Sakura-zensen


春を告げる 05

体育の授業は一悶着あったが、勝呂くんは少しだけ燐に恩を感じたらしく次の日お礼を言っていた。
クソ真面目で融通聞かない、と言われていた通り真面目な子である。
やっぱりせめえ、という理由で俺は普通に違う席に移ったのでその様子はちょっと離れた所から見ていた。

席が離れちゃったから、燐ともしえみちゃんとも頻繁に話すことはなくなったし、神木さんは相変わらず疎ましげ、朴さんはちょっと話すけど神木さんに呼ばれるとすぐに行ってしまうので、まともにおしゃべりできるのは京都の男の子三人になってしまった。
いや、別に良いんだけど。
燐みたいに訳ありじゃないから敵意を向けられないし、俺としても彼ら三人は順調に候補生になれそうだな〜とは思ってる。
まあ、勝呂くんには自分の気に食わない奴を拒否するっていう姿勢をもうちょっと和らげてほしいけど。

「エスクワイヤ?」
「エクスワイアだよ」
「エクスワイア!?」
候補生認定試験が夏休み前にあり、雪男がその為の強化合宿を行うと言ったことで燐がちょっと分かんない事になっちゃってるのを遠目に眺める。
休み時間に、皆はどの称号受けるのかなーと思ってまず一番取っ付きやすい明陀宗の所に行くと、同時に燐もやってきて俺とぱっちり目があった。そして不満そうにしてきょろきょろしたけど、仕方ねえ……みたいな顔をして勝呂くんに話しかける。なんだ、そのお前もいんのかよみたいな目は。
「称号ってなんだ?教えてくれ……オネガイシマス」
「はあ"!?」
今度はしえみちゃんがひとりぼっちになってしまったので、俺は燐とは逆に彼女の方に向かった。どうせなにを選ぶかは後で見せてもらえるから良いや。
「しえみちゃん」
「あ、サ、サクラちゃん」
「称号は決めてるの?———というか、合宿は参加?」
「う、うん、参加したい。でも、称号はまだ……わからなくて」
「わからない?ええと、内容が?それともなにをしたいのか?」
「なにを、したいのか」
「そっか」
燐の席に座って、しえみちゃんのプリントを眺める。
「サクラちゃんは?」
「参加するよ」
ぺろっとプリントを見せると、しえみちゃんはまんまるな瞳でそれを眺めた。
「サクラちゃんは医工騎士志望なんだね……!」
「うん、他にも持っ……ちたいけど、とりあえず選ぶとしたらこれかなって」
「そっかあ……」
しえみちゃんは、賑やかな燐たちの方を少し寂しげに見てから、プリントに視線を戻した。
「今決めたからって、絶対受けろとか、もう変えたらいけないってことはないからね」
「……うん」
ぽんぽん、と頭を軽く撫でて、俺はやっぱり勝呂くんたちの様子を見に行ってみたり、邪険にされつつも神木さんと朴さんを覗きに行き、おまけに無言な宝くんと山田くんの所にも行ってみた。後半の面子ほとんどガン無視だったけど、別にさみしくなんかねーし。

その後の魔法円、印章術では召還の授業が行われた。
神木さんは白狐を二体、しえみちゃんは緑男の幼生、俺は使い魔のカツユちゃんを小さいサイズで出した。どん引きされた。
「うわ、キモ……」
「きもくないよ!」
俺は思わずカツユちゃんをひしっと抱いて、神木さんに言い返した。
「ね!?」
男の子なら大丈夫かなって思って振り向いたら、志摩くんがとんでもなく距離をとっていた。意気地なしめが。
「出せただけでもすごいんやないか」
「そうですね」
勝呂くんと三輪くんは距離こそとらなかったけど、微妙な声をだしていらっしゃる。
カツユちゃんの素晴らしさを刮目せよ!
「手を出しな、今血出したほう」
「は?」
勝呂くんに手を差し出すように言うと、俺の手の上におずおず差し出してくれた。素早く手首を掴み、カツユちゃんを傷のある指の腹にのせた。
「ひぃ!?」
それと遠目から見ていた志摩くんは悲鳴をあげたけど、勝呂くんはびくっと身体を強ばらせただけでカツユちゃんを叩き落とすことはなかった。そしてすぐに退けると、自分の親指を見て驚愕する。
「傷が……あらへん」
「ああ、蛞蝓には傷を治す作用がある。ただのナメクジと一緒にしてはならない……大事な戦力となるだろう」
俺はすぐにカツユちゃんを元に戻したけど、しえみちゃんはずっと頭に乗せたままになっていた。出し続けてるのって疲れそうな気もするけど、まだ幼生だからそんなに負担にはならないかな。
授業が終わると、しえみちゃんは女の子二人を追いかけて行ってしまい、今度はこっちに置いてけぼりを食らった。
あれ、俺って友達いないやつ?
べつに四六時中つるみたいってわけじゃないけどさ、俺だってさ、使い魔だせたのにさ。

あれからしえみちゃんは神木さんと……お友達?になったみたいでぴょこぴょこくっついて行ってる。
なんか違う気もするけど、口を出すのも変な気がして。一応俺って男だし、女友達が欲しいなら俺がいるじゃん!とかは言えないわけで、ちょっと様子見をすることにした。
しえみちゃん良い子だし朴さんも優しいから、神木さんがいずれ心を開いてくれたらな〜と思うのである。

合宿は旧男子寮に寝泊まりすることになり、おんぼろな建物の中に足を踏み入れた。幽霊屋敷みたい……と皆言ってるけど、たしか雪男と燐ってここで生活してるんだっけ。あんまり悪口はいわんどこ。
夜のテストが終わると、明日の予定を言い渡され開放される。燐は頭を冷やしに外へ出て行き、女の子達はお風呂に向かった。
「うはは、女子風呂か〜ええな〜こら覗いとかなあかんのやないですかね」
「志摩!!お前仮にも坊主やろ!」
志摩くんが今時の男子高校生代表として発言をし、勝呂くんと三輪くんが坊主代表で叱る。
「……一応、ここに教師がいるのをお忘れなく」
雪男が釘をさすと、一瞬だけ部屋がしーんとするが、志摩くんがパンと肩を叩いてからかった。
「僕は無謀な冒険はしない主義なんで」
「志摩さん、春野さんかてまだ居てはるのに」
「あ、せや。春野さん行かへんの?」
「うん。……一緒に入りたい?」
ぶふぉっと吹き出したのは雪男だけで、他の皆は絶句していた。
「え〜ホンマ?嬉しいわー」
志摩くんは冗談だと思ったみたいで、ノリノリにはしゃいでいる。
三輪くんも勝呂くんも、まさか本気で一緒に入る訳ないだろうし、普段の軽いノリを知っているせいか、すぐに冗談ということにした。
が、雪男はもうちょっと俺が全力でふざけるタイプなのを知ってるのでカチャカチャ眼鏡を直しながら焦った。
「お願いだからやめてください、春野さん」
「なんやどないしたん、奥村先生」
「志摩くん甘い言葉に惑わされて一緒に入ると後悔しますよ」
「後悔したの?雪男は」
「ぞえぇ!?」
俺は肘をついて、志摩くんに忠告してる雪男に突っ込む。さすがに志摩くんが狼狽えて俺と雪男を見比べた。いや、一番気が動転してるのは雪男だけど…。
「志摩くんが入ったらショックを受けるってことです」
「ちょ、ちょ、あんたらそうなん!?」
「小さい頃の話ですよ」
「雪男が泣いて頼むから」
「な!!……〜〜〜!あれはホクロが……!」
「うんうん、ホクロを数えてほしかったんだよね」
凄い勢いで墓穴掘って行く雪男をにまにま笑って眺めた。途中で自分の失態に気づいたようで顔を真っ赤にしてそっぽ向いてしまう。
小さい頃は普通にお風呂も一緒に入った。ある日雪男がホクロが多いとオトモダチにからかわれて、全身ホクロまみれになって死んじゃうと怯えたことがあって、お兄さんが数えてやっから、と風呂に連れてっただけの話である。
皆に勘違いされてることに気がついて恥ずかしがってるのか、それともホクロの数を気にした自分を暴露されて恥ずかしかったのか、まあ多分どっちもだろう。

その後悲鳴が響き、俺たちは女子風呂にかけつけるはめとなった。
「……なんで服着てないの?」
「いや、なりゆきで……」
悪魔退治に参加したらおかしいので周りを観察していた俺は、燐がこっそり神木さんに服を貸してあげたのは知ってるので、あまり胡乱な目線を送るのはやめておく。
しっぽを隠してるであろう燐のためにもさっさと脱衣所から出てやろう。うん。

俺は夜の間に獅郎さんに会いに行く予定があったので雪男の許可を得て外出し、朝方に戻って来た。朴さんの処置はしえみちゃんと雪男の対応で問題ないし、一度変化を解いて医者として見に行くと告げてあるので旧男子寮の前で雪男と待ち合わせをした。
「おはよう、さん」
「おはよう、先生」
「今はあなたが先生でしょう」
医者っぽいほうが安心かと思って白衣を着て来たので、それを見下ろしてから苦笑する。
古びた階段を上がった先には流しが設置されていて、神木さんと燐が二人で立っていた。
「!奥村先生……と……?」
「おはよう」
「おはようございまーす」
「あれ、おまえ、じゃねーか。久しぶりだな!」
白衣姿だけどピンクの頭をしてるので、神木さんは思い切り信用ならないって顔をしていたが、雪男が歴とした医者であり、優秀な医工騎士だよと補足してくれたので視線は和らいだ。
「応急処置が良かったんだねえ、数日すれば熱もひくよ。傷跡も残らない」
俺の特性冷えピタを貼ってにっこり笑うと、朴さんはほっとしたように笑った。
ちなみに傷口に塗った薬にはカツユちゃんの粘液が……いや、内緒にしとこ。



next.

蛞蝓(悪魔の方)の設定はとくにないので、読み方とかも考えておりません。……察して。
Oct 2016

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