春の旋風 15
一週間くらいしてから、渋谷さんは東京に帰って来たらしい。事務所に顔を出せって言うんで行ってみたら、分室維持の許可がおりたことをおしらせされた。
もともと維持の申請をしてたらしく、それならあの時オフィスを閉鎖するなんて言わなきゃ良かったんじゃないのかなと思ったのは内緒だ。
ちなみに一度イギリスには帰るそうなので、その間は森さんが所長代理をしてくれる。
ぼーさんがぼそりと、胡散臭さが増す気がするって言ってたのを聞いて笑いそうになった。
「へえ、じゃあバイトは続けられるんだ」
「うんそう。よかった〜、生活が楽になるよう」
「でも調査だと何日も留守にするなら学校と両立大変じゃないの」
仕事の早いできる男はどこに居てもそうなわけで、早速仕事を見つけて来たカカシ先生が仕事から帰って来た時に報告をする。
買い物をして来てくれたので袋を受け取り中身を確認した。今日はカレーの具材だ。やったね。
「平気だよ。出席日数はどうにかしてもらえるし、定期テストさえこなせりゃ」
「まあお前はそうそうコケないもんね」
可愛気がないとでも思ってるのか、つまんなそうな顔をされた。
馬鹿な子程かわいいってか?……つまりナルトがかわいいんだな、先生は。いや、知ってたけどね。先生の先生の子だし。
「あんま無理するんじゃないよ」
「してないよ〜」
頭をぽんぽんされ、前髪をくしゃりとされた。親指でおでこの百豪を撫でるもんだからその腕をほんなげる。
「先生と暮らすようになってから、生活が楽になったしね」
「じゃあ木の葉に戻っても一緒に暮らす?」
「お、養ってくれんのか〜、ヤッタネ」
でも俺無職いたたまれない系なので、そうなることはないだろうな。えっへん。
カカシ先生も俺も、本気にしてないってわかりながら会話をするのでこういう気の抜けた事ばかり言う。もちろん真面目な話もするけど。
結局どっちも大人なので自分のことは自分で、困ったときはきちんと相談、ある程度放任なのだ。
森さんもそれなりに依頼を選ぶようで俺はあまり学校を休む事にはならなかった。もしかして、これ以上馬鹿になったら可哀相だから、と調整されていたのかもしれない。馬鹿じゃないんだけど、渋谷さんたちに言わせりゃ俺は馬鹿だよね。
とにかく健やかな日常が続いたわけだけど、久々に依頼が舞い込んで来たのは渋谷さんが帰って来る直前の事だった。つい先日森さんはイギリスに帰って行ったんでオフィスは俺と、新たにバイトになった安原さんの二人だけ。本当に今日帰って来るってところで、依頼人はやって来た。
「オリヴァー・デイヴィスという者に会いたいのだが」
堅物そうな男の人は、俺達の若さにちょっと困惑する様子を見せながら、渋谷さんのナイショの本名を出した。
なんでその名前知ってんのって思ったけど、俺と安原さんはきょとんとした顔を見合わせるだけに留める。
とにかく所長はまだ帰ってないってことで俺は本当の依頼人である阿川翠さんから話を聞くことにして、メモをとった。
「君は今の内容を聞いてどう思った?やはり、霊の所為だというのか?」
なんかこの広田さんって、霊能者嫌いなタイプなのかな。
俺は苦笑して、ボールペンをノックした。
「見てもいないのに、霊の所為だなんていいません。それに、前は原因が地盤沈下だったこともあったんですよ」
「……そう、か」
少なくとも多少はまともなのかな、みたいな視線を向けられる。この人思ってることが態度にも視線にもガンガンでるなあ。
横に居る阿川さんも、付き添いの女友達っぽい中井さんも、広田さんをちらっと意味ありげに見てる。
中井さんは広田さんとは反対に、こういう系に興味アリなようで、俺の『調査員』という肩書きについてまで聞いて来るし。いかに自分がぺーぺーであるかを伝える為に言葉を駆使した。疲れた。
帰って来た渋谷さんは不機嫌で、依頼人の前で後で書類を見るとか言っちゃうし、なんでこんなに自分の首を絞めるのが好きなの!!
俺はお疲れでわがままな所長の説得とちょっとした説教にまわって余計に疲れた。もう帰る!!
予備調査ってのも出来るって言ったんだけど、阿川さんはお母さんが結構疲れちゃってることもあり、自分も困っているからと本格的に調査をして欲しいと申し出た。なんだか知らないけど広田さんはそれも不満らしい。なんでこの人依頼に来たんだろ。
久々に泊まり込みの調査が入ったので先生には暫くご飯は一人になるから、適当な物ですませたり保存の効く物を作っておいた方がいいかもって報告はしておいた。ちょっと残念そうにされたけど、俺も残念。手料理だとやっぱり食費が浮くんだよねえ。
炊飯器買ったのがまずかった……コンビニのおにぎりが高く見えるようになっちゃった。
家に来て早々、あの姿見の向こうにはコソリが居る、と漠然とした考えを持っていた。
「あ、怖いんだ……」
久しく感じてなかった恐怖感を思い出し、ぽろっと口に出す。
納得したら足は動き出すのでずかずか姿見に近寄り、こんこんとノックをしてみる。うーん、壁が薄いような気もする。鏡がはめ込まれてるんだし当然か。でも待てよ?窓ガラスを鏡に変えて嵌め込まれてるなら、あの姿見も窓とかドアだったとか言わないよな??翠さんいわく、洗面所の鏡と姿見だけは窓ではないって言ってたけど。
普通だったら、廊下の突き当たりに姿見がある家なんてどこにでもある。それに、勝手口って、キッチンの傍にある事が多い。でも、玄関と対の位置で、裏庭の前にあると言うなら……あれはやっぱり勝手口だったりするのかもしれない。だって姿見として付けるならもうちょっと小さくて良い筈だもんなあ。
仮にドアだとして、蝶番が見えないから外開きだけど、こっちから押してみても開かない。ノブがないから?ドアじゃないから?
コソリの正体を突き止めたいと言う気持ちもあって、俺は試さずにはいられなかった。
鏡をはめ込まれてしまったのなら、外から見てみりゃ良いじゃないと。
二階に上がって和室の鏡がはめ込まれた窓から身を乗り出すと裏庭の狭い敷地が見える。ただ、障害物があって丁度姿見の裏側の壁がどうなっているかは確認できない。
その時ふと、外から聞き知った声が聞こえたので俺はぺたぺた壁をよじ登って屋根に顔を出す。一応ヘリに掴まってる振りをして。
「なにやってんの?」
めんどうなので勢いをつけてジャンプして屋根に乗る。軽い調子で走りアンテナのところに居た渋谷さんの傍に行くと、ベランダの方にはリンさんもいて見守ってた。
「おまえこそなにをやってる」
じっとりと渋谷さんに見られた。いや、俺はけしてひなたぼっこの為に顔を出したわけじゃなくてだな。
アンテナを調べてるのは見て分かるので、俺は問いかけを取り下げ、渋谷さんの質問に答える事にした。
「裏庭が気になって」
「裏庭?」
「あすこ、誰んちの敷地なの?」
「翠さんは何も言ってないが……」
「でもあの姿見、ヘン」
「変?なにが?」
表情を変えることなく促す渋谷さん。屋根の上で相談ってのも変な光景だ。
「姿見の向こうにコソリがいる……って思って」
「コソリって?」
「わかんない、聞いた事ないし」
普通だったらこういう時こそ呆れた顔をされるもんだけど、心霊現象調査中に限っては、神妙な顔をされる。
「だから、裏庭におりてみようかと思ってさ」
「待ってろ、一人では行くな」
「りょーかーい」
ごそごそ渋谷さんがやってるのを後ろで眺める。アンテナの回線は故意に腐食させた痕跡があると呟いていたので、犯人は人間である可能性が出て来た。ふむふむと中腰になって眺めてると渋谷さんはゆっくり立ち上がる。
「僕は一度降りてあっちにまわるがお前は───……」
「あ、戻れる戻れる」
なんか呆れた顔をされた。
手を引いてつれてってやろうかとも思ったけど、よく考えたらあっちはただの窓で、出入りするの面倒だし、渋谷さんにはおすすめしないことにした。
俺は頷いて渋谷さんが降りて行くのを見送り、また屋根の上をとたとたと歩く。さっき這い上がって来た窓の方にぐるっと飛び込んで足をかけると、丁度中を通って来た渋谷さんとばっちり目が合った。
「いけるか?」
「うん」
俺の身体の隙間から下をみる渋谷さんはあっさり聞く。というのも、この前の夏に木造校舎の三階から上手に着地してみせたからだ。
ご期待通り、すとっと着地してから二階を見ると、渋谷さんとリンさんが顔をのぞかせていたので無事だと告げる為に手をあげた。
姿見だった所は、外にもその跡がある。純粋に壁に鏡を付けたわけではない。案の定、蝶番があるし、ドアノブの部分は取り去られている。封鎖していたものが壊された跡があり、それなら中から押せば開く筈なんだけど、上からも見え辛いところでちょうど良く心張り棒が噛ませてある。
簡単に外から侵入できるパターンだなと腕を組み頷いた。
カメラ持ってくれば良かったかなあ、まあもし必要ならまた撮りにくれば良いか。
さて上に戻ろう、と思った所で改めて中庭の周りを見た。ここに空き巣が入ったとしたら、容疑者が容易く見つかる間取りをしている。
なんと、裏庭は笹倉さんちの勝手口と繋がっているわけだ。ちょっとだけ観察してみたけど、今窓から誰かがこっちを見ているって様子は無さそうだ。というか、裏庭の様子はさすがに、勝手口から顔を出さないと見えない。
「谷山さん、ロープは要りますか?」
普通だったらそこは持って来る所なんだけど、リンさんは俺が井戸の底から這い上がってくるのを見てるので、渋谷さんの横から顔を出して俺に呼びかけてる。
俺はひょこっと物影から顔を出して、手をひらひら振る。要らん要らん。
よじよじ登るのもできるけど、傍目から見ると掴まる所はあんまりないのでやめておいた。 反対側のビル壁を走り阿川家の壁も蹴り上げて窓の桟にぱしっと手をかける。うん、人間の範囲内……多分。
「よいせ」
腕の力で勢いよく身体を持ち上げ、足を素早くかけて窓枠に座る。渋谷さんもリンさんももう驚きすらないようで、俺が暢気に汚れた足の裏を叩いてるのを見ながら「で?」と聞いて来たので俺は見て来たことを忠実に報告した。
そんなに反応薄いなら一発のジャンプで来ればよかったかな。
next.
もうなにをされても驚かない……と言う感じです。
主人公とカカシ先生はさらっとした雰囲気。
Apr 2016