春を待つ 13
開さんが行方不明になっている間、俺は本家にお世話になっていた。もっぱら青嵐がおじさんとして寝泊まりする部屋に入り浸るんだけど。うちにいれば、と言ってくれたのは律だし、部屋にいてもいいよお前はレポートの邪魔しないしとかなんとか言ってた。でも俺はその優しい心遣いは丁重にお断りした。
律に悪いなーとか、律と一緒じゃちょっとなーって思ったのではなく、青嵐へのささやかな嫌がらせでもある。
律のところへ行けって言われても絶対やだプン。
しかし、待てど暮らせど主人が帰って来ない。
俺は術で縛られているわけではないので、そばにいないといけないことはないんだけど、飯嶋家に居ついてしまいそうだ。
部屋にはおじいちゃんの書いた本がたくさんあったので、それを読むのが日課となった。青嵐はぶらっと出かけるときもあるし、部屋にいることもあるが、俺は基本的にその部屋で本を読む。
たまに律がおやつあるよというので、律の部屋にいってちょっと分けてもらう。律は課題をやりながら食べるから、俺も律の後ろに座っておやつを食べながら本を読んだ。
その後も律がちらつかせるお菓子につられて、すっかり部屋に居つくようになり律の背によっかかって本を読むようになっていた。
そしてある日、開さんが見つかった。
律と司ちゃんが発見して病院に運ばれていく。司ちゃんはしきりに、開さんじゃないっていうのだけど、律は開さんだよって言ってて二人の意見が噛み合って居ない。
八重子さんが入院していたので、司ちゃんはそちらへ行ってしまった。
「玉霰、僕は病院に電話するから見ててくれる?」
「うん」
冷たすぎない水を持ってきた俺は、やつれた男の口元にグラスを持っていって飲ませてやる。
身体はまちがいなく開さんだろう。けれど、中に違うものがいるのがわかる。
ほとんど起き上がれない開さんの背中を支えながら、うまく飲めずに溢れた水を着物の袖でぬぐって救急車がくるのを待った。
俺は何が入ってるのかわからない体を放っておくこともできないし、律とこれを二人きりにするのもいやだったので一緒に病院まで行った。
家族は皆開さんが帰ってきたことに喜び、司ちゃんだけが別人だと言い張った。なんで司ちゃんにだけ中の人の顔が見えたのか。……波長の問題かな?
ただ一人しかそういわないものだから、身内はなんでそんなこというの!って感じになっちゃうし律にも見えないと言われてしょんぼり家に帰ろうとした司ちゃん。
俺は思わずその姿を追いかけ、家まで送る道すがらで少しだけ慰めた。
「あれえ、律は?」
家に帰ると律がいなくなっていた。
おじさんがのんびりしているところに顔を出して問いかける。
返事はない。が、やがてのっそり立ち上がって部屋を出た。くいっと顎を突き出すので半纏の裾を握ってついてく。
いつのまにか異界に入ってた。
一瞬真っ暗になったかと思ったけど、目が慣れてきて道や風景が薄ぼんやりと見える。明るくなったのかなって思うくらいには認識できるようになったころ、道端にある木のそばに麻雀卓を囲っている妖魔の影をみつけた。
そこには開さんと律がいて、妖魔たちと麻雀をしている。
あれ抜け出せないやつじゃないか?と思いながらおじさんの顔を見上げると、涼しい顔をしていた。
「おまえルールわかるか?」
「まあ……だいたいは……」
嗜みとして……と続けると、ふうんと頷かれた。なんだってんだい。
俺に何の説明もなしに、開さんと律が逃げ出そうとしているところにおじさんが入って行った。
「わしが代わろう、そこをどけ」
開さんが腰を上げたところで、その席にすかさず入る。
「麻雀できるの?……ってゆーかおまえ……」
「うるさいわいさっさと行かんか!」
律は驚いた様子で詰め寄ろうとしたけど、今の状況を思い出したようで開さんの腕を引っ張った。
「二人抜けたら一人足りなくなるではないか」
なるほど、そういうことか。青嵐は一応助けに来たわけだな。おそらく気まぐれなんだろうけど。
なら俺も加勢しようと思って、律のいたところに座った。ほら切れ、と急かしたら妖魔たちは律や開さんを引き止めなかった。
「そこは蝸牛の」
「じきに戻るわい」
蝸牛って亡くなったおじいちゃんじゃないか、と思いながら麻雀牌を眺める。ああ、ルールやっぱり覚えてないや。ちらっとおじさんを見たら、そっけなく目をそらされた。
どうすんの、これ。
結論から言うと、青嵐が全部食った。
「おおー……」
俺の他に2匹だったので大したことはなく、不意打ちで1匹ぱくっといったところを慄いてるもう1匹は逃げ切れずちゅるんっといかれた。
「……おいしい?」
「まずい」
あ、食ってる間に話しかけなければよかった。なんかもちゃもちゃしてる。おえ。
古〜い、強〜い妖魔がうまいらしいんだ。今いたのは低級で、そこまで古くもないのだそう。どこからが古いんだ?妖魔って。
おじさんの体はポイされてたので、うつ伏せのところを仰向けに転がして、なんとなくお膝をかしていた。
「帰るか……」
「うん、ありがと」
ふーと息をついておじさんの体を見下ろした青嵐は中に入り、俺の膝から頭が自発的にどいた。
またのっそり立ち上がり、少し丸まった姿勢の悪い背中が歩き出す。ててっと走り追いかけようとしたところで、俺は肩をぽんと叩かれた。
え、妖魔もう全部食ったはずなのに。
たかだか一人分くらいの力で、ふわっと後ろに体がかたむいた。
「あ、お」
先を行く青嵐が振り向いたが、遠くなってやがて消えてしまった。
「お、おいてかれたじゃないかよ!」
どうしてくれるんだよう!
俺は自分を引き止めた人に詰め寄った。
ってゆーか誰。まだ人いたのか。
「ああ、いや、すまない」
「……おじいちゃん?」
「おじいちゃんに見えるかい」
「ううん」
俺にはなんだかこの人の姿がよくわからなかった。
若いんだか年老いてるんだか、でもかろうじて男の人だろうなというのは認識していて。おじいちゃんと言ったのは、多分律の言うおじいちゃんだと思ったからだ。
開さんは親父、青嵐は蝸牛、律はおじいちゃん。だから俺はその人に対する印象があまりはっきりとしていない。
「開さんのお父さんですか?」
「ああ……」
人相もわからないのに、笑ってくれたように見えた。
ちょっと二人で喋ってみたかった、というようなことを言われて納得した。
まあたしかに、なかなか二人で喋れる機会はない。俺もおじいちゃんも人ではないが、いる場所は違う。縁がほとんどなけりゃ、用もない。ちょっとした挨拶することもできなかったので、今回会えたのは嬉しいことなのだろう。
危険なことに手を出す開さんを未だに心配しているにちがいない。
そいでもって、俺の素性も気にしてるのかなあ、なんて。
「玉霰です」
「……美しい名前だ」
名乗ると、開さんみたいにやんわりと撫でられた。指の腹が髪の間にさしこまれ地肌をやさしく押した。ひたいがくすぐられるようにむず痒くて、笑いそうになるのを我慢した。
「青嵐も風流ですよね、開さんはお父さんの真似したのかな?」
「そうじゃないだろうな」
苦笑された。たまたまですか。
まあ確かに俺の場合は好きなお菓子の名前でもあったわけだが。
と、なんでもない話を少しして、手を繋いで歩いてたらとっぷり日が暮れた夜になっていた。ばいばーいと手を降って別れておうちへ帰ると、開さんの部屋になんかよう知らん古い箪笥が設置されててびっくりした。誰よ!?そのおんな!!
ちょっと異界に行ってる間に、知らない女が主人の部屋に棲みついてた俺の気持ちがわかるか。
next.
だれよそのおんな!って言わせたかった。
April 2018