる。そこには変わらずビー玉があるのだが、小さな粒子がたちまちあふれ出た。
「これって、氷?」
「───あられだ」
晶ちゃんが一緒になって手を覗き込む。
僕はなぜだかそれが、霰だとわかる。
たちまち霰はビー玉を埋めるように山をつくり、八代の手からぱらぱらとこぼれ落ちる。
氷の玉は、草の上を転がりやがて溶ける。夏だからそのいのちは短かった。
「玉のようだ」
八代はひとかけら指先に摘んで、見惚れるように呆然と呟いた。


玉霰はここにいるのかもしれない。
青嵐に妖魔をどうにかしてもらえたら開さんのことがわかるのではないかと思っていたが、それ以上に収穫を得られそうだ。
「一緒に来ないのか?」
「行くわけがない。どうせ守ってくれないんだろ」
『お父さん』ごと連れてきた青嵐は、裏山の入り口で僕を振り返る。
石像にいるやつは間違いなく害があるし、生身の人間が近づいたらいの一番に標的にされるか、入り込まれる。
「玉霰がいたら、連れて帰ってこい」
笑いながら肉体を手放した青嵐はやがて龍の姿となり森の中へ入って行く。
僕はその後ろ姿に声をかけた。

夜の闇の中に黒い影の姿が高く上がった。
「え?ん?」
かと思えば地面に叩きつけられ、重い衝撃が地面から伝わって来た。
何度か打ち付けるような音がするけれど、これは青嵐の音ではない。あれは風のように駆け抜け龍の長い体で絡めとりばくりと食らう。
思わず森の中に入っていってしまった。
こんな、……ジャイアントスイングなんて妖怪にしては器用な真似をするのは……。
「玉霰!」
僕は自分の体の倍くらいある黒い何かを地面に転がした、小さな後ろ姿に呼びかける。
「あらら?」
肩をゆらして息を荒らげてはいたが、いつもの愛嬌ある反応でこちらを振り向いた。
正直見なかったことにしたい光景だ。
僕が顔を出した横で青嵐がなんとも言えない様子で、一応順番待ちをしている。
汗などかいてないひたいを手でぬぐい、ひといきついた動作でえへっと笑いながら玉霰は近寄ってきた。
「律!よかったー」
「な、なにしてたの」
「先手必勝といいますか……。───食べる?」
最後の一言は青嵐の方を見て、薄く笑っていた。
玉霰の背後で、地面に沈められていた妖魔が飛び立とうとしたが、入れ違いに青嵐が走り抜けて行く。今度こそ、僕の知っている光景がそこにはあって、あまり平和的ではないのだけどさっき見たものよりもいくらか心臓に優しいと思った。



next.

夜の森でちょっぴりハッスル。
青嵐も初見だったのでちょっと引いてた。
Feb 2018

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