春を告げる 04
獅郎さんの治療で大分チャクラを使ってしまったので、頭がガンガンしていた。燐は俺の特性を知らないんで普通の疲労程度にしか思ってなかっただろうけど、百豪の印が消えただけで獅郎さんと雪男は察知してしまった。といっても二人も中々深読みなんだけど。
「獅郎さん、身体の調子はどう?」
「ん、大分動かせるようになってきたぞ」
搬送先の病院はもともと正十字学園の提携だったので、改めて移送することもなく、俺は一時的にそこの病院に出向して獅郎さん専属ドクターなるものをやっていた。
ベッドに横たわる獅郎さんは腕が動くようになったので、片手をあげて笑った。
「、あらためて……ありがとうな」
「当然の事をしたんだよ、俺は。それに、燐のことは助けられなかった」
「助かったじゃないか、燐も」
「降魔剣、抜かせちゃったからさあ……」
「それは仕方ねえことだ。が行ったって、二人で虚無界に引きずり込まれていただけだしな」
俺も内心そう思っていたから、獅郎さんにそう認めてもらえるとほっとした。
燐は祓魔師になるというし、悪魔として少し覚醒しているのだからきっと大変だろう。
「が助けてくれたから、俺はあの言葉を聞けた」
獅郎さんのめきめきされちゃった左手の容態を見ながら、緩く微笑む。
俺はそのときの燐の姿や獅郎さんの目を見開く姿を思い出した。
「───泣けた?」
「おう」
父親面するなという怒鳴り声を俺も聞いていたので、あの言葉を聞いてほっとした。本人はもっと嬉しかっただろう。
「痛みは?」
「ねえよ……まだ動かねえけど」
指はなんとか馴染んでいるようだった。
手首や残された指は動くので、視界の隅をそれがかすめた。そしてそっと前髪を掬って、まっさらになったおでこを確認する。この間俺に前髪あげさせて散々みたくせに。
「ちゃんと休めたのか」
「もちろん」
親指が、俺の印があった筈の所を強く擦る。
「どのくらいかかんだ」
「え?獅郎さんはあと三日くらいで動けるようにはなると思うけど」
「そうじゃねえ。印が戻るの、だ」
「一回シュラとの任務で使った時は三ヶ月で戻ったから、今回もそんなにかかんないさ」
本当は三年間一定量を溜めないといけないのだが、もう何年も溜め続けているし調節幅も分かっているので、そこまで大変なものじゃない。一度説明した時に三年間と教えた所為か、獅郎さんを始めとする皆は、これがないとやばいみたいな感じになるようだけど、本当は全然そんなことない。今だって地面くらい割れるぜ。
「じゃあ三ヶ月は任務断れ」
「なーに言ってんの、むりむり」
「今は俺の治療で任務休めてるんだろ?」
「まあ、聖騎士様のお命優先ですよね。助かるわー」
ベッドにどしっと腰掛けると、獅郎さんは喉を震わせて笑う。
「それだけお前の力も信頼されてんだろ」
「えっへっへ。医師免許持っててよかったよ」
「そうだな。雪男の良い目標にもなってるし、俺もこうして助けられてる」
「ああ、雪男ってお医者さんになりたいんだっけね。祓魔師オンリーだと思ってた」
「いいや!あいつはちゃんと将来の夢も叶えるぞ!」
いきなり息子自慢が始まったので、足を組んでくだけた調子で聞いている。
雪男もよく獅郎さん自慢とか自覚せずにしてるから、良い親子だと思う。
「この後フェレス卿に報告があるからもう行くね」
「そうか。くれぐれも任務は断れよ」
「まだ言ってる……」
俺は病室を後にして、鍵を使って直接騎士團へ赴いた。
祓魔師のコートは黒で、俺は白衣だから少し目立つが、皆顔見知りなので視線を集めたとしても気にならない。察するだろうし、白衣ってことは仕事中だと思ってくれるだろう。
「こんこん、失礼しまーす」
「どうぞ、自分でノックの音を言う人初めて見ました」
ノックしながら自分でこんこん言ったので、フェレス卿は面白そうに笑っていた。
「あそうですか。ええと、報告します」
「はい、お願いします」
にっこり笑ってるつもりなんだろうけど、この人の笑顔ってにまにましてるなあ、と思いながら視線をそらして報告を終えた。
「あ、そうそう」
語尾に星でもついてそうな弾んだ喋り方で、話を切り出された。ん?と首を傾げて彼の言葉を待つと、俺は思わず固まった。なぜって、しばらく外に出る任務は控えていただきますって言われたからだ。
「え、しろ……藤本神父のためですか?」
「まあそれもありますが、別に藤本に言われたからあなたにお休みをあげるというわけではありません」
「はあ」
お茶でもどうぞ、と言われて急にぽこんと出て来たティーセットにもはや驚きはない。
この人の用意するお茶菓子っていつも美味しいんだよなあ。滅多に食えるわけじゃないから食っとこ。
───言い渡されたのは休暇ではなかった。……知ってた。
外に出る討伐任務ではなく、潜入だ。紛らわしい言い方しやがって悪魔め。とりあえずお茶はおかわりしておいた。
俺は変化をして十六歳くらいの少女の姿で祓魔塾に通う事になった。
「春野……サクラさん?」
「はい、よろしくお願いします」
書類と荷物を持って雪男に会いに行くと、訝しげにこっちを見た。
髪の毛を伸ばし色は黒にしたが、目は翠のままだし基本的には顔を変えていない。若返ればそれなりに女の子に見えるからだ。
苗字も変えていないし、事が事だけに、雪男は引きつった顔でこっちを見ている。
「まさか」
「そのまさか」
いや、と否定しようとした雪男にぐっと親指を立てると、額を抑えた。
「なにやってるの」
「う〜ん、仕事?」
「兄さんの、監視……ですか」
「ううん、候補生認定試験の審査」
雪男は一応納得したようだったが、何故女装までしてるのだと小さく零していた。
「しょうがないじゃん、奴が用意したセキが女だったんだから……受けてたつしかねーなって」
「受けて立つなよ」
素で突っ込みを入れて来た雪男ににゃははと笑った。
「ええと、……新しい塾生の春野サクラさんです」
「家族がちょっと怪我をしたもんで、遅れた入塾になりましたが頑張ります、よろしく〜」
正面の席に座っってるしえみちゃんと燐をはじめとする、他の塾生の顔を見渡してから挨拶をする。大歓迎ムードって感じはなくちょっとがっかりだったけど、俺は気を取り直して燐の隣に座った。
長机と長椅子だったから有りかなって思ったんだけど、ぎょっとされる。
「な、なんでここなんだよ……」
「え?一番授業聞きやすそうだと思って。だめだった?」
「あの席羨ましいわ〜」
戸惑う燐をよそにけろっと答えると、どこからかふにゃっとした声が聞こえる。視線をやると、男の子三人組が固まってるところが目に入った。たしか勝呂、志摩、三輪の明陀宗の子たちだったか。彼らのお父さんたちは割と上の役職だったっけ。まあ、面識はないが。
「あの、わ、私、杜山しえみ」
「しえみちゃんだね、よろしく!」
「う、うん!……サクラちゃん」
ふにゃっと笑ったしえみちゃんが大変可愛らしい。教壇に立つ雪男は苦笑していた。
この二人は俺と会った事あるけど、やっぱり気づいてないようだ。まあ、大人の男として会ってたし、燐に至っては苗字なんて覚えてないだろうから無理もない。
他の生徒達が真面目に授業を受けているなか、燐はあまり真面目とは言えなくて、明らかに出来が悪かった。勉強が嫌いなのは知ってたし、歴史の授業が眠くなっちゃうのはしょうがないけど。
勝呂くんは聞いてた通り優秀で、雪男のテストでは98点をとっていた。燐は2点とかとってたので思わず爆笑したし、しえみちゃんはオリジナルの名前をつけていたので読ませてもらった。こっちも面白かった。
勝呂くんと燐が喧嘩をおっぱじめたあたりで授業は終わり、次の体育の授業に備えて着替えることになった。変化なので服を着替える行為は必要ないんだけど、物陰に隠れなきゃいけないので、俺は教室を出て行く。燐としえみちゃんは雪男と一緒に廊下を歩いて行ってしまって、なんとなく置いてけぼり感ができたけど別にさみしくなんかねーし。
「ありゃりゃ、置いてかれてもうたな〜」
廊下で彼らの背中をぽつんと見送っていた俺は、隣に来た志摩くんを見上げた。
垂れ目な彼は更に目元を垂れさせてにかっと笑う。
「俺、志摩いいます。春野さんて奥村くんの知り合いなん?」
「あっちは分かってないみたいだけど、知り合い」
「そうなんや」
「おい志摩行くで」
俺と志摩くんの居る廊下に出て来たらしい勝呂くんと三輪くんは、こっちを見て言った。
「はいはい〜。あ、春野さん着替えるとこ分かる?途中まで案内したろか」
「うーん、女の子に聞くよ」
「せやね、ほんなら後で」
一応こっちに全く興味ない訳でも無さそうな勝呂くんと三輪くんにも手を振ってから、廊下を歩いて行ってしまった神木さんと朴さんを追いかけた。本当は聞かなくたって良いんだけど、聞いとかないと変だし。
「女の子ー」
「なによその呼び方」
「ごめん、名前知らないからさ」
「…あたしは神木出雲」
「朴朔子、よろしくね」
「うん、良かったらサクラって呼んで」
「呼ばないわよ。更衣室なら勝手についてくれば」
神木さんは一応名前は教えてくれたけど、ふいっとそっぽ向いて歩いて行ってしまい、朴さんはごめんねと謝りながら神木さんを追いかけて行く。俺は一応勝手についてってみたけど、着替える前にトイレ行くから次の授業で会おうねと当たり障りなく別れた。
next.
潜入なんてそんな、他シリーズと同じパターンやんけ……でも塾生やりたい〜!!!ってことで潜入理由をちょろっと変えています。そして女装。ピンク髪じゃないけど。
祓魔屋に行ったことがあるので、しえみちゃんは顔見知りです。
Oct 2016