春を告げる 01
俺がこの世界に急にやってきて、一番最初に会ったのは獅郎さんだった。ぺちぺち、と頬を軽く叩かれて意識を覚醒させられて、はっと目を開けた。目の前には獅郎さんの顔、向こうには森林が広がっている。ここは日本のとある地方の山奥らしい、と把握した。
彼と景色を見比べながら後ずさろうとしたけれど、木の幹に寄りかかって座っていたらしく後退は叶わなかった。
「だれ?」と聞いたら「おれは藤本、お前は?」と聞いてくることに少しだけ安心した覚えがある。
獅郎さんはその後、戸惑いつつ警戒していた俺を保護してくれた。ここは現代日本のようだったけれど、俺が今まで居た所とは違う。そして木の葉にもまだ帰れないということは理解した。
保護というからてっきり養護施設にでも預けられるのかと思っていたけれど、獅郎さんが直々に俺の面倒を見てくれた。一見ガラの悪いおじさんだったけど、内面もまあ豪快なおじさんで、面倒見の良いおじさんだった。
あれから十年近く経った今、俺はすっかりエクソシストになっていた。
「ハイ、結構。ご苦労さまです」
「あい」
「では、ハイこれ明後日からのお仕事内容です」
「明後日!今日から明日まで休み!?」
メフィストとかいう悪魔兼上司がにこにこ笑って俺の報告を聞き、なおかつ次の仕事を直々に渡して来た。
明後日という言葉にひゃっほーしたけど、よく考えたら一週間地方にまで行って仕事してきたのに一日しか休みがないってどういうことなんだ、いやとにかくこれから自由だ〜。
ある少年が目を擦りながら歩いていた。その視線の先には”俺達”が見える魍魎が居る筈で、俺はついその少年を目にとめて観察していた。まるで、初めて見たみたいなそぶりだったので、最近魔障をうけたのかもしれない。だから気になっていたんだけど、彼は俺の方を見過ごしてからすぐに驚いたように俺を見た。多分、俺には魍魎が寄り付かないからだ。俺じゃなくても、そういう”タイプ”の人間には寄り付かないけど、雑踏の中で見つけると驚くだろう。
「奥村くーん!」
「は?」
声をかけようとしたのに、誰かが彼を呼んだ。名前を呼びかけた方の男は、悪魔に憑かれているのが見て取れた。
危ないなと思ったけれど、悪魔の両脇に居るのはその肉体の友人だろうから暫く様子を見る為に影から見守る。
「さあ参りましょう……!サタン様がお待ちです!!」
ひえ〜あの子青い炎だした〜って思ってたら聞き捨てならないセリフを拾ってしまった。
さすがに青い炎とサタンに深い繋がりがあるのは分かってるし、エクソシストの端くれとしてはサタンは大敵ってのも分かってる。ただ、青い炎を有す唯一の存在はサタンだけで、そのサタンは物質界には存在していられない……って聞いたんだけどなあ。
俺はどっちを退治すべきなんだ……。いや、今までのやり取り見てたから青い炎よりあっちのお誘いかけてる元人間をまずどうにかしようと思って飛び出した。
「主よ、その行いによって、その悪行によって報い───」
「あ」
「あ」
跪いている奥村くんの後ろから飛びかかり頭を踏ん付けようとした瞬間に、向こうからやって来た人影が祓い始めたことにより彼の顔面はそっちに向いてしまい、俺が踏ん付けたのは後頭部だった。ふん、命拾いしたな!
「おま……、何やってんだあ?」
「ごめんごめん、どうぞ、続けて?」
やってきた人影の正体、獅郎さんは思わずといった顔で読むのをやめてしまった。俺はそりゃ駄目だろ、と思ってすっと掌を出して続きを促した。
少年は俺が頭を踏ん付けて抑えている間に悪魔払いされた。アーメン。
多忙により一年近く顔を合わせていなかった獅郎さんとつもる話はできそうになく、けれど奥村くんが青い炎を出した所を見ていたわけで、「お前も来い」と言われて二人に着いていくことになる。
南十字修道院には何度か顔を出した事があるし、奥村くん基、燐には彼が小さい頃に会ったこともある。あらあら大きくなったわねえ、と言ってる暇もやっぱりない。
サタンの落胤だ、という告白を燐と一緒に聞いていた。はわわ……。このおじさんあっさり俺を巻き込んだよ。いや、あの場に居たんだからしょうがないけども。
修道院を出て行けと燐に言いながら、降魔剣を託しているのを静かに見守る。俺、空気読める子だからあえて口は出さないし居ないふりすらしてるけど、急にお前は悪魔の落胤で、この鞘を抜いてしまえば二度と人間として生きられないって告白されたらとんでもなくビビるし、もうちょっと早く言ってほしかった感はある。急に巻き込まれた俺もビビってるから、多分今まで悪魔とは無縁の生活をしていたであろう燐はびっくりしてるはず。
親子喧嘩はじまるぞう、俺はますます口出ししない方が良い感じになったので部屋のドアの所から顔出しするだけになったぞう。
「知らねーよ!!!」
おっと、燐が分かりやすくキレて鞄投げた!なるほど、雪男はサタンの力をついでないと!オッケーよくわかった。と勝手に一人で事情を把握してたんだ、けど。……やべえ、獅郎さんと燐の親子喧嘩始まったと思ったらサタンと燐の親子対面まで始まった。
サタンが憑依出来る物質なんて存在しないわけで、つまり獅郎さんの身体あぶねえ。指めきめきしてる。
燐がゲートに投げ込まれたその時、獅郎さんの右腕が自分の胸を刺そうとしたのがわかった。自然に壊れてしまうならともかく、ぎりぎりでも存在していられる肉体をサタンがわざわざ殺す訳がない。だから俺は咄嗟に獅郎さんの首を貫く。
「チッ、殺されやがったか。だがまあいい、この門は一度喰らいついたもんは放さねえぞ?さあ、どうする……!」
サタンが諦めて憑依をといた。
「───お前!!!」
わざわざゲートに向かって倒れようとしてくのでホント悪魔だなあいつ。
俺は咄嗟に獅郎さんの身体を抱きとめてとりあえずフローリングに横たえた。
燐が憎たらしそうにこっちを見て咆哮している。炎出てるじゃねえかこいつ大丈夫か。
「お前、なにすんだよ!!ジジイ!おいジジイ!しっかりしろ!!」
「おいおい、人の心配してる場合か」
俺は離れた所で、獅郎さんに呼びかけてる燐に声をかける。
「くそ、これ、どうすればいいんだよ!誰か!!誰か来てくれェ!!」
さすがに俺に助けは求めないらしい。たったいまお父さんの首を貫いたからなあ。
そして俺もあのゲートに入ってく余裕はない。
「自分でどーにかするしかないな、これ」
「テメェ!ぶっ殺してやる!!!」
「おおーその意気だ、殺しに来い!」
まじまじと、うごうごしてるゲートを見ている俺は、案の定燐に滅茶苦茶恨みがましい顔をされた。がんばれ、がんばれ!
燐はなにか葛藤するような顔をして、降魔剣を抜いた。
「俺はまだ何も見せてねえぞ……死ぬな!!!」
青い炎は部屋中を包むほどにふくれあがり、その剣は門をぶちこわした。俺も獅郎さんも、あの炎に焼かれる事はなかった。
あの後は大変だった。茫然としていた燐は我に返るなり俺と獅郎さんをみて、再び怒りに顔を染めた。
「言っとくけど、獅郎さんは殺してないし、俺を今ぶっ殺したら獅郎さんの処置が出来ない」
早口でそういえば、単純思考っぽい燐は床に手と膝をついて俺の治療を見守った。
「さ、さっきの何なんだよ」
「さっきのってどれ?」
首を貫く千本をゆっくりと抜きながら傷口を塞ぐ。
「これ、首……カンツーしてるし、ジジイはホントに生きてんのか?息してねえじゃねえか……!」
「仮死状態。サタンは燐をとりあえずあのゲートに突っ込んだからまあ良いやって思ってたし、獅郎さんの生命活動は停止したから死んだと思ったんじゃないかな」
「カ、カシ?なんだそれ、くそ、本当に大丈夫なのか……!?」
拳がギリギリと握られて震えてる。
額に滲む汗を拭って、燐の悔しそうな顔を見て安心さえようと笑顔を浮かべた。
「大丈夫、俺は獅郎さんに世話んなってるんだ……絶対助ける」
「……おう」
「目がさめたら、父さんって呼んでやってよ」
「う……ん」
茫然としていたときに小さく呟いた声は、俺にしか聞こえていなかったから獅郎さんにも聞かせてやってほしい。
獅郎さんの思いを俺が伝えるのも変だけど、これだけは言っておきたい。
「俺が仮死状態にする前、───獅郎さんは命を絶ってまで、息子を助けようとしたんだからな」
「ん」
俺は、ぼろぼろと涙を零している燐から目をそらし、獅郎さんの処置に戻った。
next.
獅郎さんに拾って頂きました。
June 2016