Sakura-zensen


春の伝承 02

現世で天寿を全うして死んだあと、善良な一般市民である俺は天国の住民と化し、のほほんと死後を楽しんでいた。───本当の俺が知る現代にうつろうまで。
復職しようかなと思ったのはたまたまで、むしろなんで今まで何もしないでいられたのって思う。
でもまあ、天国でそういう暮らしをしていると永い時もまばたきの間なのである。
ふとした拍子に思い至って、仕事を決めて極楽満月で働くようになってようやく、毎日働く事の清々しさを感じるようになった。
時々ダラダラしたいとか思うこともあるけど、それをすると天国で暮らしていた時みたいに、なんというか……自我がなくなりそうな気がするんだよ。
そんなわけで、毎日桃源郷で桃の世話やら薬の調合、ちゃらんぽらん上司の世話、おとぎ話の会の友人とお茶したり、地獄に派遣されて仕事手伝ったり、天国の方にお呼ばれしたりなんだの。
結構充実した日々を過ごしていたと思う。

桃源郷に住んでいるとはいえ本来は天国の住民。そして地獄にはお供の神獣がお世話になっているし、今の仕事を紹介してくれたのもあちらで恩がある。
その天国と地獄からの頼みで、現世の視察をして来て欲しいというのなら、泣いて駄々をこねる白澤様なんて軽く蹴っ飛ばして店に置いてくるに決まっておろう。
「え、現世って……室町なんですか?」
「正確には少し前です。年号嘉暦……じきに元徳になります」
詳しい説明は顔見知りから、という形で鬼灯さんからされた。
俺がいく現世の視察は彼のいう通りの年号とすると、今からおよそ700年前のことだ。



事の発端は、素性の知れない死者が紛れ込んだ事だった。
それはどこにも存在しない、けれど間違いなく死者だった。
十王庁の色々な道具を使っても、どれも反応しない。よくよく話を聞いてみるとその人の生きていた時代というのは今よりも大分昔で、700年以上も前のことだ。
長いこと現世でさまよっていたかと思えたが、どうにも話が一致しない。過去の人間が載ってる台帳をみてもその人は存在しないし、その人の言う歴史がどこかあやふやだ。
年号やら天皇、政治的背景は概ね一緒なのだけど『鬼』という存在が異彩を放っていた。
その『鬼』とは、主食が人間。身体能力が高く傷を負っても驚異的なスピードで治る。体に異形があるもの、異能を持つものもいる。太陽の光を浴びるか、特別な刀で頸を切り落とすしか葬る手立てはないそうだ。
彼は鬼殺の剣士として日々刀を振るっていた人間だ。だから鬼について、鬼の殺し方について詳しかった。

嘘偽りだけは判断できたので亡者の処遇は決まった。ゆるく制約はあるけど普通の死者と同様の裁判を経て天国行きだ。
その後も同じような境遇の人間がちらほらやってくるようになった。
誰も彼も鬼殺隊という集団の剣士で、鬼を見るなり激昂するもの、怯えるものもいたらしくその度に鬼灯さんがぶちのめすか、人間である裁判官や補佐官がとりなすかしていたそうな。
「大変お疲れ様です……それで、現世に視察ってことは、つまり道が開けたんですか」
「そうです。こちらの現世とは別の現世という見解です」
「それなら、あちらにもあの世があるんじゃ」
「ええ、あちら側のあの世は何をやっているのやら───」
つまり、あちらのあの世との連絡もつかない状態なので、唯一繋がる現世でどうにか情報をあつめたりできないかということだ。
今までこちらにやって来た死者は全て鬼殺隊に所属して戦死した剣士だったので、鬼について探って来ればこの現象の手がかりも掴めるはずだ。
そしてなぜ俺に白羽の矢が立ったかと言うと……。
「鬼退治といえば桃太郎です」
「俺の鬼退治の経緯知ってるくせに〜」
「酔いどれでも勝利したのは事実ですよ。それにもともと普通の人間よりは強い」
天国からは妙に信頼があついし、地獄からは信頼というか……使っても良いと思われてるんじゃないかな……主にこの人あたりから。
まあ別に見てくるくらいいいんですけど。

鬼灯さんが他の隊士たちから聞いた情報を元に、鬼の特性、鬼舞辻無惨という男、鬼殺隊についての予備知識を入れられる。
鬼舞辻無惨に関してはほんと、名前と、鬼たちが崇め、時には恐れ、そして名前を口にしてしまえば死んでしまう何かがある……ということくらいしかわからなかった。



現世に無事降り立ち、うろうろと動きまわって見たはいいが普通の人は鬼について全く知らない事の方が多かった。ああ、妖怪の類ねって感じ。
中には藤の花を嫌うので、夜はそれの匂い袋をさげたり、香を焚いたりするという、伝承じみたものはあったかもしれない。
滞在予定日をまるまる使って調べても、結局うっすらとしか鬼が浸透してないことしかわからなかった。やだ俺忍者失格……。
おまけにあの世への道が開けなくて、ふええ……と途方に暮れていたところ鬼舞辻無惨と思しき人物に遭遇するはめになる。


うっかり鬼舞辻やっちゃったかと思ったが、ギリギリ息の根は止めなかったし夜明けにさす日の光を浴びないために逃げたので静かな朝がやってきた。
俺が介抱しつつ守った隊員は、少し体を起こせるようになっていて、俺と日光を見上げている。
光の中からお供が迎えに来てくれたのが俺には見えた。
「いぬ、と、猿……と?鳥」
「雉だよ。安静にしてなさい」
「あ、んた、……う」
目を凝らしながら起き上がろうとしたケガ人を制してころんと河原に寝転がす。
周囲では生き延びたことへ安堵する声や、手当に駆けつけた人たちの声、ざわめきがする。
俺はこれ以上人目につくのもあれだし、お迎えが来ているので帰るつもりだ。
「刀、返すね」
「……待っ、」
借りていた刀を胸の上に乗せて立ち上がる。
足元には犬と猿がおり肩には雉が乗っていたので、もう黄泉への道は迷わないだろう。俺は一歩朝日に向かって歩み出した。


あの世に入ると役人さんが何人か立って待っていて、心配しているみたいだった。あと白澤様も。
どうやらまだ道が確立していないようで、お迎えに手間取ったらしく、平たく謝られてしまった。きっと俺のモンペにぶうぶう言われたんだろう。
シロと柿助とルリオは俺のお供だった名残で縁が強いので、今回道を作るのに役立ったそうなので次回もいざとなったらそうしていただきたい。
「次?次もあるの!?」
「いやあ、あるでしょう」
俺の頭をがばっと抱きしめている白澤様はお役人たちをぎんっと睨む。やめなさいっての。
「ないよ!行く必要ないからね!」
「あるに決まってるでしょう」
いつのまにか合流していた鬼灯さんの発言に、白澤様のしがみつく腕が強まる。
「はあ?そんなの天国と地獄の役人で調べればいい話だろ?僕の従業員に余計な仕事増やすな」
営業妨害〜的な言葉を中国語で言ってる。
「彼は本来天国の住民ですし協力は惜しまないと約束してくれていますが?」
「だからって本業をおろそかにさせんなよ!ね、桃タローくんも勉強の時間が減るのやだよね!」
言い合っていたところ、ぐりっとそっくりな顔がこちらを向く。
俺はさっき頭を掻き抱かれていた関係でぼさぼさなのを直していたところで、うわこっち見てる……と身構えた。

next.
鬼灯さんの管轄かどうかは考えない方向でいこう(笑顔)
桃太郎さんが桃源郷で働き始めたの現代だったし、そこはそのまま貫きたかったので異世界と融合にしました。そしたらいっそのこと関与する理由にもなるのでは……と思ったり思わなかったりです。
May 2019.

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