春をつれて 01
「え、心霊調査?司が?」開さんは珍しい、と言いたげに驚いた。
俺も、驚いて呼び捨てになってる開さんが珍しいなーと横目で見た。
日曜日の昼下がり、開さんと俺は相談があるという理由でファミリーレストランに呼び出され、司ちゃんと会っていた。
二人分のティーカップが置かれたテーブルにはメニューが閉じたまま放って置かれている。
彼女は幼いころから最近くらいまで、ずっと体に妖魔が棲み付いていた。その妖魔のせいでうなじには痣があり、年々広がりを見せることがコンプレックスだった。
同級生など周囲の人からは心無い言葉をかけられたこともあった。憐れみの目や、驚かれる反応さえもうんざりしていた。
その頃に出会った先輩は豪胆で、優しい人だった。
お互いになんとなく理解し合えた。けれど先輩が卒業していけば自然と疎遠になるような繋がりで、それ以来会っていなかったそうだ。
「中学のときの先輩とこの間偶然再会したの」
司ちゃんはゆっくり時間をさかのぼって説明をはじめた。
「先輩は今、フリーで霊能者やってるみたいで。助手のアルバイトしてみないって言われて」
「へえ。ちなみに名前は?」
「松崎綾子先輩」
「なんか聞いたことあるような、ないような」
俺と開さんは二人揃って首を傾げた。
「じゃあ先輩けっこう有名なんだー」
感心したように声を上げる司ちゃん。
彼女にとっての相談は、先輩の業界内での地位や力の有無ではない。自分が心霊調査のバイトをしても平気かどうかって話だったのだ。
「律に聞いてみた?」
「絶対やめたほうがいいって言うに決まってる」
たしかに律ならすすんでそう言う事柄に首を突っ込もうとはしないし、身内にそれをすすめない。開さんはどちらかというとすすめそう。かといって、身内が危ない目にあうようなら確実に止めてくれるだろうし、なにかあったら手をかしてくれるはず。……と言う信頼があったに違いない。
俺は主人が頼りにされている様子をうかがいにこにこした。
しかしなんとも言えない案件だ。
実際に行く前にどういう調査なのか概要が知れれば判断ができるのだけど。
そう思って答えを考えていたところで、司ちゃんの携帯が音を立てた。
「あれ、綾子先輩だ。もしもし?え?あ、はい……え!?」
相手が相手なので司ちゃんはすぐに電話に出る。そして驚いて、いくらか話をしてから電話を切った。そんなに切羽詰まった感じではなかったけど、心なしカタい笑顔を浮かべてこちらを見る。
「───明日、調査だって」
「え?受けたの?」
「う、うん。なんか先輩自身も応援で呼ばれたらしくって、見学がてらどうって言うから」
「あーそれならまあ……どんな内容なんだか聞いた?」
開さんは苦笑を浮かべつつ詳細を聞いた。
現場は都内にある女子校だった。校名プレートの前で湯浅高校と書かれていることを確認した司ちゃんはおずおずと中へ入る。生徒用昇降口とはちがう、来賓用玄関を探してきょろきょろとあたりを見まわした。
「あれじゃない?」
「ほんとだ」
遠目に見える玄関らしきものをみつけて、俺は指をさす。
開さんと俺が話を聞いたところ、事件自体に危険性はないだろうけど、かといって一人で行かせるのも気が引けたので俺が付き添いでやってきたのだ。
「司」
「あ、綾子先輩!」
駐車場のところを通り過ぎたところで、司ちゃんは名前を呼ばれて振り返る。そこには綾子先輩と呼ばれた女性が片手を上げていて、そのほかにも何人かの人が車のところでたむろしていた。
綾子先輩のフルネームは聞き及んでいる。たしか、松崎綾子さんだ。そしてその隣にいる人はおそらく滝川さん、谷山さんに渋谷さんとリンさん。ほかにも二人ほどいるが、数ヶ月前の夏、開さんに言われて護衛をしていた少女の家にきた霊能力者たちじゃないか。どーりで聞いたことがあるような名前だと思ったんだよ。
本来俺は誰にも感知できないタイプなので、司ちゃん以外は誰も俺の存在はわからないだろう。
「もう一人来るって言ってた人か?」
「そう、あたしの後輩。今度助手やってもらおうと思ってて、今回は試しに呼んだのよ」
「飯嶋司です」
「へえ、おまえよか立派な巫女さんに見えるな」
「え?私は巫女じゃありませんけど」
「悪かったわねえ!巫女に見えなくて!」
滝川さんが開口一番に松崎さんに紹介を促していて、みんなが一応顔見知りとなった。
俺の知らない二人はおかっぱ頭に着物姿の少女が原さんという、テレビにも出てる霊媒師さん。小柄で金髪碧眼の可愛い顔した少年はブラウンさんといって、エクソシストなんだそうだ。ちょっぴりヘンな関西弁はご愛嬌。
司ちゃんは別に霊能力者を自称しないので、とくに肩書きはない。渋谷さんらも、特に言及することはなく校舎内に入っていった。
ベースと呼ばれる拠点はすでに出来上がっている。そもそもは滝川さんが渋谷サイキックリサーチに相談して受けた依頼だそうで、ふた組はすでに現場に入っていたのだという。
多感な年頃の少女たちが集う学校だが、それにしても寄せられる心霊相談の数が尋常じゃない。カメラを置いて調べてみるのが常だけど、数が足りないため霊能者たちの霊感が頼りということだった。
呪術の気配がするなあ、というのはなんとなくわかってた。
以前律も呪われてたんで災難に見舞われてたっけな。
その呪いに使われたのが大学教授の呪具コレクションで、ちょっぴりイワク付きだったゆえの危険度だったが、今回のはそれほど強力なものではなさそうだと思った。
それにしても、数が多いと思われる。まったくもう、何をどうやって呪ってるんだよ。
渋谷さんたちに寄せられた相談件数からすると、呪いが横行してるんじゃないだろか。
「学校の校舎なんて久しぶり」
原さんと松崎さんと三人で校舎内を歩くことになった司ちゃんは、幾らか緊張した面持ちで周囲を見た。
「あんた学生でしょ」
「大学とはまたちょっと違うから……原さんは高校生くらい?」
「はい」
話しながらも一応、周囲を見回る三人だけど何かに気づいて声を上げるということはなかった。
端から端の、1階から屋上に至るまで一応目を通したけれど、とうとう霊的なものに関する話題は出ずにベースへ戻ってきた。
「霊がぜんぜんいない!?」
原さんはベースでそう発言した。滝川さんはそんなはずはないと驚きの声を上げる。
「いませんでしたわ。学校じゅうを見てまわりましたけれど、どこにも」
「少なくとも例の席にはいて当然だ。四件も事故が続いてんだぜ!?」
「あたくしたちは騙されてるんですわ」
きりっとした顔の原さんに、滝川さんが言い募る。
寄せられたのは学校中の生徒や教員から集まった証言で、数名が徒党を組んだ程度ではあつまらない情報だ。
「原さんの霊視だけが頼みの綱なんですが───」
霊はいないと再度繰り返されると、渋谷さんはため息をついた。
「真砂子が正しいとはかぎらないんじゃない?」
「松崎さんよりは正しいつもりですわ」
「どーおだっか!どう考えたっていないわけないでしょ。ね、司」
「え」
司ちゃんは急に話題を振られてかたまった。
見えてるかどうかは、俺にはわからない。もともと司ちゃんは怖そうなものを見ないと言う才能があるので、自分に全く関係ないことだと見えない場合が多い。
「わたしは……」
松崎さんは意見を聞くと言うよりは同意を求めるためだけに振り向いたみたいで、すぐに原さんとの言い合いに戻った。
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なんかこのシリーズ綾子と相性が良くて……。原作より綾子の言葉が効く。そして前回は真砂子ちゃんとジョンが出しようがなくてすまんと思ってます。
飯嶋家の場所分からないんですけど、律の受験のため車で東京まで送ろうとして山梨についてたりしてたし…、神奈川らへんってことで捏造しましょう。そうしましょう。
開さんが姪たちのことちゃん付けで呼ぶの好きなんですけど、呼び捨てになっちゃうのも好きで、つまり全部好きだった(?)
May 2018