春の旋風 14
起きて着替えてそのまんま来た俺はお腹がぺこぺこだったので、綾子からのこりもののスープとかちょっとしたおかずを食べさせてもらっていた。「おいしー。家庭の料理って感じだ。こういうのひさびさ〜」
「あんたは普段料理しないの?だめよ、面倒でも作らないと」
「出来なくはないけど、一人だと食材があまるからさー。まあ、今後はしますします」
カカシ先生と住むし、と心の中で付け加える。
「おかあさんおかわりー」
「もう無いわよ」
「ちぇー。まあいいや、先生んち帰ったら何か食べよ」
ぺちっとおでこを叩かれたので、おわんを置いてお箸を乗せる。
手を合わせてきっちりごちそうさまと挨拶してから食器を流しに持っていくと、原さんが追いかけて来てやっておきますからって言われてしまった。
「良妻だなあ」
「まあ」
「料理できないんだからそれくらいやって見せないとねえ、真砂子」
ぽっと顔を赤くした原さんに対して、綾子は後ろから茶々を入れる。
割烹着は似合いそうだけど、箱入り娘感あるから料理が出来ないっていうのはなんとなく納得。
というか原さん十七歳だっけ?一人暮らしの綾子とか俺とは違うだろう。
「なんとでもおっしゃってくださいまし、お義母さま」
さっき俺が綾子をお母さんって言ったのと、原さんを良妻って言ったのがこの微妙な空気の原因らしい。……女心って難しいなあ。
俺が発端なのかもしんないけど口出しするのもあれなので、ぼーさんたちがくつろいでる所に戻る。さっきまでリンさんに渋谷さんについてのことをいっぱい質問していたので、まだリンさんもこの部屋にいて綾子と原さんの口喧嘩を聞かされていた。
「そういえば、オフィス閉鎖ってつまりイギリスに帰るってこと?」
「はい」
「なんか寂しくなるねえ」
「ですね」
ジョンが隣で苦笑する。
「は新しいバイト探さにゃならんだろ、大丈夫なんか?」
「ん、まあ早々くいっぱぐれることはないだろ。……うーん、でもなあ」
バイトするとしても、今までみたいに毎日のように事務仕事とか、調査で泊まりってことはないだろう。
あいた時間をどう使おうかと考えて、腕を組んでると安原さんに心配される。
「なにか心配事でも?」
「いや、多分暇になるんだろなーって思って」
「あの、せやったらさん、教会の日曜学校にきてみませんか?」
「なにそれ、いくいく」
へらへら笑ってジョンのお誘いに頷いてみる。
深く知らずに返事をしたけど、ジョンが俺に出来ないことを誘うわけが無いだろう。
そろそろお暇しないとって気持ちと、詳しい話をって気持ちで腰をあげる。
「だれかペンあるー?」
「え?はい」
『ジョンの保父さん』というぼーさんの発言に笑ってる最中だったけど、安原さんがさっと俺にペンを差し出してくれた。優秀過ぎるぞこの人。
「さんきゅ、───ちょっと失礼」
「さん?」
「これ、俺の番号ね」
アドレスの方が良いんだろうけど、とりあえず今は番号で良いやってジョンの腕をとって勝手に数字を書き入れる。
油性だったらごめん、安原さんを恨め。
くすぐったいのかふにゃっとした顔したジョンの手を離すと、ぼーさんと安原さんが覗き込みに来る。とっくに喧嘩を終えて集まっていた原さんと綾子が「ええ!?」と驚きの声を上げていたけど、何を驚いてるんだかわからん。手に書いたら駄目だったのか。
「俺そろそろ先生んち戻るから、なにか用あったら皆ここに電話してちょーだいよ」
「僕たちも良いんですか?」
「どうぞどうぞ」
安原さんがきょとんとしている。
ここに居る人はすべからく同程度の親密度だと俺は思ってるので、一人に教えれば皆オッケーなつもりなんだけど。
それともなに、俺が知らないだけで誰かイタ電の常習犯だったりするの?
「私もそろそろ……」
俺が会話をだらだら続けつつも帰ろうとしているのと同時に、今まで帰るタイミングを失って空気になりつつあったリンさんがそっと立った。
一緒にバンガローを出たけど、それぞれ行く場所が違うのですぐに別れ、俺は道路に出る為に道無き道を進む。
途中で木に寄りかかってる渋谷さんを発見した。声をかけずに帰るのも変だなって思ったので近寄ってみると微笑まれた。
「ユージン……?」
ぽつりと名前を呟きながら首を少し傾げると、彼はもっと深く笑む。綺麗な笑顔だ。
「やっと名前を知れたね」
「聞かれなかったから」
「あはは、うん、わざと」
「そうだったんだ」
名前を知れたって言った割に、名前を聞かなかったのはわざとなので笑う。
反対側に立って木によりかかると、ユージンは少しこっちを覗き込みに来た。
「深い意味はないけど、境界みたいなものかな」
「でも、知ってしまったね」
「うん。知ったからってどうってことはないんだけどね」
「ふうん」
「いや、あるかな。渋谷さんのお兄さんじゃなくて、ユージンのことを直接思うことが出来るんだと思う」
彼はよくわからないと言いたげに首を傾げた。
「まあ、なんだ、俺達は『友達』だってばよ!」
「なにその語尾」
ユージンはくすくす笑った。
「俺の友達の癖なんだよね。友情に熱いヤツで、ぽかぽかした人。ああいうのが幽霊の説得に向いてるのかなって思い出して」
「他にはどんな友達がいるの?」
「クールでスカしてて捻くれてる───」
「ナルみたいな?」
「みたいな」
思わずにんまりと笑みがこぼれる。
「まあ、渋谷さんの方が大人しくて良い子かもね」
「へえ」
少し驚いた顔をしたジーンは、たちまちゆったりとした笑顔に変わって行く。
「───もう、会えなくなるかも知れないと思って、言っておきたいことがあったんだけど」
「うん」
「やめておく」
「やめるんかい」
思わず突っ込みを入れながらユージンを振り向いたら、今度は後ろから気配がしたのでそっちに視線をそらす。
おっと、渋谷さんだ。
双子対面?って思ったらユージンは消えてしまっていて、ちょっとだけ落胆した。
どこからどこまでが現実なんだ。俺は寝てたのか?寝てなかったのか?
幻術にもかかりにくい俺がこんなに翻弄されるなんて、ユージンさん凄いぞ。そして俺はヤバいぞ。ここが忍者の居る世界じゃなくて本当に良かった。
「木にしがみついて何をしてるんだ?」
「……今、ユージンが居たから」
「ジーンが?」
怪訝そうに首を傾げる渋谷さん。
うわあ、凄い、違う顔してる。
「もう会えなくなるかもって言ってて……」
俺はそこで、言葉を切った。
渋谷さんや家族への伝言があるのかと思えば、やめておくなんて言うから、俺はそれ以上期待を持たせることが言えなくて、変な顔になる。
「どうした?」
「ううん───遺体があがったら、成仏できるのかな」
「たぶん」
「だといいな」
そして俺達は別れたけれど、あの後すぐにユージンの遺体はあがったらしい。安原さんが試しに俺に電話をかけて来てくれた時に聞いた。
もう会えなくなるかもしれないって言ってたから、今晩とか、消える直前くらいに無理矢理にでも会いに来るかと思ったけどやっぱりそんなのはなくて、俺はこっそり窓の外に向かって両手を合わせた。
カカシ先生はその日一日で荷造りを住ませて宅配の手配までやっちゃったので、二人で東京に帰り引っ越しを完了させた。
忍ほんと仕事早いわ……。
next.
『言っておきたいこと』のセリフは原作だと麻衣ちゃんにっぽいニュアンスだけど、主人公が聞いてたら『誰かに伝えてほしい事』っぽく聞こえるんじゃないかと思いました。
カカシ先生贔屓するかもと言っておいて、実は出番はそうでもないです。
Apr 2016