春を告げる 06
神木さんと勝呂くんが喧嘩おっぱじめたので、連帯責任で三時間重しつきの正座コースに招待された。俺はこっそり分身にやらせて、上で見守る祓魔師の人達と「あいつ容赦ねえな、鬼だな」ってこそこそ話してみる。頷き辛そうにしつつも頷いていた。大丈夫、雪男には内緒にするよ。
襲って来た屍に真っ先に対応したのはしえみちゃんだった。
けれど、体液を被ってしまい具合が悪そうにしている。俺は分身が消えたらこまるので咄嗟に逃げたけど、一部の塾生も被ったみたいで具合が悪くなっていた。
体液は解毒する必要があるので、今の俺の立ち位置では手を出すことが出来そうにない。
座っているのも辛そうなしえみちゃんを支えて一緒にヒロインっぽくしてるサクラをぼんやり見ながら、燐が勝手に部屋を出て行くのを見送った。どーしてお前はそうやってすぐ単独行動に出ちゃうの。これは欠点、というか……もう獅郎さんに報告だな。
燐が居なくなった室内では、勝呂くんと三輪くんが詠唱で倒す算段をたて、志摩くんがいざというときの為に錫杖を構えた。おっとこまえ!
ふっきれた神木さん含む数人でなんとか屍を倒した後、雪男が帰って来る。
そしてフェレス卿が出て来たのを皮切りに、俺達審査員の祓魔師は天井裏や押し入れ、床下からどやどや姿を現した。
「医工騎士の先生方は生徒の手当を」
「「サクラは?」」
俺とサクラは歩み出ながらフェレス卿を見る。
「サクラさんの任務は終了です!認定試験が終わりましたので」
「は?」
他の塾生たちがぽかんとしながら俺達を見上げたので、俺はサクラの姿を消す。
その様子に皆も驚いたようだけど、フェレス卿の説明に皆の意識は持って行かれた。
「春野さんは最初から───合宿中は他の先生方も配置し、皆さんを細かくテストしていました」
せっかく皆の視線があの奇抜な悪魔の方に行ってたのにわざわざ名前を出されたので、またちらっと戻って来てしまった。まあ俺も奇抜なピンク髪なんだけど。
とりあえず傍に居た勝呂くんの治療にあたろうかと屈んだところで、「春野さん!」と呼ばれて中腰の体勢で動きを止める。
「君は杜山さんを見てくれ」
「ハーイ、じゃあね」
「お、おん」
一度診ようとしたのに悪いなあと思って、ちょっと堅い髪の毛をぽんぽんしてからしえみちゃんの方へ行った。
彼女は一番弱っていたけど重傷とは言い難いので誰に任せて大丈夫だと思ってたし、熟練の先生が診ると思ったんだけど、医師免許を実際に持ってるのは俺くらいなのでまわって来たのかもしれない。
「しえみちゃん、大丈夫?」
「う、うん……あの、春野先生」
「んー?」
まずは掛けられた体液を丁寧に拭いながら、戸惑う彼女の呼びかけに応じる。
「サクラちゃんは春野先生だったの?そ、それとも違う子?」
「全部さんです〜」
笑って掌をぱあっと広げると、しえみちゃんは驚いた。え、驚くの遅くないか?
「で、でも、サクラちゃんは女の子で……、身長も私くらいだったし……!」
「いやあ、俺は姿を変えられるタイプなもんで」
「春野先生は人間じゃないの……?」
「人間人間、───医務室に運ぶね」
「え、あ、わ……」
処置はしたけど、動けないだろうから身体を持ち上げた。
「あの〜、春野さんに点滴打ってもろて来い言われたんやけど」
「はいはい」
しえみちゃんを寝かしつけた所で、志摩くんたちが恐る恐る医務室にやって来た。
ほぼ無傷の子たちもここで待機するように言われたのか、それぞれ席を見繕っている。
「ちくっとするよ〜」
「あの……僕たちそない子供やないんですけど」
「あっはっはっは」
笑いながら三輪くんの腕に点滴の針を刺す。
「本当に医師免許もってるのよね……?」
「持ってるって」
あんまりにもふざけたノリでやってたから、神木さんから胡乱な目線を向けられた。朝会った時一応納得してくれたと思ったんだけどなあ!
「医者として勤めてはるん、ですか?」
「いや……うーん?」
「はジジイが入院してるとき、その病院で医者やってたんだろ?」
「期間限定で出向してたの」
勝呂くんは点滴の針が刺さる腕と俺を見比べて問うが、そんなに俺は胡散臭い……いや、ピンクの髪色だからなあ……でもこれ地毛なんだよなあ。志摩くんと違って。
「はいはい、俺聞きたいんやけど」
「うん?」
「春野サクラちゃんと同一人物なんですか」
「そうだよ。サクラは普段変装した姿で、さっきだけ分身の術〜」
「ぶ、分身ん〜!?」
燐だけはすげえ!という顔をするが、皆忍者かよって顔をしている。
変装だって”変化”だけど。
「せや、今まで春野さんも、僕たちの審査をしてはったんですよね……ああ……大丈夫なんやろか」
憂鬱そうに三輪くんは手を摩った。
大丈夫〜と言ってやりたい所だけど、結局俺がなにを言っても最終的に決定するのはフェレス卿なので笑うしかない。
「ま、がんばれ!俺はとりあえず治療が終わったって報告して来るよ」
「しえみは大丈夫なのか?」
「うん、疲れて眠ってるだけだから、そのうち起きると思うよ。起きて具合が悪そうだったら誰か呼びに来て」
その後、皆は無事候補生になったらしい。もんじゃを食べに行くと聞いたけど、俺は誘ってもらえなかった上に任務にいかされたので、帰って来てから獅郎さんと修道院でもんじゃした。
動けるようにはなったけど身体が鈍っているらしく、今度相手しろって言われたのでちょっと機嫌も直った。
獅郎さんが広い所でやりたいっていうんで、俺達は聖十字学園の競技場をかりることになった。当然許可を得ているのだが、許可する代わりに候補生に戦い方を見せてやれとか言われて、候補生が観戦に来た。
べつに燐みたいに見られて困る力じゃないんだけど、ちょっと緊張する。
「さん、僕も見学させてもらいます」
雪男に続き、他の祓魔師たちまで僕も私もとじょろじょろ顔を出し始め、俺はぎょっとした。
「え、え〜なんでさ。獅郎さんまだ本調子じゃないんだぜ」
「それでもですよ!さんと聖騎士の戦いが見られるなんてレアものです」
俺も獅郎さんも暴れるっていう名目ではあるけど、まずは肩ならしからなので、皆を楽しませたり勉強になる光景を見せられるかはわからない。もちろん、俺は体術にそれなりに自信を持っているし、期待されるのは嬉しいけれど。
肩を回したりアキレス腱を伸ばしたりしつつ、きゃーとふざけて手を振る顔見知りの祓魔師たちに手を振って応えた。
「相変わらず人気者だな」
「茶化されてるだけじゃないかな〜。聖騎士に手は振れないしね、雪男と燐くらいしか」
可哀相だから俺が振ってやろう。きゃーと小さく手を振ると、獅郎さんは俺の掌にパンチを入れた。
「手加減してくれよ?」
「うわ、聖騎士の口からすごいの聞いちゃったよ」
向き合って対立の印を組む。
これは俺が獅郎さんに教えたことで、俺達二人で組手をする時にだけやるのだ。
獅郎さんは遠慮なく剣を振り回したので、俺はとりあえず避けまくる。
別に鈍ってねえじゃんとは思ったけど、体力が落ちてるみたいで暫くするとスピードがほんのわずかに落ちたし、攻撃のバリエーションも単調になってきた。
「疲れてきた?」
「まあな、お前もたまには攻撃して来い!」
ちょっと気合い入れ直して、渾身のスピードで剣を振る獅郎さん。
「うおっと」
上半身を逸らして避けたので、その勢いのままバク転して距離をとり、体勢を一瞬で立て直してから飛び出す。
一直線に行ったので獅郎さんはまた俺に斬り掛かるけれど、それを避けて腕を軽く蹴り飛ばす。人体の動きには敏感なので、悪魔と戦うより断然ラクだ。
軽い攻撃でも勢いと特性を理解していれば獅郎さんの剣を持った腕はあっさりと弾かれ、隙ができる。
蹴り上げた足を地に戻す遠心力で上半身を持ち上げ、今度は腕で獅郎さんに攻撃する。しかしそれは、剣を持っていない方の手でガードされた。掌にはさすがに、病み上がりだから気を使って当てないでおいたら、ちっと舌打ちされてしまう。
「コラァ!手加減すんじゃねえ!」
「え!?」
最初と言ってることちげえ。
獅郎さんも剣だけじゃなく足も腕も使って俺にまた攻撃を始めるので、躱したり返したりしながら接戦を続ける。
隙をついて足を掛けられたので、地面に倒されるが一応受け身をとった。びゅおっと風を切る剣を咄嗟に手で挟むと「真剣白刃取りィ!?!?」とびっくりする声が上がる。こんなのファンタジーじゃねえと出来ねえ……といいたいところだが、コンクリート割れる系忍者には出来るのである。
「くそっ、どういう動体視力してんだお前は」
「こういう動体視力してなかったらまっ二つだったろ!?」
「ちょん斬りやしえねよ!」
ぎりぎりと体重をかけてくる剣を横に流して獅郎さんの体勢を崩し、その隙に飛び上がって攻撃を仕掛けた。獅郎さんもすぐに俺に剣を向けて来る。あー楽しい。悪魔ってやっぱり、戦っててもちょっとつまんないんだよねえ。やっぱ人間じゃないと。
空中を振り抜く剣を足場にして更に飛び上がり彼の後ろに着地してみせると、歓声が聞こえる。でも獅郎さんはこの技を何度か俺にやられてるので、すぐに後ろの地面───俺の居る所に剣を突き立てる様攻撃に出る。それもまあ読めてたので、獅郎さんの足の隙間から前に逃げ込んだ。
「ちょこまかと……!おい、いい加減食らえ!」
「病み上がりの中年に負けるかよ!」
「このクソガキ」
悪口の応酬をやりつつ獅郎さんの攻撃を躱す、獅郎さんも滅多に俺の攻撃を食らわない。俺の体力は人並みはずれてるので、当てることは出来るだろうけど、獅郎さんの身体を動かすのに付き合うのが俺の役目だって分かってるのでなるべく長引かせた。
獅郎さんは結構短気なので、当初の目的忘れつつあってマジでイライラしてるから、あと三回避けたら終わりにしよう、そうしよう。
next.
今まで何度も戦闘シーン書こうとしてやめとこって思ってたけどやっぱり熱がさめず……やってみる。op編でもちょろっとやってますが、瞬殺するよりも、やりあってる所が書きたくて……。
だんだん口調が荒れてくる師弟……仲良し……。
Oct 2016