春の旋風 08
渋谷さんにお兄さんのことを報告して、渋谷さんからも色々聞かれたけど結局場所の手がかりは得られないので大した進展は無かった。相変わらず渋谷さんは遺体探しの旅行をしているし、依頼はない。ぼーさんと綾子が急に遊びに来たときはオフィスがいっきに騒がしくなるんだけど、渋谷さんが旅行から帰って来て遭遇したときの絶対零度の目がヤバい。
無言で所長室におこもりあそばした所長の背中を見送り、ああなんも起こらなかったと安堵したのも束の間、お客さんがやってきた。
吉見彰文さんと名乗った青年はおばあさんの代理で依頼にやってきたそうだ。一緒に居る女の子は姪っ子の葉月ちゃん。首に包帯を巻いていて、診ていただきたいって言うから渋谷さんは見る前から病院に行けとすげなく断る。
旅行後だからってだけじゃなくこの性格の悪さは通常運転なので気にしないでください!無理な話だけどな。
石川まで車で行くのは大分疲れたけど、ご飯が美味しいし部屋の眺めも良いしで来てよかった。遊びに来た訳じゃないんだけどさ。
あきらかに人外の仕業ってことは検討ついてるし、彰文さんいわく家族も様子がおかしいみたいだから操られてたりしてるんだろうな。あ、操られてるっていうか憑かれてるのか。俺幻術タイプとはいえ憑依を解くのは苦手なんだよな。
とか思ってた矢先、渋谷さんが幽霊に取り憑かれてしまった。
首を絞められて死にかけた綾子は渋谷さんを縛る方向で考えていたけど、リンさんいわく縛ったくらいでは止められないとか。
「どういうことだ?」
「言葉通りの意味です。松崎さんは運がよかったのだと思いますね。おそらくナルに憑依した者もまだナルの使い方がよくわかっていないのでしょう。でなければ松崎さんはとっくに死んでいますよ」
リンさんは気絶させて布団に寝かせた渋谷さんの方を見ながら、肝心なことは伏せて説明する。
「奴が本格的にナルを使うことを覚えたら、我々に対抗手段はありません。縛り上げようと監禁しようと無駄です。我々も───ナル自身も、生き残ることはできないでしょう」
リンさんはむやみに人の不安を煽るような誇張表現をするとは思えないし、おそらく本当のことなんだろう。たしか、渋谷さんは念力みたいなのがあった筈だから、そういうことかな。手も触れずにスプーンを曲げるどころか首を落とすように分断したことを思い出す。渋谷さんが内緒にしてって言うので言ってないけど。
「ここは信じていただくしかないんです。ナルはあなたがたが想像している以上に危険な人間だということを」
「…………ひとつ聞く。おまえさん喧嘩は強いか?」
「おそらく」
「ナルとどっちが?」
「……殺しあいならナルの圧勝でしょうね」
皆、リンさの答えに黙ったけど、リンさんとぼーさんが同時に俺を見る。え?なに?
「は?」
「渋谷さんが何を出来るのかはわかんないけど、俺は人よりも丈夫だし、早く動く自信はあるよ」
「……了解」
ぼーさんは深くため息を吐いてこれからのことを話し出した。
渋谷さんはリンさんが金縛りをしておくこと、渋谷さんを守る為にリンさんが式を残すこと、その間リンさんに出来ることは少ないこと、そんでもって渋谷さんを連れて逃げ出すことは出来ない、と。
お兄さんとは夢で会って話した。
ここは霊場の気配がすることとか祠が歪んで見えることとか、あとは三角関係の末に修羅場して心中とか、村八分にされたのとか、ごろごろ混じってて意味わがからん感じになった。
次の日には原さんとジョンが来てくれたけど、結局渋谷さんに憑いてる霊のことはよくわからなかった。
お風呂から上がった時、なにやら騒がしいと思えば靖高さんが両手首を切って意識を失っているそうで、俺とぼーさんは急いで応急処置をした。簡単な治療しかしてあげられないけど、息があるし止血をしたので今すぐ病院に運べばなんとかなると思う。
子供達が無邪気な顔をして死んだかなんて聞いて来たけど、この年頃ならこれほど残酷すぎることは言わないよな、明らかにおかしいよな。
霊は渋谷さんに憑いてる一体だけではないということが決定づけられて、綾子は家族分とメンバー全員分の護符を用意した。
「特に、絶対に肌身離さず持っててくれ。お前さんが憑かれたら、ナルの二の舞になるかもしれない」
「そだね」
俺は護符で口元を隠しながら苦笑する。
渋谷さんみたいに落としにくいって言われるタイプじゃないのかもしれないけど、俺を捕まえられるかは分からない。護符を無理矢理持たせるのも困難だろうし、下手したら怪力でなにかやらかすだろう。まあやすやすと乗っ取られるつもりはないけど、幽霊は未知だからなあ。
その後俺は陽子さんと子供たちに護符を渡す担当だったのに悉く断られていて、今は子供達を追いかけて外に出て来た。
「ねえ!おじさんが死んだんだって!」
あの無邪気な質問にあえて嘘で答えると、子供達は嬉しそうに振り向く。これ、間違いなく黒だろ。
「あと彰文さんも」
「彰にいさんも?どうかしたの?」
「どうしようかな、教えてほしい?」
「おしえておしえて!」
子供に憑いてるのが子供とは限らないけど、あっさりとよってきた。意識の下に巣食っていてどちらも無意識な行動なのかも。
「彰にいさんも死んだの?車に乗った?」
よっしゃ、良いこと聞ーいた。
ポロシャツの裾を掴んでお強請りして来る子供達の腕をばっと掴む。
もみくちゃになって、克己くんには逃げられた。
俺が問いつめてたから綾子と光可さんも様子を見に来る。
挑発しながら言い合いをした末に克己くんに憑いてる霊が少し顔をだした。和歌子ちゃんは綾子に預けたけど、このままだと克己くんは海に飛び込むと言ってる。この距離だと、ギリギリ追いつくかつかないかだ。
克己くんが背を向けて走り出したので俺も地面を蹴る。崖に面した小さな戸を慣れた手つきで開ける背中は目前に迫っていたけど、捕まえる前に克己くんは飛び出した。躊躇いが無いってこういうことね!
滑り込みで細い胴体に片腕を巻き付け、もう片方の腕で崖のへりを掴んだ。
克己くんの身体にはまだ霊が憑いているから、俺の腕のなかで藻掻き暴れている。少しでも緩めたら落ち、この高さだったら全身鞭打ちで死ぬだろう。
「!!!」
「ぅ!……っ」
腕が痛い。崖を掴んでる腕じゃなくて、克己くんがちぎらんばかりに噛み付いてる方の腕が。
これ、いっそ一緒に落ちて海の上に着地したほうが楽だったのでは……。
綾子の声が遠い。まあ和歌子ちゃん放せないので仕様がない。光可さんに誰かを呼びにいってもらってるので、俺はとりあえずこのまま待つしかなさそうだなあと考える。片腕でも崖は登れるけど、さすがにおかしいもんねと思ってたらすぐにリンさんがやって来て腕を引っ張り上げてくれた。ある程度手を借りられれば俺も登れるので、獣みたいになってる克己くんを腕に抱いたまま地面に立つと皆がどん引きした顔をしてた。
やっぱり発狂してる子供って怖いよね。
「!───その腕っ、」
「え?ああ……だいじょうぶ」
未だに噛まれてギリギリされてる腕を見て、リンさんは目つきを鋭くした。あ、もしかしてこっちにどん引きだった?
確かに血がだらだら出てて、克己くん猟奇的。
あのあと護符を持たせたらわりとあっさり二人から霊が抜けて行ったんだけど、自分の口の周りについた血に克己くんはべらぼうに吃驚していた。やべっと思って咄嗟に腕を隠したんだけど、大丈夫かなあ。
その場は綾子に任せてベースに戻るとぼーさんとジョンと居合わせてしまい、俺のがぶがぶされた腕を見てまた引かれた。
きゃ、お前ら顔に出すぎ!
next.
片腕でコンクリートを割っといて、片腕で崖を登ったらおかしいもんねって言うけど、割るのは気の放出ですからね、うん。
でも段々、身体張ることが増えてきました。
なんとなく、サクラちゃんだからこそこれくらいやって良いかなって思ってます。それが成り代わりの良さだと思うんですよね、私は。
Mar 2016