Sakura-zensen


春の旋風 10

渋谷さんは目を覚ますなりぼーさんとジョンに謝ったらしい。ぼーさんが照れくさそうな顔しつつも教えてくれた。
「憎めない子だねえ」
「あんたは?」
「え?」
皆で晩ご飯を食べながら感想をこぼすと、斜め向かいに居た綾子がちらっとこっちを見る。
「たしかにぼーさんとジョンは大怪我したまま除霊に行ったわよ?ナルが心配だからって。でも、ナルが倒れて一番頑張ってたのはあんたじゃない」
「そんなことないよお」
「でも、一番怪我してるのはさんですわ」
女性陣がなにやら俺に大変同情的だ。すてき。
「その辺は、俺達からも謝罪しないとだけどな……不甲斐ない大人でスマン」
「すんまへん」
「わー、やめてよー。俺は渋谷さんにきっちり危険手当を貰ってて、了承して現場に来てるんだから、二人が責任感じることない」
「なら尚更ナルに文句言ってやんなさい!」
「俺は渋谷さんの命令を聞いて怪我をしたわけじゃないから」
文句言う立場でもなければ、でてこない。ふるふると首を振って遠慮したら、みんなからもんにょりした視線を頂いてしまった。
お人好し、なんて原さんが言ったのは聞こえたけど、そういうんじゃないんだよなあ。
「まあ、でもが頑張ってくれたのはナル坊も知ってるさ」
場の空気を取り替えてくれたのはため息を吐き終えたぼーさんで、食器類の片付けを始めたのを見て俺達も各々動き始めた。

渋谷さんを病院に迎えに行くと、俺は病院の先生から傷口のチェックするって言われて予約されていたので別行動した。傷口自体ぼーさんの方が酷いはずだったんだけど、かまいたちに脇腹をやられた傷が大きかったので消毒をしてくれるらしい。縫う程でもないけどばっつり傷が入っているそこに消毒液をかけられちょこちょこと拭われた。すーすーするなあと思いながら病室から出ると、丁度皆が通りかかった所だった。
渋谷さんは気怠そうに歩いていて、ちらりとこっちを見た。俺は怪我人ってこともあってお見舞いには行かなかったので、目を覚ましてからはじめて会う。ひらひら手を振るとすっぱり無視される。
「おす。皆車戻っててー」
「あ、僕付き添いますよ」
「え?いいのに」
安原さんは俺の意見を支持しつつもちゃっかり自分は俺の面倒を見る位置にまわって、皆を追いやってみせた。
ありがたいけど、別に安原さんも待っててくれなくてもよかったのに。
もしかしたら洞窟でぶっ飛んで来た安原さんをキャッチしてあげたから、恩を感じられてるのかもしれない。
あの時助けていただいた安原です的な?じゃあ甘えとこう。
「痛みますか?」
「ううん、ぜんぜーん。あ、風呂はシみる。当分湯船は入れないなーっていっても家で湯船入んないけど」
「シャワー派なんですか?」
「一人暮らしだからねー、あんまりためない」
「あ、そっか」
駐車場に行く道すがら、安原さんがちょっと心配そうにしていたので軽い話題にすり替える。
「吉見さんちのお風呂とか結構嬉しかったんだけど……残念」
「じゃあ、入りたくなったらうちで入ってってください。入浴剤は森林の香りを常備してます」
「安原さんちって千葉でしょ……遠いわ」
あははと笑っているとすぐに車の所に到着してぼーさんの車に乗り込もうとしたんだけど、そういえば後からメンツが増えたもんだから定員オーバーであと一人しか乗れない。じゃあ俺一応渋谷さんとこのバイトくんだからあっち乗ろう。
こんこんと助手席の所を叩くと渋谷さんが開けてくれた。
「定員オーバーだったから乗せてー」
「ああ」
前に三人乗れる車なので、渋谷さんが一旦おりてきた。え、なんで、真ん中に詰めなよ。
「俺が真ん中なの?」
「真ん中の席は狭いから」
こいついけしゃあしゃあと我儘を……。まあ病人だしなあ。
「寝る時ドアに寄りかかりたいんだけど」
「前のめりに寝ろ」
「ハイ」
俺は逆らえずに奥につめて座った。寝るなと言われないだけマシかな?リンさんに寄りかかって寝こけたら本当ごめん。
───といいつつ、仮眠はとり慣れているので、渋谷さんやリンさんには寄りかからず後ろか前に頭を垂らして寝ていたと思う。暫くして車が停まったと思えば、コンビニでもパーキングでもなく雑木林の中だった。え、俺は急に木の葉にでも戻ってきたのか?いや、車の中に居るし違うか。
リンさんは一度車を降りて確認に行っているみたいで、外でぼーさんと安原さんと地図を見て軽く話している。
「……迷ったの?」
「前を走っていたぼーさんたちの車が道を逸れた」
ふんっと不機嫌そうに返事をした渋谷さんは、相変わらず顔色が悪い。無理矢理にでも退院したって噂なので、ちょっとだけ心配だ。
顔が青白いのはいつものことだけど……とじーっと眺めていたら見つめ返された。
「なんだ」
「具合悪くない?平気?」
「ああ」
この人の場合、多少具合悪くても認めない気がしたので、手首をとって脈拍を確認した。
異常に弱かったり早かったりはしないみたいだ。
カルテとかは俺が見られるわけがないので把握してないんだけど、多分もともと低血圧なのと不健康なだけっぽい。
「医学知識があるのか」
「ちょっとだけ」
「───心臓マッサージをしてくれたと聞いた。……ありがとう」
「どういたしまして」
人工呼吸とか異様なマッサージとかの話は聞いていないのか、追及する気がないのか、言われなかったのでこれ幸いにとお礼の言葉だけ素直に受け取っておいた。
ほんと……根っこの部分は良い奴なんだよなあ、この人……。

しみじみと渋谷さんを見直していた俺だったけれど、別れは唐突にやってきた。

リンさんが先導して走っている最中に、渋谷さんは窓の外を見て急に車を止めるように言いつけ、外に飛び出した。あぶないなあと思いながらも吐きそうになってるのかと思い心配だったので追いかけたら、あとからリンさんやぼーさんたちも降りてきた。
見つけたと言った渋谷さんと、はっとしたリンさんの様子をみて、俺も察した。お兄さんがここに居るんだと思う。
さっき通り過ぎたキャンプ場まで引き返し、車を停めた渋谷さんはこの場所に泊まると言い出した。え、ねえねえ、俺は?
「いきなり戻ったと思ったらここに泊まるなんて、何があったわけ?」
「僕はここに用がある。ぼーさんたちは東京に帰れ」
「はあ?帰れったって……」
「いると邪魔だ、帰れ」
綾子とぼーさんは特に戸惑いを隠せないようで言い募る。
「どれくらいかかるかな」
「わからない」
俺は素直に期間を尋ねてみたけど、案の定あいまいな答えが返って来た。そうだよなあ、遺体の捜索だもんなあ。
「あそう、オフィスは?」
「閉めて良い。……ほかのバイトを探すんだな」
「ん?」
「あのオフィスは戻り次第閉鎖する」
そっか、そういえばそうだっけ、と思って納得した。他の皆は事情を知らないので吃驚してぽかーんとしてから大きな声で反応を示した。
じゃあこれで渋谷さんとお別れなのかあ、寂しくなるなあ、と思ってたらぼーさんたちは全然納得できてないみたいだ。
「もー投げちゃったよ俺は」
ぼーさんはそう言って、バンガローをとると言い出した。泊まる奴は手ぇ上げろって言うし。安原さんとジョンは珍しく食い下がる。
そんなに食い下がる理由ってあるんだろーか。お兄さんが亡くなったことを俺は知ってるけど、皆も知ってるってこと?
「真砂子ちゃんは」
「あたくしはそもそも、残るつもりでしたわ」
「よっしゃ、と綾子は?」
「の、残るわ」
面倒見の良い綾子は原さんや皆をちらっと見てから言って、最終的に俺を見た。

「誰か駅まで送ってくんね?」

皆からはぁ!?って顔をされた。



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そういえば一部だけど、前に三人乗れる車もあるんだよなって思い出して今回はそうしました。
コミックスでも、ちょっとそれっぽい描写ありましたよね。
Mar 2016

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