春をつれて 02
湯浅高校の調査は、初日から夜にかけて、相談をきくだけで終わってしまった。今回はさすがに、暗示実験をしようという気にはならない。なんてったって、対象は学校にいる生徒と教員。証言した人にだけかけるのすら億劫になる量だった。
あまりにも多すぎる心霊相談の件数に、ナルは調査の仕方を変えることにした。
翌日からは霊能者を増員。あたしにとって初めての事件から三度目、一部は二度目の会合となる、なんとなく見慣れてしまった顔ぶれ。そんな中、初めて見た顔がひとつある。
長い黒髪の綺麗な女の人が、綾子に呼ばれてかけよってきた。
「飯嶋司です」
ぼーさんの言う、綾子よかよっぽど巫女に見えるその人は、名前を名乗ったけれど特に自己紹介はなかった。本人いわく、巫女ではないらしい。
綾子の後輩で、今後助手にでもしようかと考えているみたいで連れてきたんだそうだ。
ナルがあらかじめ同行を知ってたのかは知らないけど、特に口出しする気は無いみたいだったし、今まであった主張の激しい霊能者たちの中ではジョンみたくまともそうだったのであたしにとっては大歓迎かな。
飯嶋さんは綾子の後輩というだけあって、校舎の中を見回る組にふりわけられていた。
べつに、あたしと一緒にベースで連絡中継するのを期待してたわけじゃないけど、どんな人なのか話してみたかったなあ、ちょっとザンネン。
話す機会はこれからいくらでもあるだろうと思って大人しくベースで待っていた。すると、ぼーさんに依頼した高橋さん───あだ名はタカ───がきてくれて、話し相手をしてくれた。ラッキーと思いながら話を聞いてると、初耳の情報が出てきた。
それは、カサイパニックという騒動だった。スプーンを曲げられる女子生徒がいるらしい。
ナル曰くPKっていうんだけど、まあ難しい話はとりあえずおいといて、あたしとナルはタカのいうカサイパニックの渦中の人、笠井さんに話を聞きにいった。
彼女は生物部に所属していて、今は生物準備室で産砂先生という女性教員と二人でいた。
スプーン曲げをできるようになった笠井さんは一躍時の人となったけれど、その騒ぎを疎んだ教師陣が全校集会で彼女を吊るし上げた。車のキーを曲げてしまったり、呪ってやると発言をしたことから、今学校で起きる様々な現象は全て彼女の仕業なんじゃないか、なんて噂もあるらしい。
実際あってみた笠井さんは、呪ってやると言ったからといって、呪えるわけがないと、当たり前みたいに言ってた。あたしもそう思う。だから笠井さんじゃないと思う。
ベースに戻って来ると、学校を一周りしてきたみんなも集まり始めた。
あたしたちの中で、唯一霊視ができる真砂子は、意見を求められて開口一番に霊はいないと言った。
まさか、いないわけがない。
でなければ、こんなに多くの人間が悩まされて相談にくるなんてありえるだろうか。
夜眠ってる時、校舎内に鬼火と呼ばれる炎がくすぶる夢を見た。前例どーり、笑顔の素敵なナルがいて……中略。そんな夢を見てから、次の日はあの鬼火が気になって仕方がなかった。
霊感がちっともないあたしは、相変わらずベースで待機してみんなからの連絡を待つだけ。だから夢をみたことくらいしか考えることがなくてとっても暇だった。
そんなところへやってきたのは飯嶋さん。その日は学校があるから来ない、と綾子から聞いてたんだけど、休講になったらしくて様子を見にきてくれた。綾子の仕事見学ってことで、まだ正式な助手じゃないのに真面目だなあ。
「先輩やみんなは?」
「昨日と同じく」
「そっか。一度戻って来るまで、ここにいさせてもらってもいいかな」
「もちろんです!コーヒー淹れますね」
「あ、ありがとう」
パイプ椅子を軽く引きずってあたしのそばにおいた飯嶋さんと、入れ違いに立ち上がってポットのところへいく。カバンが少しだけ重たそうな音を立てて、テーブルの上に置かれた。
「進展はとくになし?」
「さようでございます……」
あはははーと笑いながら、コーヒーを差し出す。飯嶋さんはまたありがとうと言いながら受け取った。
「飯嶋さんって普段は大学生なんですよね」
「うん。あ、名前でいいよ」
「じゃあ司さん」
「綾子先輩は呼び捨てなのに?」
「綾子はいいんだよー綾子で」
司さんは小さく笑った。
昨日までは人形みたいな顔でどちらかというと静かなタイプだと思ってたけど、なんだか違うみたい。
「綾子の後輩って聞きましたけど、付き合い長いんですか?」
「一緒だったのは中学の時。それからずっとあってなかったけど」
ふうっと息を吐いてコーヒーを少しさましたそぶりの司さんは、危なげなくカップに口をつけた。いれて渡した身としては、火傷しないか心配でちょっとだけ横目で見てしまう。絵になる、きれーな人だなあ。
「この間、友達と渋谷でお茶した帰りに、偶然あったの」
「へえー、え、それで誘われたの?」
「そう」
綾子が単なる後輩に助手頼むかな、いや、どうなんだろう。
多少は霊感あるんじゃないかと思ってたけど、司さんってなにも言わなからよくわかんないんだよね。綾子も意見を聞いてる風ではないし、現場に行くの一人で心細いとか、荷物持ちが欲しいとかかあ?……ありえる。
そう勘ぐってたあたしをよそに、司さんは部屋に響いたノックの音に返事をした。
どうぞ、と答えるとドアが開き笠井さんが顔を出す。
一瞬司さんを見て身を引いたけど、それでもおずおずと中に入って来てあたしの前に座った。
「あ、司さん、この人が笠井千秋さん」
「飯嶋司です、よろしく」
「どうも。……除霊進んでる?」
「えっと……あんまり……霊媒の人がね、霊なんかいないっていってて」
「まさか!こんなに事件が起こってるのに」
他に霊が見える人がいないから、と答えるとナルやあたしも霊能者なんでしょうと聞かれた。うーん、あたしはともかくナルはどうなんだろう。今までも霊が見えるなんてそぶりはなかったし。
否定すると、笠井さんは続いて飯嶋さんの方を見る。
「この人は霊能力者じゃないの?」
笠井さんは初めてみる司さんに興味があるのか、ちらっと見てからあたしに聞けど、司さんはただの助手だと答える。
「あんたみたいに事務員ってこと?」
あたしもいまいち知らないし、どう紹介したら良いのかわからないでいたところなので、つい笠井さんに便乗して聞いてみる。
「あたしのところは調査でも普段も霊感いらない作業がうんとあるけど、巫女さんの助手っていうのが何をするのかはいまいちわからないんだよねえ……司さんは霊感があるから呼ばれたんじゃないの?」
きょとんとした司さんは飲み終えたコーヒーカップをテーブルにゆっくり置いた。
笠井さんとあたしは揃って彼女の言葉を待つ。
「うちは亡くなった祖父が見える人だったの。先輩はそれを知ってたから呼んだんだと思う」
「おじいさん、そういう仕事してたんですか?」
「仕事だったのかな。本業は小説家だったけど、色々手を出してたみたいね……おかげでおじいちゃんの家には色々残されてるらしくて」
「色々って?」
「術?とか?」
司さんは首をかしげた。本人もいまいちわかってないんだ。
でも漠然とした理解や慣れがある人、ってことで綾子もつれてきたんだろう。
「術師?すごいんだね」
「そうかな。お父さんから聞いたけど、結構失敗してたらしいよ」
あっけからんとした説明に、あたしたちはちょっと笑ってしまった。
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司ちゃんは根暗っぽいっていうか、ちょっと無愛想?っぽいところがあるので、初対面だとおすまし美人で。慣れてくると普通に笑ってくれるし、妙に態度がでかくて面白いと思います。
May 2018