春の旋風 09
腕の怪我は自分で手当してから包帯を巻いて、あたかもまだ怪我してます〜ってことにしている。その所為であんまり肉体労働をさせてもらえないのが難点だけど、まあ皆が出来るうちは頼っておこうと思う。奈央さんの遺体発見時は彰文さんと一緒にお留守番したけど、彰文さんは途中でカメラの映像に気がついて洞窟に確認に行ってしまった。身内の確認もそりゃ必要だろうけど、きっと辛い光景だったに違いない。
事態はどんどん悪化していて、母屋の方で火災が起きている間に渋谷さんは奇襲を受けた。結界を張っているリンさんが一番に気づいたので俺も追いかけて渋谷さんの所に行ったけど、和泰さんがものすごい形相で襖に傷つけていた。こわ……。
「おさえられますか?私では大怪我をさせてしまいます」
「がってん」
結界張ってあるけど、襖一枚壊せない男に遅れをとる俺じゃなくってよ!
後ろから掴めば一度動きは止めたものの、何かに身体を切られて怯んだ隙に逃げられた。脇腹がすぱっと行かれてるんだけど。
「って〜、……なに、いまの」
「カマイタチかもしれません。───ベースに人を!」
「わかった」
逃げて行く和泰さんを追いかけるリンさんに返事をして、俺はとりあえず誰かを呼びに走り、目に付いたぼーさんに駆け寄る。
「ぼーさん!」
煤をシャツで拭いてるぼーさんは綾子にお腹見せるなと叱られながらこっちを見た。
「お、っまえ、また怪我してるのか!?何があった!」
「和泰さんがベースを襲って、乱闘になった。リンさんが追ってくれてるから一緒にきて!あーっと、綾子たちはベースに居て、また襲われないように」
綾子も血相変えて走り出そうとしたのでなんとか指示する。
「は?」
「追うよ!俺は丈夫だからね!」
ぼーさんたちに追いつきながら場所を指示して行く。
途中でジョンが俺の脇腹を見て心配そうな顔をしてるけどもうとっくに血は止まってるから大丈夫だ。
「……滝川さん気を付けて、彼はカマイタチを使います」
「あ、」
リンさんたちのところにやって来た俺は、柵に手をついた瞬間急に過去視をしてしまった。内容は、和泰さんが奈央さんを突き飛ばす光景。車の細工も鳥や犬を殺したのも見えた。
「さん!?大丈夫ですか?やっぱりお怪我が……」
ぺたりと尻餅をついていた俺をジョンが心配そうに見ていた。腕を引かれて立ったけど、口から出てしまいそうなのをはくはく息をしながら抑える。これは誰にも教えちゃいけないことだ。
ぼーさんが和泰さんに憑いてる霊に切られつつも色々とっちめてるのを聞きながら、ジョンに掴まって立つ。死が目的だと言った瞬間に飛び出して和泰さんとの距離を詰める。ほっぺをぴりっと切られたけど、首チョンパするほどの力はないと踏んだので俺は足を緩めずに駆け込み和泰さんを押し倒した。
「!」
「さん!?」
後ろの方でぼーさんとジョンが慌てた声を上げているのを聞く。押さえ込まれていてもカマイタチが使えるみたいなので俺は腕や足にぱしぱし傷が入って行く。
気絶させれば良いの?どうなの?
結局ジョンが霊を落としてくれたので和泰さんは無事だったけど、俺は無茶すんなっていうお説教をくらった。
たしかに俺はただのバイトくんで、本業じゃなくて、未成年なわけだからね。怒られるのも分かる。
「でも、あんがとな……」
わしわしとちょっと乱暴に頭を撫でられて目を瞑りながら笑った。
土左衛門の奇襲攻撃はひとまず九字を切りながら頑張ってたけど、ぼーさんが結構派手な傷をこさえてて、ジョンもおそらく縫った方がよさそうだ。本当は絶対安静にしてもらって処置が必要なんだけどそんなの聞いてくれる状態じゃない。
翌朝には綾子が土左衛門たちを浄霊してくれたけど、目を覚ました渋谷さんがどうしてもお礼参りがしたいそうなので人のいいぼーさんとジョンは行く準備をした。
「さてと、少年、真砂子、綾子、は残れ。なにがおこるかわからんからな」
「いや、俺も行く」
「はあ?こればっかりはお前が居てもどうにもならんぞ。邪魔だ。守ってやれるとは思えねえ」
「自分の身は自分で守れますよね、谷山さん」
なんと安原さんが上手な話術で説得に参加してくれたのでぼーさんはどすどす歩きながら諦めてくれた。
綾子は分を弁えてるってことで行かない気満々だったけど、ぼーさんとジョンの傷の具合が悪いことを俺と安原さんで懇切丁寧に説明したらついてきてくれた。
「もういっそのこと俺が今縫ってやろうか」
思わず呟いたけど、誰も本気にはしなかった。そして最終的にぶっ倒れたのは渋谷さんのみだった。
何で一番無傷の筈のお前が……!螺旋丸なんて打つから!
ぶっ倒れた渋谷さんの胸に頭を付けて心音を確認するけど、大分弱い。呼吸も浅いし、こりゃあ大変だ。
心臓マッサージをしている最中、リンさんがばしっとナルの顔を叩いて気付けをするけど駄目だ。
「渋谷さんが気を放ったことに関係が?ショック症状かなこれは」
「はい」
力を使った反動なのだろうけど、カカシ先生みたいにチャクラ切れでへなへなするのとはまた違う。
「緊急時なんで、見逃してね?」
「は、」
誰にでもなく宣言してナルの服を捲る。コイツ肉ねえな、……とか言ってる場合じゃないね。
胸の脇を裂いて手を直接いれて心臓を握ってマッサージをする。
誰かが息を飲むのが聞こえた。一応シャツや俺の身体で、ささってる所は見えにくいだろうけど、あれ?おかしくね?ってなってもいいだろう。けれど、人工呼吸をしている間も誰も俺の邪魔をしてこなかったし、救急車のサイレンが聞こえてからは腕を抜き傷口を塞いで普通の心臓マッサージに戻ったので救急隊の人に何してるんだチミはって言われることはなかった。
渋谷さんは集中治療室で、俺とぼーさんとジョンは外傷が多いので付き添いじゃなくて処置室にいかされた。怪我の重度で言えば多分ぼーさんの背中が一番大きくて、次はジョンの腕かもしれないけど、俺の身体には切り傷が多すぎて通報一歩手前だった。俺的にはこんなの軽い方なんだけどなあ。腹貫通したわけじゃないし、腕ちぎれたわけでもないしなあ。あれ?この基準がおかしいな。
処置が終わってみると俺の身体は包帯まみれで、顔や首には絆創膏やらガーゼがぺたぺた貼り付いている。うおおん、窮屈。早く家に帰って治療しちゃいたい。でも渋谷さんが暫く入院するだろうからまだ東京には帰れないか。
待合所には既に全員揃っていて、渋谷さんの容態を聞いたらしい。俺もおおかた予想はついていたので軽い説明だけ聞いてふむふむと頷いた。
「ねえ、あんたって医学知識あるの?」
「は?」
綾子が急に聞いて来たのに素っ頓狂な声を上げたのはぼーさんだった。
「軽く診断してたし、応急処置も慣れてるみたいだったわよね」
「あー……」
「そういえば、脈拍が弱い割に症状は軽かったそうですから、応急処置が的確だったのだろうと言われました。ありがとうございます」
ぺこりと会釈したリンさんに、顔が引きつる。心臓マッサージといえば俺はやらかしたけど。
「なあ、あの心臓マッサージってどうやってたんだ?よく見えなかったんだが」
「非常に説明しづらいの勘弁してくれると嬉しい」
素直に喋りたくないと答えると、全員がもんにょりした顔をしだした。
「えーとだな、秘伝の術てきなあれでな、俺のお師匠は医者だったから俺もちょっと手伝いとかしてたからかじる程度には知識がある」
「もしかして日本じゃない所ですか?」
安原さんはどこをどうみてそう行き着いたのか、けどある意味正解である。
「うん、日本じゃない」
「もう意味分かんない!あんたどういう育ちで何ができるのよ!」
綾子がぎゃんぎゃん言うけど、ここ病院だから。ICUの前だから。
「確かに谷山さんって何でもできますよねえ……できないことってあるんですか?」
まあまあ落ち着いて、と綾子を宥めているぼーさんの横から安原さんが場を取り繕うように笑顔で聞く。
できないこと?そりゃいっぱいあるよ。
「───目からビームとか」
「目からビーム」
「できないかな」
「だそうです」
「もういい、疲れたわ」
綾子は頭をかかえて椅子にゆっくり座った。
next.
第四次世界大戦でナルトに施術してた直接心臓をマッサージするアレです、アレ。
安原さんが無傷なのは、主人公がキャッチしたからです。リーさんにたたき落とされたサスケをキャッチしたように。
Mar 2016