Sakura-zensen


春を待つ 14

異界から脱したときからなんとなく、全てを置き去りにしていたことに気づいていた。
───玉霰だけは異界にも行かずにおいてきた本家で待ってると思っていた。しかし律いわく、異界の知らないところに放り出されたそうだ。
気配をたどってなんとか戻ってきたが、肝心の主人がいないということでまた本家でしばらく帰りを待っていたのだろう。
そして青嵐や律とともに迎えにきてくれた。
「どうして玉霰をもっと頼らないの?」
護法神達を全て失った今、本家には顔を出さない方がいいと忠告してくれた律は問いかけるようだが、少し責めるような目つきで言った。
を式にしたのは山から降りて家に連れて帰るためだったのが大きい。
あのままにしたらかわいそうだったし、清い霊力が勿体無いと思った。
そばにいれば、ちょっとした魔除けにもなるので便利だ。
人の子供らしく愛嬌があるので、一緒に暮らすのも悪くない。だからこそ、自由にしてやりたい気持ちもあって、甥や姪のところへ遊びにいくのは賛成だった。
いつのまにか懐いていたので、よかったなあ、なんてごくごく普通の目線で見られるくらい、のことを人として慈しんでいるつもりだったのだ。



箪笥に憑いた女の悪霊に襲われたとき、戻ってきたのは式のうち一匹だけだった。
「助かったが……なんで一匹だけ」
箪笥を円照寺の住職に供養してもらえるよう頼み込んだ帰り道、少し肩を落とす。
隣にいた律は苦笑しながら、憶測だけどと語った。
「開さんと一緒に異界に行って、戻ってこられなくなったんでしょ。玉霰だって自力ではなかなか出られなかったといってたし」
妖魔にとって異界は吸引力の強い場所だ。
しかし式としての呪法が残って入るので、主人のところに戻ろうとしている。
「でも、玉霰にはそれはないはずだ」
「前も一度は戻ってこられたし、開さんのことはきっと見つけると思うよ」
他の護法神もきっと時間がかかるが戻ってくるだろう、と律は言った。
「玉霰は開さんが思っているより、しっかりしてるんだ」
なんで律がそんなこと知ってるんだ、と思いかけて長らく律に預けすぎていたことを実感する。

式が帰ってきたことにより少し自信を取り戻したが、の不在は変わらず、律の言葉も気にしている自分がいる。
当初の目的である引き受けた仕事は無事終了して、なんとか今後もやっていけるのだろうと思っていたところに、追い打ちをかけるような事態が起きた。
環姉さんが荷物が届いていたというので確認しにいったところ、円照寺に預けた箪笥と、女が部屋にいたのだ。
おそらく式が全て帰ってくれば、女を箪笥の後ろに封じ込め続けることはできるだろう。しかし根本的な解決はできない。
親父も完璧ではなかった。よく術に失敗していたし、周りで人が死ぬことも多かったと聞く。なんとか身内だけでも守れるように神経をすり減らしていただろう。
そのようにして、生きていくしかないのだ。
それはたとえ、すべての護法神が帰ってきても変わらず、この命が終わるまで。

「おかえりなさい」

数日後、帰宅するとあたりまえのようにがいた。
がいるときの自宅はいつも良い空気で満たされている。家に入ればすぐに帰っているとわかったし、慌てて部屋へ入ればは普通に部屋で待っていたのだ。
「え?あ、え?」
思っていたより早かった帰りに驚き、箪笥とが会ってしまうことを考えていなかった。
「……ここにあった箪笥は?」
がちょこんと座っている後ろには、部屋に似合わない古い箪笥があって、その裏には女がいたはずなのに。
ゆっくり後ろを指差すと、は振り向きもせず小首を傾げた。
それから困ったような顔をして見上げてくる。
「大事なものだったの?」
「え?いや、何もされてないか?」
「うん」
両手で顔を包み込んで様子を見る。ふわふわの頬はあいかわらず傷ひとつない。
の気に当てられて、女も逃げ出したのだろうか。
話を聞こうとしたその時、家の電話が鳴り響き、環姉さんがいないのでとりにいく。電話口は律で、どうしたのかと問いかけると無事か確認された。
律は円照寺の住職から、保管してた箪笥から悪い気配が急になくなったと連絡を受けて、女がこちらに来てないか心配してくれたようだ。
「……箪笥はそっちに戻ったんだな?」
『?うん。もしかして』
「きていたよ、一時期ね。でも玉霰が戻ってきたから箪笥ごとなくなってて」
『あ、あ〜〜……そういう』
「なんだかわかる?でもそっちの箪笥にも戻ってないんだよな……どこいったんだろう」
『いや、うん、いいよ。もういないんだと思う』
「え?なに?」
『──わかったから。住職には言っとくよ』
「なにが?おーい、律?」
あいつは何を察したんだ……と思いながら一方的に切られてしまった受話器を見つめる。いつのまにかが追いかけてきていて、電話を待っていたので顔を見合わせた。
「律?帰ってきたって言っといてくれた?」
「ああ。あっちに顔出さないできたのか?」
「うん、一番にこっちに帰ってきちゃった」
そうか、と頷きながら受話器を戻してリビングのソファに座った。
はもう一度おかえりなさい、と言ってくれたので今度はきちんとただいまと答えた。
律の言う通りは思っていた以上にしっかりしていたらしい。
護法神が全て戻ったら押し込めておけるだろう、と思っていた執念深い女も逃げ出すのだし、のことが急に頼もしく見えてきた。
そして少し話そうかと言われて頷いたら、いつのまにか叱られていたことに気づき認識を改めることになったのだった。



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律「あ、あ〜〜(察し)……そういう」
April 2018

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