春の旋風 06
「あんた、おでこのソレなによ」出会って一年が経とうとしている春、バイトに遅刻しそうだった俺はダッシュで事務所に駆け込んで、おでこを晒していた。そこには百豪の印がある。
よりに寄って全員集合してる日にやらなくてもいいのにな、俺。
「痣にしては出来過ぎた位置ねぇ。もしかしてお洒落?」
「だ、だいさんの……め?」
しらけたので「故郷の……おまじないデス」って言うと、結局「あんたどこの民族の子なのよ」って突っ込まれた。ほっとけ!火の国、木の葉の隠れ里だよ!
「───話を戻しても?」
興味があるのかないのか、しばらくは黙って聞いていた渋谷さんの、地を這うような声が俺達を現状に戻した。俺は座れと言われたので大人しく近くの席にすとんっと座った。
俺達全員が最初から集められて向かった調査は、長野にある大きなお屋敷の調査だった。偽物の所長をするのは安原さんで、渋谷さんは偽名を名乗ってる。
皆にナルって呼ばれてるから呼びかけやすいように鳴海にしたんだろうか……かわいいやつめ。俺は呼んでないけど。
いや、そもそものナルの発端は一応俺ってことになってるんだよな。このナルシストのおナル!って文句を垂れて一時期ナルぅ〜って呼んでたら定着してた。そもそも普段は名前を呼ばないし、調査中はちゃんと渋谷さんって呼んでる所為で俺は癖になってないんだけど、ぼーさんも綾子も原さんも皆ナル。俺と安原さんとジョンは渋谷さんって呼んでいた。でもリンさんやお師匠さまらしい森さんまで呼ぶってことはナルシストのナルっていう渾名じゃないんだろうなあ。俺がナルって呼んだ時一瞬目を見張ってたし。俺の事を名前で呼び捨てにし出したのもナルって呼んでからだった気がする。『おまえ』って使うやつから谷山くんとか言われると気持ち悪かったから呼び捨てにしてくれてほんと良かった。
「いやあ、しかしあれだな、森まどか嬢に逆らえないナルは見物だった」
「そーね」
二人ともぷくくって笑ってるけど、本人そこにいるから。
荷物を運び入れながら俺はちらっと渋谷さんの背中を見やる。
「師弟関係ならそうなるだろー」
「なんだ?お前まで師匠がいるとか言わないよな」
「まあ、居なくもないけど」
「そもそも、あんたは何を教わることがあんのよ」
「…………格闘技とか?」
「あら、ただ運動神経が良いだけかと思ってた」
「元々は格闘技が好きで、運動神経極めたんだよ。蝶のように舞い、蜂のように刺したい……って!」
実際の師匠が教えてくれたのは力の使い方と医療知識なんだけど、それを教わってたっていうとちょっと胡散臭いし、気功もといチャクラのことを話さないといけないので話をそらした。まさか俺の過去にこんなに食いつかれるとは思わなかった。
足が速いとかロッククライミング的なのが得意、程度にしか運動神経は披露してないんだがな。ジョンと安原さんはちらっと知ってるから、道理でっていう顔をしてる。
俺の野望にはぼーさんも綾子もしら〜っとしたので、視線を箱に戻してアダプタを引っ張り出して話を終わらせた。そして準備している間に大橋さんがやって来て、安原さんが上手く渋谷さんに回し話を聞いてもらってる。
「あんたの師匠どんな人だったの?」
「え……近隣では有名な、えーと、伝説の……ばあちゃん」
師匠いくつになっても美女だったけどな……。
遠い目をしている俺の横でぼーさんがひくひく笑っていた。
師匠が居たら間違いなく地面に埋められてた。俺もぼーさんも。
初日の夜、滅茶苦茶怖い夢を見て起き上がった。怖いっていうかまさに戦闘準備に入ろうとしかけて、ベッドから瞬時に起きて暗器を出しそうになってようやく夢だと気がついた。武器出さなくてよかったあ……。吃驚してる俺を見てリンさんと渋谷さんもちょっと吃驚していた。武器は出さなかったけど殺気出しちゃったから、ぞわっとしたかもしれない。霊的なあれとちょっと似てるかな、誤摩化せるかな。
「ひどい血の匂いがすると思ったら……」
「血?」
原さんも言ってたけど、この洋館に入ってからずっと血の匂いを感じていた。
あの夢が本当だとしたらなんとなく……納得。大蛇丸も大概だったけど、これも酷いな。
「……バスタブに血を溜めて浸かる夢を見たんだよねえ」
「……」
渋谷さんとリンさんにそう報告をした後、美山鉦幸氏の身体が弱いことや、ヴラドという文字で、俺が見た夢は確かなものになった。一度首を斬られる夢まで見せられたけど、幻術だと思いながら耐えることにした。ほんとの幻術なら大抵破れるんだけど……。
その日もまた殺気立っちゃってリンさんも渋谷さんも起こしてしまった。なんかごめんね。ちゃんと説明してから落ち着いて二度寝したけど……気分悪くて眠れなかったからあの時は一晩中外で鍛錬してた。
渋谷さんの本来の目的はどうやら、ここの調査ではなくて偽物のオリヴァー・デイヴィスの様子見だったらしく、壁を壊して死体を発見したついでに起こった騒動でデイヴィス博士が自分から偽物だって宣言して終了した。ハイハイ撤収撤収。
ところが、事態は一変した。なんと、原さんが行方不明になったのである。理由はなんだか知らないけど、原さんと綾子はいつだって口喧嘩みたいなことしてるし……それで別行動とったのかなぁ?え〜ちょっと、も〜。
壁を壊して探しに行くことになり、男は皆で壁を壊す為に肉体労働をしてて、例に漏れず俺もやってたんだけど休憩中にふっと意識が遠のいて、俺は優しい渋谷さんの示すままに道をいく。
あの、例の手術室のようなところか。……神聖な手術室と一緒にはしたくないケド。
原さんは隅っこで踞ってて、俺に気がついた。
「さん…………、来て、くださいましたの……?」
顔を覗き込んで原さんの頭を撫でる。
「きっとあたくし、もう死んでるのね。さっきとびきり優しく笑うナルも来ましたの……それにさんまでくるなんて」
「生きてるよ、原さんは。これ、もってて。俺の昔の家の鍵」
すぐむかえに来るからねって笑ったら、安心したように原さんも笑った。
目を覚ましたら、さっきと変わらず皆が壁を壊す為に頑張っていて、俺はゆっくり立ち上がる。
多分夢じゃないんだろうな、うん。鍵がなくなってる。そして優しい渋谷さんは、渋谷さん本人とは違いそうだ。
「壁の薄いところがあります」
原さんに会えた事を言ってからすぐ、壁の薄い所をみつけてくれたリンさんに、俺は腕まくりをして近づいた。
「どいてて」
「は?」
渋谷さんとリンさんがまさかお前っていう顔でこっちを見てるので、にっと笑う。
「無理だろう、さすがに」
「いや〜いけるいける」
「なんのこっちゃ」
「とりあえず、一回だけやらせてみてよ、できたらラッキー?」
渋谷さんが難色を示してぼーさんが怪訝そうにしたけど、俺は皆を壁からさがらせる。
手をぶらぶらさせて力を抜いてから、ふぅ〜っと深く息を吐き、ちょっと止める。
「っん、っしょぉ!」
手にチャクラを集中させてパンチすれば、ドゴォッとコンクリートに穴が空いた。
ぱらぱらぱら……とコンクリートが崩れる音が余韻にのこる。あ〜結構大穴開いたな……。
「二次被害は行ってないですかー?」
「……大丈夫です」
どん引き気味の皆の代わりに、リンさんが答えてくれた。正直怪力を実際目の当たりにしたことあるのってリンさんだけだもんね。渋谷さんは聞いてたから驚いてないけど、コイツオカシイ……って顔してる。
その後、足が速くて身軽な上に道を知ってる俺は見覚えのある道に入ってすぐにダッシュした。見つけた原さんをひょいっと抱えて部屋を出て、霊にすら捕まらない速度で皆の所に戻ると、どうやら後ろになんかいたらしくて、リンさんが指笛かなんかで追っ払ってくれたので全員で撤収じゃー!と外に出た。
next.
近隣では有名な伝説のババアと称したかったんだけど、主人公師匠のことババアいわないな……って思ってやめました。でもやっぱりシュール。
しゃーんなろぉはサクラちゃんじゃないので言いません。よっこいせとか、どっこいしょ、系です。
Mar 2016