Sakura-zensen


春の旋風 16

嫌がらせ疑惑がでてるけどまだそれは報告できず、お母さんがあまりにも可哀相なので、渋谷さんは偽薬を投入すると言い出した。
「ビタミン剤を睡眠薬として出すの?あれ今禁止されてんだぜ」
「お前は詳しいのか馬鹿なのか……」
ちょっとうんざりした顔で言われた。
「どうします」
「出来るだけ派手な方が良い」
「私は適任ではないと思いますが」
察せなくてすみませんでした、と思いながらリンさんと渋谷さんの会話を聞く。つまりは、うそっぱちの除霊儀式を行うわけだな……い、いいんじゃないか?うん。考えた末、ぼーさんに白羽の矢が立った。

ぼーさんと一緒に安原さんがやって来たので広田さんとお茶を入れに行ったんだけど、先に戻った広田さんが渋谷さんとぼーさんの会話の一端を聞いてしまったようで、ペテン師!ペテン師!と騒ぎ立てていた。
「なーにやってんのお、大声だしちゃって。隣の家にまで聞こえるでしょーよ」
追加のカップが載ったトレーは安原さんがさっと受け取ってくれたので、俺は二人の間に入ってどーどーとおさえる。
「ぼーさんは偽薬だからそうかっかしないで」
「なんだそれは」
「エエトネ……」
渋谷大先生に説明してもらおうと思ったら、つーんとされた。説明しろってこと?
仕方ないので春野先生の3分間医学講座を開催した。皆正座して聞け。
「───それが、なんで俺になるわけだ?」
ぼーさんは偽薬の説明だけじゃ腑に落ちないらしいので、今回のとどう繋がるのかは渋谷さんに視線をやって任せた。
話を聞き終えたらちょっと広田さんは納得したようだったけど、逆にぼーさんは嘘っこ除霊が好きじゃないので嫌がった。こいつめ、仕事を選びやがる。いや、選ぶべきだけども。
結局ぼーさんの説得のためなのか、渋谷さんは今回の異常現象がほぼすべて人為的な事だと報告した。
安原さんが調べて来た内容と照らし合わせると、犯人の正体は浮き彫りになった。まあ、唯一裏庭と家が繋がっちゃってるもんで、俺にはまるっとお見通しだったんだけどさ。
しかもタイミング良く犯人が尋ねて来ちゃうもんだから、広田さんがとっちめてしまった。

一件落着なんだろーか、とベースで力を抜いた。一番力を抜いてるのはただ来ただけのぼーさんなのでキリキリはたらかせよう。役目がなかったことにガッカリしてるみたいだから。
「よぉーしぃ、撤収撤収ゥ」
「いや、せめてもう一晩様子を見る」
腑に落ちないことがあるみたいな渋谷さんは、ぼーさんと問答を繰り返す。俺と安原さんは隅っちょでおすわりしてたんだけど、霊がいるのかもっていう疑惑に会話がたどり着いたときにブレーカーが落ちた。そして、悲鳴が響く。

鉈を持った男が出現した事件の後には、原さんがやって来た。ぽんぽんいろんな事言って場面が動いて行くからその光景に我慢がならなかった広田さんが空気を壊す。穿ち過ぎた意見を窘めてくれたのはお母さんで、ほっとしたのも束の間、広田さんは渋谷さんを人殺しだと言い放った。
俺はめまぐるしい悪意と決めつけの雰囲気に疲れて、瞼が半分落ちる。やってらんね……。
渋谷さんが冷静に言い返せば広田さんは更に顔色を怒りに染めた。
「お願い、……ゆるして」
お母さんが、広田さんの腕を必死の形相で掴んだ。
「あの子だけは見逃して!」「殺さないで」「お願いだから!」と言い募る光景は異常で、原さんがこの家で殺された人の霊が憑いてると言い放つ声は現実味を帯びていた。
ひとしきり騒いだ後、お母さんはほけっとしてしまい、あらぬ方向を向いている。霊は抜けたのかと思ったけど、ナリを潜めただけでまたいつお母さんに憑いてあらわれるか分からないそうだ。
翠さんがお母さんの肩にずっと腕をまわして強ばった顔をしてしまっている。
霊の話をしている間、広田さんは騒ごうとしたのでハブったけど、それだけじゃあ気は休まらないだろう。
とりあえずお母さんを楽にさせてあげようと思って、俺は静かに立ち上がって二人の前にしゃがむ。
「谷山くん?」
翠さんが不思議そうに俺を見ていたけど答えず、俺は目の前に来たのに未だ虚ろな目をしたお母さんに優しく笑いかけた。
「おかあさん、礼子さん、阿川礼子さん、聞こえますか」
「───」
はっきりとはしないけど、視線は少し動く。
俺は眼力ってのはないけど、人を眠らせるのくらいできる。
ゆらぐ視線が俺と合致したので、「礼子さん」と呼びかける。はいと言いかけ口が動いたそのとき、額から鼻にかけて二本指で撫でると、彼女はたちまち目を瞑り崩れ落ちた。
「うーん、気が戻って来たら、寝ちゃったね」
「いや、おい、おまえ……」
斜めの位置から見ていたぼーさんは疑惑の目をむけてきたけど、本当にすやすやと寝息を立てている礼子さんを見て翠さんは責めなかったので、俺はお母さんを抱え上げてソファに寝かせた。
布団敷いて来た方がいいかなとも思ったけど、阿川さんはブランケットをとってくるといって部屋を出て行く。
「なーにやったんだ、
「いや?なんも。現実に戻してあげようと思って」
「アホ、そういう場合は揺すったりもうちょっと激しく音を立ててやったりするもんだろ」
「えへへ」
俺は笑って誤摩化した。
説明しろといわれましても幻術の応用といいますかね。
まず幻術のことを説明するのがむずかしいし、こっちでいう幻術とあっちでいう幻術もまた定義が違う様な気がする。……俺はこっちでいう常識にとんと疎くなってしまった。
そもそもあちらの世界では忍者と言ってもただの忍者じゃないわけだし。超能力に分類されそうなくらいだ。超人がわらわら居る所で育ったから、色々規格外なのである。
みんなは俺の扱う術についてをある程度聞き入れ理解してくれそうな気もするけど、翠さんが出て行ってから部屋に入って来たおカタい広田さんにこんな話を聞かせたら、翠さんが見た霊すら俺の所為にされかねない。いや、俺の力なんか信じないか?どっちにしろ、胡乱な目つきで見られるなんてごめんだ。

あのあと広田さんも怖い体験をしたみたいなんだけど、それを頑に言おうとしないんで渋谷さんと一悶着あった。ひえ、俺も解剖されちゃう……?
自分をぎゅっと抱きしめつつぼーさんと原さんと三人で廊下でひそひそ話をする。そしてヤツの目の前では死にたくないという結論に。今後は気をつけようと思う。
その後仕事に戻って行ったんだけど、部屋の温度が急に下がり始めたとリンさんが言うので、俺は仕方なくあの嫌な空気が張りつめてるリビングに顔を出した。もちろん仕事の話をすれば渋谷さんは無下にはしない。
温度の低い部屋を見に行くように言われて、俺は広田さんと共に階段を上がった。
帯電した襖を開ける処理をして少し部屋に入って行くとあまりに異常なので深入りしないことにしたけれど、廊下に出た俺達は奥の部屋から翠さんの悲鳴を聞いた。
その騒動があってから原さんは翠さんの部屋で仮眠をとりながら待機、俺とぼーさんと広田さんはベースで待機、リンさんと渋谷さんは家の中を見て回ることになった。俺は早々にうたた寝というか、多分勝手に意識を奪われて、起きたら床にべっちょり寝転がっていた。
「ふおお……」
ジーンって毎回どうやって人の意識奪ってるの……ぼくこわい。
渋谷さんの冷たい目と、リンさんがすいっと俺をスルーして定位置に戻る光景をみながら起き上がる。
「見張りのつもりで残した筈だったんだが?」
「あいすみません」
俺は膝でよちよち歩いて座布団のところにたどりつく。
一応謝ってから夢で見た事を吐くと、広田さんの視線はえええ?って感じだったけど他の皆は真剣に話を聞いてくれた。
渋谷さんもやっぱりサイコメトリをしてたみたいで、だから俺はあんな光景をみたのだろう。
子供が殺される瞬間なんて、あんまり気分の良いものではなかった。



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偽薬に関して、睡眠薬と称してビタミン剤を処方するやり方がかつてあったそうですが、今はそれはしないようにって世界保健機関がゆってるんだって……!
Apr 2016

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