Sakura-zensen


春の旋風 07

とある調査にやってきた初日の朝、騒音を聞きナルが駆けつけた先にあったのは妙な光景だった。
粉砕された下駄箱の残がい、茫然としている部下、そして男子生徒の姿がそこにある。
「ご、ごめんなすん」
おかしな謝罪をして降参するように手をあげたのは男子生徒だった。チャイムの鳴る音に反応して素早く駆け抜けて行ったがリンに事情を聞いてナルは自分の耳を疑った。カメラを覗き込む男子生徒を見つけて声をかけたら狼狽えて下駄箱にぶつかり、危ないと思ったので近寄ったら男子生徒が下駄箱を蹴り飛ばしたと言う。
そして、一撃を受けた下駄箱は木っ端微塵となり、あのような状況に成り果てたのだ。
目の前の朴念仁が自分におかしな冗談を言う筈は無く、ひとまず否定はせずに心に留めておく事にした。
再会した男子生徒、谷山はそこそこ使い勝手の良い男だった。人にとけ込むのが上手いのか、人柄が良いのか、女子生徒に頼むよりは有利かと思って頼んだ噂集めを容易くこなして来た。本人のいう『怪力』にも興味があったので荷物運びを手伝わせてみたら軽々と運び込み、疲れた様子も見せなかった。

リンから聞いた話の真偽を確かめる機会はなかったが、の運動神経が良いのは数日のうちに判明した。反射神経、状況把握、動体視力、どれをとってもただ者ではない。別の教室にいた真砂子の危機を察知して一番に教室を飛び出し、見事に追いついた。否、本当に追いついていれば落ちないので、追いついたとは言えないのかもしれない。
ナル達はカメラに映り込んだが真砂子を掴まえて校舎から落ちて行くのを見た。
全員で下に向かうと、真砂子はしっかりに抱き込まれて無傷のまま倒れている。下敷きとなったは工事中の資材に背面をぶつけたようで、多少目を回していたが本人曰く「げんきげんき」だった。
「霊媒師さん、怪我は?」
「あ、ありませんわ」
痛みすら訴えずにへらりと笑うは、あろうことか真砂子の心配をして救急車に自分で乗り込んで行った。調査中なのだから付き添いは要らないと断る程に元気である。打ち所が良かったのだろう、と全員ほっとしていた。
彼を手伝わせたのはナルの意志であり、責任は少しこちらにもあると思い学校側に事情を説明した際、の身の上話を聞くことになった。どうやら彼はナルと同じく孤児であったらしい。
普通の高校生が一人で生きて行くのが大変なことはよくわかっている。ナルは養父母も居て仕事もあるが、にはそれがない。
「あ、じゃあバイト代と治療費ちょーだい」
退院して暗示をかけた後に少し話したが、は元気で強かだった。もちろんそのくらいはしてやろうと思ったし、痛手にはならない。そこで頷けばは驚いてから嬉しそうに笑った。
このときまでが馬鹿正直で馬鹿力なただの馬鹿だと思っていたナルは、ゆっくりとだが着実にの異常性を認識して行くことになる。
まず、には暗示が聞かない。それはすぐに判明したし、稀にそう言う人物も居るため仕方がない事だと諦めた。
次に、は妙に勘が良い。正式にバイトに雇って調査に何度か連れて行くと予言じみたことを言ったり幻視のようなものを見ている。嫌な予感というのには敏感で、危機回避の能力は優れていた。
それから、注意深く物事を見ていること。ヲリキリ様の紙は一度見ただけだが観察して詳細を覚えていたし、警戒しているときのは洗練された軍人のようだとさえ思った。

セメントの壁を拳一つで崩した時、ナルはようやく部下の言う事を信じた。ナル自身アルミの重りを壁に当てるという実験をしたことがある為、驚異の力というものに対しての許容範囲は広いが、生身の人間が持てる力ではないことは身を以て知っている。兄のジーンが力を増幅してくれないと、自身の身体が持たないのだ。それを、がやすやすとやってみせたことは、ナルには到底信じ難いことだった。勿論、リンもまどかも同じように驚いたのだろう。
「ねえねえ!さっきのリンさんの何?すごくない?」
「何はあんたよ!なんなの!?」
一瞬のうちに消え、真砂子を抱きかかえて風のように戻って来たは、外にでるなりはしゃいでいた。リンが式を使ってヴラドを一時的に追い払ったことをいっているのだろう。
それに対して瞬時に文句を付けたのは綾子で、ナルもおおむね同感だった。お前のほうがすごいことをやっている、と。
「え〜俺?」
「さっきの凄いわよねえ、気功術?それともPKなのかしら」
「んーと、チャクラって呼んでましたよ、うちの師匠は」
かつて気功術ときいて適当に頷いていたはこのときになってようやく、自分の力を「チャクラ」とあらわした。チャクラはインドが起源の神秘的身体論における、精神と身体にある複数の中枢を示すもので、おそらくそういう教えのもとに気を練っていると言いたいのだろう。はそちらの専門知識には疎いようで、あまり説明をしたがらなかった。
「仏教徒じゃないんだけどね〜」
ゆるく説明したは、掌を握ったり開いたりした。
先ほどセメントを崩したその拳に、傷はひとつも見当たらない。
「ほかにはどんな事できんだ?」
「え?んー、速く走るとか、ジャンプ力上げたりとか」
滝川が興味深そうに質問を重ねたので、は首を傾げながら自分の出来る事を呟く。
それでもは全てを説明する訳でもなく、屋敷に戻りながら言うだけだったので、ナルも滝川も疑問が残ったままに調査を終えた。

まどかが帰って数日が経ち、ナルが旅行と言う名の遺体探しに出ているある日の昼下がり、は聞きたい事があるからとリンの資料室をノックした。仕事に対する質問にしては、少し言い淀むそぶりを見せていたのでリンは少し首を傾げる。
「あのさ、渋谷さんってそっくりの兄弟とか、居る?」
「どこで、それを?」
「あたりか」
ナルの兄がナルにそっくりだということは、真砂子でさえ知らないだろう事実だ。まどかが話したとも思えず、リンは目を見張った。
は前からナルのあだ名を言い当てたりと、勘が冴えすぎていてその言動は予想を超えて来る。
「その人は、優しく笑う人?」
「───ええ」
リンは脳裏に柔らかい笑顔を思い浮かべて、神妙に頷いた。
「生きてる?」
これ以上は答えかねると告げようとしたが、のいつもよりも冷たい声にリンは息を飲む。やはりは何かを知っている。
「ごめんね、こっちから何も言わずに聞いて。えぇと、その人が、夢に出て来て、調査に協力してくれるんだ」
「!……───もう、亡くなっています」
「そう……じゃあ幽霊なのかなあれは」
は納得したように返事をする。その可能性はあり、彼は優秀な霊媒であるとリンは説明した。
「何故、私に聞いたんです?」
「生きてないかもしれないと思ったから。それなのに渋谷さんに聞いていいのか分からなくて、リンさんは渋谷さんのお父さんを知っているみたいだったから、兄弟も知ってるかなと」
今度はリンが納得する番だった。詳しく話せずとも、ナルに直接聞くべきか否か、は確かめたかったのだ。
「ナルは、彼の遺体を探しています」
「なるほど、じゃあ旅行は」
「ええ」
察しの良いに、リンは頷く。
「でもなぁ、あの人調査に協力するばかりで、自分の話はしないんだよね」
「そうですか」
はなんとなく、彼が遺体よりも目の前の調査を優先している気持ちがわかる。自分が仮に死んでいてどこかに葬り去られていたとしても特に気にしない。忍者的常識で考えると抹消して欲しい気持ちはあるかもしれないが、そうでもないなら別に良いとさえ思っている。
死んだ事を知られてるのなら、尚更遺体なんてどうでも良いとか思っていそうだ、とは思ったけれどナルが遺体を探しているのなら協力は惜しまないつもりだった。もちろん、手がかりなどはないが。
「───じゃあ、帰って来たら報告するね」
「ええ……」
リンはぎこちなく頷き、が仕事に戻る背中を見送った。



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ぶっとび主人公なので三人称書いてみます。
忍びっぽさもちらっと。
Mar 2016

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